21 事件から一ヵ月後
シャターンとオーソーが起こした麻薬・人身売買事件から1ヵ月。
帝国帝都では本格的な冬が訪れようとしていた。
1ヵ月前までは防寒具無しでも寒さは感じなかったが、今ではコートとマフラーが必需品となっているのが現状だ。
昼間でも外に出れば吐き出す息は白く、外周区の道沿いにある屋台では温かいメニューが揃い出した。
寒い中、買い物を終えた客や外で仕事をする日雇い労働者が体を温めようとスープ売りの屋台に列を作る。
体を温める屋台メニューも人気であるが、この時期になると帝国国内で最も売り上げを伸ばす商品は、各家庭で消費される魔石カートリッジだろう。
家の中で暖を取ろうとする中間層の住民から貴族までもが、この時期になると稼働時間の増える魔導機用に魔石カートリッジを買い込んで冬に備え始めるからだ。
魔導技術が普及する前までは薪を買って暖炉で温めていたが、暖炉の役割が魔導機と空調機に変わった事で薪から魔石カートリッジへ変わったというワケだ。
魔石カートリッジを取り扱う店には在庫の有無が書かれて、まだ在庫がある店に客が殺到する。
この毎年恒例の買い物行事に殺到しないのは金の無い貧困層くらいだろう。
とはいえ、貧困層は貧困層で独自の方法で冬を凌ぐ。方法としては、冬の間だけ南下して年中常夏状態の南部で暮らす方法だ。
3年前に終わった侵略戦争の主戦場だった南の国、帝国と南の国を隔てていた元国境を越えて南下を続けると気温が馬鹿みたいに跳ね上がっていく。
帝国では白い息を吐き出していたにも拘らず、国境を越えて3時間も進んだ場所では白い息が消え失せ汗が吹き出し始めるといった摩訶不思議な体験ができるのだ。
この現象を利用して冬の寒さで凍死したくない者は南へ向かう。関係無い者からしてみれば『貧乏人の大移動』揶揄する毎年恒例行事である。
まるで冬眠しない動物のような行動であるが、これが貧困層の者達にとっては命に関わるのだから仕方がない。
とはいえ、南部は反帝国主義者などが多くいて帝国人を襲うような輩もいるので油断はできないのだが。
何らかの事情があって南下できない者、冬を越す手段を持ち合わせていない者は帝都の裏路地でひっそりとカチカチの死体になって発見される。
クソ寒い中で死体の回収をせねばならない憲兵隊や軍人が悪態をつきながら街をうろつくのも恒例行事の1つと言えよう。
さて、では最近職場が変わった男の場合はどうなのか。
無職になって冬を越せるかどうか怪しかった男が突然皇女様にスカウトされてホワイト……とは言い難い職場に就職したロイドの話である。
麻薬と人身売買事件が一旦の終わりを見せた頃、ロイドはアリッサから初の給料を受け取った。
スカウト時、彼女が明言していた通り。支払われた給料は確かに憲兵隊で貰っていた給料の3倍だった。
憲兵隊時の給料は1ヵ月で17万ローベルグ。これは帝都で暮らす中間層の男性が稼ぐ給料としては平均的か少し上くらい。
ここから税金やら諸々引かれて手取りで15万ローベルグとなるのだが、この額の3倍となれば富裕層に片足突っ込んだレベルの収入だ。
未だ中間層独身向けの借家で暮し、日々の浪費は酒とタバコ代くらいのロイド。酒とタバコのランクを2つ上げても余裕で金が残る。
となれば、何に使うか。寒くなって来たので家の空調機を新しい物に入れ替えたり、殺風景だった家の中に新しい家具を置いたり……なんて事はしない。
「最近、会いに来てくれる頻度が増えて嬉しいわ」
注ぎ込んだ先は女である。
薄暗いプレイルームの中ではベッドサイドにあるオレンジ色に光るランプだけを灯して、火照った体を晒しながらロイドの横に寝ていたのはアルミラージだった。
事件の時、情報を得る為に訪れたBBPへ週に何度も通うのが最近のロイドの過ごし方となっていた。
寒くなれば人肌恋しくなり、暖かい店の個室に用意されたベッドの中で女性と裸で抱き合えば色々なものが解消できよう。
まさに一石二鳥。
事を終えたロイドはタバコに火を点けて一服、熱くなった体をクールダウンさせるアルミラージは、全裸のままベッドサイドのテーブルに置かれたグラスを2つ取った。
既に酒が注がれていたグラスの片方をロイドに手渡すと、アルミラージは一口酒を飲んで再びグラスを置いた。
「客を選び過ぎているんじゃないか?」
冬になるとロイドのような考えを持つ男の客は増える。BBPのような風俗店は大繁盛となるのだが、ロイドが気まぐれに訪れてもアルミラージの予定は空いていた。
「私は誰にでも抱かれるような安い女じゃないのよ?」
ロイドが受け取ったグラスを傾けて喉を潤していると、密着してきたアルミラージはロイドの頬にキスをして色気たっぷりの表情でそう言った。
彼女の持つ色気にやられて虜になる客は多い。店のオーナーでもあるアルミラージからしてみれば、自分が一番の人気商品ともなれば安泰だろう。
しかし、彼女は客を選ぶ。決まった客にしか抱かれない。その1人がロイドという訳なのだが。
2人のやり取りからは通じ合った関係が窺えるが、あくまでも商売としての関係を保っているように見える。
「憲兵隊を辞めて正解だったんじゃない?」
「そうかもな」
BBPへ訪れる頻度が増えたキッカケの1つ。憲兵隊からの退職であるが、本人が頷く通り正解だったと言える。
事件以降、司令官が事件に関与していたという事もあって憲兵隊には大きな改革が入った。
関与していた者が逮捕されたのは勿論の事、幹部の一部は降格と地方へ左遷がセットになって、関係無かった隊員達も連帯責任として3ヵ月の減給。
もし、ロイドが未だに憲兵隊員であったなら今こうして温かい部屋の中で極上の美女を横に侍らしてはいまい。むしろ、冬の間はひもじい思いをしていただろう。
「お姫様は機嫌が最悪だったがな」
これら憲兵隊の改革を指示したのは次期皇帝、第一皇子アイザックだ。
アリッサとロイドが解決した事件の報告を受けたアイザックは、関与していたシャターンとオーソーが反皇族派というのもあって、皇族派と反皇族派が揃った城の会議室では大々的に攻撃を開始したそうな。
今回の事件は反皇族派に属する貴族が主犯であったが、軍部の指揮下にある憲兵隊の一部隊員まで関与していたという事実は大きい。
反皇族派、憲兵隊の指揮を執る大元、軍部のボスは皇族制度撤廃を影で掲げる帝国軍総司令官であるグレゴリー・ベイソン侯爵である。
反皇族派のボスであるグレゴリーの力を削ぐべく、アイザックはここぞとばかりに彼を批判した。
憲兵隊の改革を指示しただけではなく、グレゴリーの管理不足を指摘して本人の貴族給与(国から支払われる年俸)の減給を言い渡す。
加えて、国管理下にある帝国新聞に事の顛末を書かせた。
派閥、軍部を仕切っていたグレゴリーは相当コケにされた形である。反皇族派が瓦解するような痛手は被らなかったものの、アイザック率いる皇族派が行う一発目の反撃としては十分か。
しかしながら、これらの反撃材料を作ったのはアリッサだ。
シャターンとオーソーの悪事を暴き、地方へ移送されていた残りの被害者も無事に救出された。
オーソーの背後にいると思われる者達は未だ発覚していないものの、被害者救出を終えた事で事件は一旦の解決を見せたといってもいい。
だが、アリッサが兄であるアイザックや皇族派から賞賛される事は無かった。と言っても、アリッサが不機嫌だったのは賞賛されなかった事についてではなかったようだが。
「だから私のところに逃げて来ているの?」
「いや。単に仕事が無いからだ」
「もう……。私が恋しかった、くらい言えないわけ?」
少し不機嫌そうに眉を潜めたアルミラージはモゾモゾとベッドの中を移動してロイドの正面から抱き着いた。
彼の胸板に頬を摺り寄せ、何度かキスをする。
「続き、しましょ。まだ時間あるし」
色欲の沼に誘うような笑みでアルミラージがロイドを誘う。
「ああ」
ロイドもその気になって、タバコを灰皿に押し付けながら彼女の唇を奪おうとするが――
コンコン、とドアをノックする音が鳴った。
「どうかしたのかしら?」
お客とのプレイ中、ノックをして呼び出すのは基本的にタブーである。緊急事態……例えば店でトラブルが起きたりすれば例外であるが。
アルミラージが返事を返すとドアを開けて顔を見せたのは、BBPに所属する子兎の1人だった。
彼女はアルミラージとロイドに戸惑いに似た苦笑いを浮かべながら、
「あ、あの……。お客様に来客が」
と、言ってロイド目当てでBBPを訪れた来客の姿を見せる。
「…………」
遥々風俗店であるBBPまでロイドを訪ねて来た者は黒いメイド服を着た女性。
アリッサの専属メイドであるローラであった。
露骨に嫌な顔を浮かべるロイド。だが、彼女は相変わらず無表情のままお辞儀をして、いつもの声音で用件を言う。
「お嬢様がお呼びです」
「マジかよ……」
ロイドは顔を手で覆った。
まさかお楽しみ中にまで割り込んでくるとは。ロイドが堪能していたピンク色の生活は終わりを告げた。




