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20 VIP room


 帝国帝都内周区、中央エリアにある高級レストランにて。


 ここは帝国旅行ガイドブッグにも乗っていない秘密の店。会員の紹介がなければ入店する事すらできず、完全予約制で限られた者しか知らぬ名店である。


 店員は高級スーツで身を包み、所作や礼儀を完璧に学んだ元帝城執事とメイド。料理を作るシェフも帝城の厨房で料理長を務めていた天才シェフ。


 仕入れる食材は全て新鮮な一級品のみ。取り扱っている酒類も味と品質が確かな高級品を取り揃えられている。


 素晴らしいサービスと素晴らしい料理を提供する秘密のレストラン。


 このレストランの最奥にあるVIPルームで1人の老人が食事を行っていた。


 白髪をオールバックにして、60を超えた老人らしい皺が顔に刻まれている。


 背筋を伸ばして椅子に座る姿は品の良さが漂う。着ているスーツは勿論高級品であるが、どこぞの成金貴族のような派手な主張は全く無く。


 黒いスーツと白いシャツ、紺のネクタイ。ポケットにはポケットチーフが見えており、タイピンは銀色の小さな物。


 身に着けているのはこれくらいで、現代の貴族が好む指輪やネックレスなどの金属類は全く身に着けていない。こざっぱりとしていながら上品なチョイスだ。


 食事のマナーに関しても満点だ。ナイフとフォークを食器に当てる事は無く、下品な音は一切立てない。

 

 現在の下劣で下品な貴族共とはまるで違う。帝国貴族の理想と言える老紳士であった。


 老人の食事が半ばを迎えた頃、VIPルーム前に控えていた店員へ別の店員が客を連れてやって来た。


 案内役の店員は言葉を発さず、扉の前に控えていた店員の横へ付くと頭を下げる。


 案内された別の客は中にいる老人と同様に品の良い恰好をした中年男性。身に着けている物も同じランクで秘密のレストランを訪れる客としては満点と言えよう。


 茶色い短髪に緑の瞳を持つ中年男性。ただ、顔の造りからして帝国生まれではないのだろう。


 帝国人は彫りの深い顔を持つ者が多いが、彼の顔は浅くて凹凸が少ない。帝国人からしてみれば『外国人だな』と一目で分かる顔だった。


 しかしながら、それは帝国にいるからこそ。恐らく彼は生まれた国に戻れば、どこにでもいるような平凡な顔と称されるだろう。


 そんな平凡な外国人顔の中年男性は黒いスーツの内ポケットから1枚のカードを取り出した。


 カードには絵が1つ描かれているのみ。盾の後ろに剣と杖がクロスして重なった絵だ。


 それを見た店員は深々と頭を下げた後に扉を開けた。


「お見えになられました」


 先に中へ入った店員が一言声を発して老人へ知らせる。その後、茶色い短髪の中年男性が中へ入ると扉を静かに閉めた。


 中年男性はコツコツと小さく足音を鳴らし、老人の対面へと着席する。


「他の奴等は?」


「今日は欠席だよ。君と私だけだ。まずは一杯」


 席に座った中年男性が老人に問うと、老人は答えながらワインの瓶を持つ。


 中年男性はセッティングされていたワイングラスを持つと老人に高級赤ワインを注いでもらった。


「忙しそうだな」


 中年男性は注いでもらったワインの香りを楽しむと、欠席した仲間への感想を呟きながらワインを口にした。


「南部で暴動が起きてな。一時的に陸も空も封鎖中だ。想定内だがね」


「ふぅん。大変だねぇ。俺の方がまだマシか」


 この場にいない仲間の苦労を想像しながらか、中年男性はどこか他人事のように言葉を発した。


 先ほどからの口ぶりからして、2人の間には年齢差があるが話し方は気安さを感じさせる。どうやらこの会には年齢や格による序列は無さそうだ。


「暴動は人身売買の件か?」


「いや、麻薬だよ。南部にある栽培地の件だ。暴動を引き起こしたのは――」


 老人の答えを聞くと中年男性は思い出したかのように「ああ……」と言葉を漏らしながらため息を零した。


「教会だ」


「教会か」


 2人は揃って厄介者の名を告げる。


 ただ、憂鬱そうな表情を出したのは中年男性の方だけであった。


「予想通り、南部の栽培地を突いたら動き出した。南部の反帝国主義を扇動し、暴動を引き起こさせた隙に畑を燃やしたようだ」


 目的を達成させる為に彼等は南部にある麻薬の原料となる植物の畑を利用したようだ。


 元々、この栽培地は南の国で製造されていた伝統的な医薬品の原料となる植物を栽培しており、製法によっては麻薬になるといった効能を持つ植物であった。


 勿論、栽培農家は麻薬製造していたわけじゃない。しっかりとクリーンな、南部に住む元外国人達の為に医薬品の原料として育てていたのだ。


 しかしながら暴動に乗じて畑は全て燃やされ、南部にあった栽培地は灰に変わった。


 今頃は農家が泣き崩れて首を吊っているかもしれないが、老人は表情を変えずに事実を告げた。


「自国の利益を守る為とはいえ、相変わらず過激だな。もっとスマートにできないものかね」


 中年男性は「やれやれ」と首を振ってみせる。


「品の無いペテン師共に何を言っても無駄だ。大昔から奴等のやり方は変わっておらんよ」


 相変わらず顔色を変えない老人はワインを一口楽しむと、再び食事を再開しながら告げる。


「確かに。で、成果は?」


「南部にある支部に()は無かったようだ。構成員と能力は大体把握できたが、それでも始末は出来なかったと連絡が入った」


 栽培地を餌にしてちょっかいを掛けた彼等が得た成果は『及第点』といったところか。


「ただ、多少の利益は得られたがね。南部に元々あった栽培地は暴動に乗じて燃やされたが、完全に失ったわけじゃない。例の試作品は既に我々の手の中だ。適切な者に渡して教会との火種に出来るだろう」


 既にあった栽培地は燃やされて失ってしまったものの、原料となる植物の種は十分に確保できている。


 また別の土地で栽培を始めて加工まで持って行けばいい。本当に欲しかった物は得られなかったが、代わりに『お小遣い』と『手札』が手に入りそうだと老人は言った。


「向こうはまだ我々の正体を掴めてはいない。我々自体はまだ影の中だ。今まで通りの距離感は保てているよ」


 彼等が得たかった物の代償として、暴動が起きた事で怪我・死亡した帝国軍人、餌にした反皇族派の一部、巻き込まれた一般人は勘定に入れていないようだ。


 いや、むしろ彼等は損害とすら思っていない。


「利用した帝国の貴族は?」


「消した。心配ない」


 中年男性の問いに老人はナイフでステーキを切り分けながら言った。


「誰が?」


「紳士―― Gentleman だ」


 老人が依頼した人物の名を聞いて、中年男性は「彼ならば確実だな」と頷く。


「南部の調整は任せるとして、最近の帝都はどうなんだ?」


「相変わらずくだらない事で盛り上がっているよ。君のホームである腹違いの国(兄弟国)も同じようなものだろう? 所詮は下賤な奴等の末裔だ。皇族派も反皇族派も予定通りに進んでいる。それと……そうだな」


 中年男性が問うと、老人は言葉の最後で口角を吊り上げた。


 老人がこのような表情をするのは珍しいのか、中年男性はやや驚いたような表情を浮かべて言葉の続きを待った。


「見込みのある者が動き始めた。利用したもう1人の貴族を処理してくれたのも彼女でね。もしかしたら、こちら側に来るかもしれんな」


「へぇ。アンタがそこまで言うのは珍しいな」


「ああ。一時的ではあるが、私の教え子でね。少々お転婆ではあったが、優秀な子だ」


 教えた時間は短いが、今まで出会ってきた教え子の中では特に優秀であったと言う老人。


 短い期間で光る物を見せつけた教え子の姿は今でも鮮明に思い出せるようだ。過去の風景を思い出して懐かしむかのように、ゆっくりと頷いた。


「6人目がアンタの教え子か」


「まだ分からんがね。皇族派と反皇族派の件に利用するだけで終わらない事を願うよ」


 このタイミングで扉をノックする音が鳴った。老人がノックに対する返答を返すと、中に運ばれて来たのはクロッシュで蓋をされた新たな料理。


 カートに乗っていた皿が中年男性の前に置かれ、店員がクロッシュを取ると焼きたてのステーキが湯気を立てていた。


「はぁ。これを食ったらまた西部か」


 ナイフとフォークを手に取った中年男性はステーキをカットしながら疲れた顔を浮かべる。


「西部での仕事が終わったら一度帰国する予定だったかな?」


「ああ。そろそろ帰らないと妻に怒られてしまう。西部で買えるオススメの土産、何か知らないか? 妻の機嫌が抜群によくなる物だ」


 中年男性の言葉を聞き、老人は「どこの家も同じだな」と小さく零す。


 そんな仲間の為に西部で得られる特産品を脳内で検索しているのか、少しだけ場に沈黙が流れた。


「青華のネックレスとウイスキーなんてどうだね?」


 青華とは西部の冬に咲く薄青色の花びらを持つ花の名である。


 ただ、ここで老人が言った青華は帝国西部で盛んな鉱山業で稀に取れる大きなサファイヤを青華のように加工したネックレスの事を指す。


 美しい青の華を模したサファイヤのネックレスは女性に人気だ。しかも、あまり数が出回らない貴重品ともなれば中年男性の妻も喜ぶだろう。


 ついでに西部特産品のウイスキーを購入して、夜にネックレスをプレゼントしながらウイスキー入りのグラスを差し出せば完璧である。

  

 プレゼントする品からシチュエーションまで提案した老人に対し、中年男性は大きく頷きながら笑顔を浮かべた。


「さすがだ」


 中年男性はパチンと指を鳴らして笑った。


「だろう? 伊達に歳は食っておらんよ。何度もこれで切り抜けてきた」


 中年男性の称賛に対し、老人は口角を吊り上げながらワイングラスを口に当てた。



―― 1章 END


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