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22 新拠点


 ロイドはローラの運転する魔導車に乗ってアリッサの待つ場所へ向かう。


 いつも通り、帝城の敷地内にある屋敷かと思っていたロイドだったようだが、魔導車が向かう先は城ではないようだ。


「屋敷じゃないのか?」


「はい」


 どこへ向かうか問うても反応は薄い。まぁ、これはいつも通りなのだが。


 結局のところ、向かった先は内周区の南西。富裕層向けの住宅エリアから少し外れた場所であった。


 ローラの運転する魔導車は1軒の屋敷の前で停車する。外観を見る限り、貴族の屋敷としてはスケールが少し小さい。だが、富裕層向けの住宅としてはやや大きい。


 周囲には他の富裕層が住む家は無く、どちらかと言えば西エリアにある魔導具工場の密集地に近い。


 屋敷のすぐ傍にも個人経営の魔導具工房が数軒建っており、道を行くのは魔導具工場勤めの魔導技師らしき者達。道路を通る魔導車も工場へ素材を届ける商会のトラックなどが多い。


 完全な一般人らしき人の姿は無く、内周区中央にある商業地から遠い事もあって住居の立地としては悪い部類に入るだろう。


「どうぞ」


 しかし、それらを気にする事無く、ローラは屋敷の中へロイドを誘った。


 まるで初めてアリッサに対面する時と同じだ。


 中に入ると小さな玄関ホールがあった。奥にはドアがあって、左右にもドアが1枚ずつ。


 ローラが奥にあるドアへ歩き始め、ドアを開けて手で示す。


 ロイドは何も言わずに中へ進んだ。何故なら、ドアの向こう側にあった広い会議室のような場所にアリッサがいたからだ。


「ごきげんよう、ロイドさん」


 相変わらずの作ったような笑顔を浮かべて、アリッサはロイドを迎えた。


「一体何なんだ。急に呼び出して」


「まぁまぁ。ちょっとしたサプライズですよ」


 そう言われ、ロイドの顔が歪む。

 

 サプライズするにはタイミングが最悪だったのは確かだ。しかし、アリッサは気にせず言葉を続けた。


「この屋敷……にしては少し小さいですが、ここを新しい拠点にしようと思いまして。ほら、城の敷地内に入るのは面倒でしょう?」  

  

 ただ、アリッサの提案はロイドにとって有難いものであった。


 確かに彼女が言う通り、城の敷地内に毎回入るのは億劫だ。厳重警備であるし、何より緊張感が凄まじい。


 気軽に、などと言える場所ではない。


「ですので、城から離れた場所に特務隊の拠点として建てました」


「建てましたって……。この1ヵ月でか?」


 家をポンと建てられるのは皇族故か。しかも事件が落ち着いてから1ヵ月と少し。その期間で家を建てる事など可能なのだろうか。


「いえ、元々基礎は出来上がっていたんですよ。お金を多少多く出して完成を早めたのは確かですが」


 どうやら元々はここに家を建てる予定であったようで、計画は以前から進められていたようだ。


 金を積んでスピードアップさせるのも並大抵の者が出来る事じゃないが。


「まぁ、城の敷地内よりは居心地が良いのは確かか」


「でしょう?」


 何を目的に建てようと思っていたのか、特務隊設立を想定して建設予定だったかは定かではないが、とにかく気軽に訪れられる拠点が出来た事は良い事だろう。


「中を案内しますよ。きっと、ロイドさんも気に入りますよ」


「ふぅん」


 アリッサが先頭になって屋敷の中を案内し始めた。


 会議室を出て、まずは玄関ホール左右にあるドアの右側から。


 右側のドアの先は廊下があって、右手側に各部屋に続くドアが並ぶ。造りとしてはオーソー侯爵の屋敷に少し似ているだろうか。


 帝国式の大きな住居としてはスタンダードな造りであるが、オーソー家と違って中庭が無い分、住居としてのグレードは下と評価されるだろう。


 廊下右手に並ぶ部屋の種類としては、小さな食堂、個人で自由に使えると謳った調理場、掃除用具やら代えの椅子やテーブルが保管された備品室が並ぶ。


 屋敷の形は正方形に近い形という事もあって、玄関ホール奥にあった会議室の真裏に左側へ続く廊下がある。


 ちょっとした美術品の展示場となっている廊下を進み、左側へ渡ると応接室と用途未定の個室がいくつか。左側は基本的に来客者用を迎えた時に使用するエリアとなっているようだ。


 ロイドの感想としては1階部分は食事の際くらいしか使わなさそう、といった感想だった。


 食事をするにしても調理場は使わないだろう。なんたって彼は自分で料理をするほどマメじゃない。外で買って来た物を食堂で食べるくらいだろうか。


「ロイドさんにとって一番のサプライズは地下です」


 左右の廊下奥それぞれに2階へ上る為の階段と地下へ降る為の階段があった。まずは地下から案内する、と言われてロイドはアリッサに続く。


 地下はコンクリートで作られた、典型的な地下室。広いフロアと小さな部屋がいくつか。


 小さな部屋は食糧等の保管庫になっているようだが、注目すべきはフロアのど真ん中に作られた()である。


「私が経営する商店から売店を用意しました。酒、タバコ、その他急に必要になりそうな物は取り揃えています」


「おいおいおい! マジかよ!」


 魔導機とエネルギーパイプで繋がった透明な扉の冷蔵庫の中には酒瓶が並び、外の棚には他の商会でも取り扱っているような缶詰やスナック等の日持ちする食糧が。


 別の棚に置かれたタバコや葉巻も各地の一流ブランドが作った高級品から庶民の味方である三等級品の格安タバコまで、帝国で手に入る物はほぼ全て取り揃えられていた。


 他にも汎用の魔石カートリッジから軍服の下に着るYシャツ、インナーなどの衣類も取り揃えられていて『何でも屋』状態である。


 ここはアリッサが個人経営する商会が仕入れた物を並べていて、店員も商会から1名派遣しているようだ。


「しかも、販売価格はほぼ原価! 掛かる税金は私が持ちましょう!」


 これが特務隊にしかない福利厚生! 我が組織は隊員へ手厚いケアを約束します!


 デデーン、と効果音が似合うかの如く。アリッサは両手を広げてドヤ顔で胸を張った。


「女神かよ! たまんねえな! 今ならアンタのケツにキスしても良いぜ!」


「いや、それはちょっと遠慮しておきます」


 だが、テンションが上がったロイドはアリッサの返答を聞いていなかった。


 FOOOO!! と歓声を上げながら店の中に突撃して冷蔵庫の中にあった酒のラインナップを確認し始めたからだ。


 といっても、アリッサ自体も彼の反応を予想はしていたようで笑みを浮かべたままであるが。


 それはさておき、ロイドが喜ぶのも無理はない。帝国で酒を買うとなると酒税が掛かる。しかも、結構な金額だ。


 タバコもそう。嗜好品と言われる物には高い税金が掛かるよう設定されていて、月々の購入金額はヘビーユーザーにとって馬鹿にならない金額になる。


 タバコも酒も嗜むロイドにとって、ここは天国に一番近い場所だろう。


 給料がアップしたにも拘らず、更には酒保のような店まで利用できるのだから喜ばぬはずがない。


「まぁ、喜んで頂けたのなら何よりです。次に行きましょう」


 地下を後にした3人が目指したのは2階部分。


 こちらは完全にプライベートエリアとなっている、とアリッサは言った。


「プライベートエリア?」


「ええ」


 2階上がって、廊下にはドアがいくつか。


 屋敷にの左側にはシャワールームとランドリールーム、小さいながらも様々な本が置かれた図書室が。


 廊下の左右からアクセスできて、1階会議室の真上にあたる大部屋はラグが敷かれたリラックスルームのような場所が。


 ラグの上にはふかふかの長いソファーと1人用のリクライニングチェア、部屋の隅には大きなテーブルと四脚揃えられた椅子。


 他にも窓際には観葉植物や美術品が飾られて。全体的なセンスは流石皇族と言うべきか、派手でもなければシンプルすぎもしない丁度良いバランスである。


 貴族の屋敷にあるようなリラックスルーム、もしくは高級宿のスイートにも劣らぬリラックスルームだろう。


 休憩する時は自由に使って良い、と言われてロイドはニヤリと口角を吊り上げた。ここでゆっくり寛ぎながら酒を飲む自分の姿を想像しているのだろうか。


「さて、次が最後です」


 中央のリビングルームを通って右側の廊下へ。


 右側の廊下にもドアがいくつかあって、アリッサは一番近くにあったドアを開ける。


 すると、中にはロイドにとって見慣れた光景が。


「……おい」


「はい?」


「これは……。もしかして俺の部屋か?」


 そう言った理由は1つ。ロイドが住んでいる借家にあった家具が置かれていたからだ。


 ベッドやテーブルなど。配置された物は全てロイドの物。見慣れた光景なのも頷けるし、俺の部屋か断言に近い質問を投げかけたのもこれが理由である。


「そうですよ。外周区の借家暮らしだと橋を渡る時に毎回検問が面倒でしょう?」


 確かにアリッサの言う通りだ。借家は外周区にあるので内周区に入る時は検問を通らねばならない。


 軍人であるロイドは簡単な質問と行先を告げるだけで通れるのだが、毎回止められるのは面倒なのは確かである。


「ロイドさんが不在の間、運び込みました」


 褒めて、と言わんばかりにロイドの顔を見るアリッサ。


「…………」


 だが、ロイドは嫌な予感を抱き始めたようだ。同時にさっきまで嬉しそうにしていた顔に影が差す。


 めでたく自室となったドアを静かに閉めて、ロイドは廊下に続く他のドアを指差した。


「他の部屋は?」


「隣の部屋は私の部屋です。乙女の部屋ですからね。見せませんよ」


「嘘だろ……」


 キャッとわざとらしくリアクションするアリッサだったが、ロイドの顔には遂に絶望するような表情が浮かぶ。


 しかも一番奥の部屋はアリッサの専属メイドであるローラの部屋だと聞くとますます顔色が曇った。


「何ですか、その表情。麗しき乙女と一つ屋根の下で暮らせるんですよ。有難いと思いなさい」


「俺のプライベートは? プライバシーは?」


「あるじゃないですか。部屋の間に分厚い壁が。貴方が夜中に私の裸を想像してマス掻いててもバレないので安心して下さい」


 コンコン、と壁を叩くアリッサを見てロイドは大きなため息を吐いた。


 今から借家生活に戻るか? いや、家具が運び込まれたという事は既に契約が解約されているだろう。元の家に戻るにしても時間が掛かる。


 どう転んでもここで数日は暮らさなきゃいけない。


「ああ、シャワーの時間使用はしっかり決めますよ。それとも決めないでラッキースケベを希望しますか?」


 西部流のお上品な言葉を述べた後に、己の体を両手で抱きしめながら豊満な胸を持ち上げるように強調して、色気たっぷりの目線をロイドに送るアリッサ。


 誘っているというよりはからかっていると言うべきだろう。


 どういう訳か、皇女様はロイドとの共同生活をご所望のようで。


 恐らくは逃がしてくれない。何か間違いが起きたらメイドに切り刻まれそうだ。いや、ロイドは間違いを起こす気は毛頭無いようだが。


 監視に近い共同生活、酒保は魅力的、こんなんでも美女とカテゴライズされるであろうアリッサ、整えられた素晴らしき住居環境。


 ロイドの脳内ではメリットとデメリットが悪魔と天使の恰好をしてせめぎ合っているに違いない。


 だが、やはり結論としては――  


「……最悪だぜ」

 

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