16 侯爵家アポ無し訪問 2
玄関を突破して屋敷の中に入ったロイドは奥を目指す。
オーソー侯爵の屋敷は上空から見ると凹型といったような形だ。敷地の奥側へと左右の廊下が伸びている形であり、へこんでいる部分は中庭になっている造りだった。
建物の中央に玄関ホールがあって、2階に続く階段がある。恐らく2階は客間や寝室があるのだろう。
今回のようなトラブルが発生した場合、貴族はセーフルームに逃げ込むか私兵団と共に脱出するかの2択となるのがベター。
2階に逃げても高さが外に脱出する際の障害になるし、セーフルームを作るのであれば1階か地下というのが相場だ。
故に2階は除外できるだろう。
1階は中央の玄関ホールから左右に分かれているが、どちらに進むかは一目瞭然だった。
右側の廊下に続くドアが蹴り破られているからだ。
更に先行しているビッグマンを止めようとしているのか屋敷の奥では銃声が鳴り響く。
聞こえて来る方向は、やはり屋敷の右側。ロイドは右側の廊下へ向かった。
廊下は真っ直ぐ一直線になっていて、左手側は一番奥までガラス張り。屋敷の中庭に咲き誇る季節の花達を廊下から見て楽しめるといったオシャレな造りだ。
貴族の女性が喜びそうな屋敷の造りであるが、今は花を観賞している場合じゃない。
右側には応接室や食堂など各部屋に続くドアが並んでいるようだが、どれもビッグマンが中を確認したのかドアが蹴破られて開いていた。
加えて、ビッグマンがここにいた証拠として廊下のいたるところにオーソー侯爵が雇っていた私兵が倒れている。
倒れている一部の者達からは呻き声が聞こえるので全員が死んでいるわけじゃなさそうだが。
「どこに行ったんだ?」
問題はビッグマンの行方である。
先ほどまで戦闘を繰り広げていた私兵達が転がっているものの、ビッグマンの姿はない。右手側にある各部屋のドアが開けっ放しになっているので、部屋の中にいるのだろうか。
魔導拳銃を構えたロイドは私兵達の襲撃に備えながらゆっくりと廊下を進み始めた。
開けっ放しになっているドアの中を1つ1つ確認しつつ、進んでいると廊下の奥に揃いの青い制服を着た私兵の集団が現れた。
どうやら左側の廊下から中庭を通過して右側の廊下へやって来たようだ。
手前のガラスは引き戸になっていないので外に出る為の引き戸は左右の奥にだけ配置されているのだろう。
「貴様ッ! 侵入者の仲間かッ!」
ロイドが彼等に気付いたように、相手もロイドに気付いた。
「おいおい。見て分からねえのか? 俺は軍人だぞ? 騒ぎを聞きつけて来たんだ」
息を吐くように嘘をつくロイド。魔導拳銃を構えながらも、着ている軍服を見ろとばかりに言った。
彼の言葉に一瞬だけ固まって顔を見合わせる私兵達だったが、彼等は持っていた魔導長銃の銃口をロイドに向ける。
「黙れ! 屋敷に入った者は容赦するなと命令されている!」
オーソー侯爵は屋敷の中によっぽど見られたくない物があるのだろう。仮にロイドの言葉が本当で、彼が善良な軍人であったとしても殺すつもりのようだ。
向けられた魔導長銃の数は10。前列の5人が膝立ちになり、後列の者は立ったまま構えるという基本的な陣形を廊下で作った。
「おいおいおい、マジかよ!」
私兵のリーダーによる合図で一斉に発射される魔導弾。ロイドはすぐ隣にあった部屋の中に飛び込んで弾を躱す。
「テメェら貴族のワガママに付き合いすぎて頭イカれたのか! 軍の施設でカウンセリングが受けられるぞ! 毎週火曜日の昼と夕方! 2回!」
あたかも被害者であるかのように叫ぶロイドだが、彼自身も身分を偽っている事を忘れてはならない。
銃撃が止むとロイドは部屋から顔を出して廊下を窺った。しかし、相手はまだ射撃態勢をとったままでロイドの顔が見えた瞬間に再び撃ち始めた。
「あーあー! 嫌だね! 人の話を聞かない輩は! どうなっても知らんぞ!」
「侯爵閣下の邪魔をする者は死ね!」
集中砲火を喰らって部屋から出てないロイドの言葉に対しての返答は随分と忠誠心マシマシで熱狂的なセリフだった。
指揮を執っているのはオーソー侯爵直属の部下か、もしくは関係性が近い者なのだろうか。
銃声が止んだタイミングでロイドは廊下の状況を確認しようとしたが……。少々嫌な予感がしたのか、彼の顔に険しくなる。
一瞬だけ顔を出してすぐに部屋の中へ引き込むフェイントを行うと、ロイドが顔を出すのを狙っていたかのように銃声が鳴った。
「チッ。ボンクラだけじゃねえのかよ」
思わず舌打ちを鳴らすロイド。
撃つタイミング、カートリッジの交換タイミングは全員で一斉にやらぬよう前列後列でタイミングをズラして、撃って来る箇所はロイドの頭が出るであろう場所をしっかりと推測して撃ってくる。
更には奥で陣取る為に部屋の中から遮蔽物になる物を用意して身を隠す事も忘れない。
対峙する私兵達は基本的な戦術は身に着けていて、ロイドの行動を待つ事も出来る。
すぐに銃をぶっ放したがるチンピラやなんちゃって軍人である貴族の子弟とは違い、戦闘慣れしていて戦闘中であっても心に余裕がある輩のようだ。
従軍経験者か、それとも軍で訓練を受けた者達か。どちらにせよ、玄関にいたボンボン私兵とは違う。
「さて……」
ロイドはこの状況を打破するものはないか、と周囲を観察し始めた。
まずは廊下。ガラス張りになっている部分を撃ち、中庭に出て銃撃戦をするか。たくさんの花が咲き、綺麗に整えられた中庭には遮蔽物が少ない。中庭へ出る案は却下だろう。
次に目が行ったのは廊下の天井。天井にはガラスの筒のような物が天井に装着されていた。
これは室内を明るく照らすランプだ。仕組みとしては屋敷の中に張り巡らされた魔力エネルギーパイプから魔力を供給して光る仕組みである。
「…………」
室内灯が廊下にあるという事はどこかにスイッチがあるはず。
今いる部屋の中には無い。では、別の部屋の中か廊下のどこかか。
相手がカートリッジを交換するタイミングで一瞬だけ顔を出すと廊下の壁を見た。
すると、隣の部屋に続く廊下の壁に室内灯のスイッチを入れる為に用いるレバー付きの箱――魔導機が備わっているのが見えた。
ロイドは私兵達に魔導拳銃を撃って牽制しつつ、魔導機のある場所まで駆ける。
魔導機とは家の壁の中に張り巡らされたエネルギーパイプの始点であり、家庭に備わった生活用魔道具を動かす為のスイッチである。
金属製の箱の中に歯車が組み合わさった機構があり、箱の下部にあるソケットに魔石カートリッジを挿入してレバーを降ろすと、壁の中に張り巡らされたパイプを通って魔導機とパイプで接続された魔導具にエネルギーを送るといった仕組み。
現代の帝国式住居には大なり小なり必ず備え付けられている物である。
牽制するロイドは急いで魔導機のレバーを降ろすと、次の部屋の入り口がある位置へ向かって床に飛び込んだ。
床に這いつくばるような姿勢のまま、真横にある部屋の中へとゴロゴロと転がって避難する。
レバーを降ろした事で起動した魔導機は「ド、ド、ド」と鈍い音を出しつつ、上部に取り付けられた排出口から「ブシュー」と白い煙を噴出させて抽出したエネルギーをパイプに送り出す。
飛び込んだ部屋に身を隠して相手の射撃を躱しながら廊下の天井を確認。等間隔で装着されたガラス筒が淡いオレンジ色の光を発しているのが確認できる。
このガラス筒は廊下の先まで続いている。勿論、私兵達が陣取っている場所の真上にも。
ここで少し魔導機について補足情報を語ろう。
先ほども語った通り、魔導機は魔石カートリッジを挿入後、レバーを降ろせばオンの状態になってパイプに魔力が流れ出す。
レバーを戻してオフの状態にしたら、数分後には魔力エネルギーは霧散して消え失せるというのが基本的な仕組みだ。
逆に言えば、魔導機をオンにしたままだとソケットに挿入された魔石カートリッジの魔力が尽きるまで、パイプの中には抽出されたエネルギーが流れ続ける。
この状態で……例えば複数ある室内灯の1つを外したとしよう。外した部分の接続口はどういった状態になるのか。
答えは抽出されたエネルギーがパイプの外に漏れ出る。外した部分だけ自動的に蓋がされて、エネルギーが外に漏れ出ない……といった上等な仕組みはまだ開発されていない。
ここでパイプから漏れ出る魔力エネルギーに対して注意せねばならぬ事が1つ。
魔導具に搭載されている起動術式によって活性化した魔力エネルギー(魔導具の中で魔力がエネルギーとして働いている状態)を、無活性状態の魔力エネルギー(カートリッジから抽出され、パイプに流れている状態)にぶつけると『連鎖活性』という現象を引き起こす。
活性化された魔力に触発され、無活性状態だった魔力も連鎖するように活性化されるという現象だ。
適切な装置や安全装置内で活性化すれば問題無いが、魔力を制御する物が何もない場所で魔力を活性化させると魔力の暴走を引き起こす。簡単に言えば魔力がその場で暴れ回って爆発する、といった現象が起きる。
この連鎖活性を例えるならば『ガス漏れしている箇所に火を近づけたら爆発した』といった状態を想像してもらえば分かりやすいだろうか。
ガスと違って無臭なのでこちらの方が厄介であるが。
帝都内で起きる火災や爆発事故の原因のほとんどが連鎖活性によるものとされ、魔導具を使う際は注意するようにと注意喚起されている現象である。
さて、補足による前置きが長くなってしまったが、ロイドの狙いはこの魔導機とエネルギーパイプの仕組みを利用する事だ。
ロイドは私兵達の真上にある室内灯に銃口を向けてトリガーを引く。命中すると室内灯が壊れて彼等の頭上に破片が落ちた。
2発目。魔導弾は壊れた事によって露出した室内灯の接続口目掛けて飛んでいく。
先ほど語った説明に照らし合わせると、ロイドの撃った弾は『魔導拳銃内部機構の術式によって銃弾化した活性化済みの魔力エネルギー』である。
2発目の弾は室内灯の接続口を貫通、接続口内部にあった無活性魔力エネルギーにぶつかって――私兵達の頭上で爆発が起きた。
「ぎゃあああッ!?」
頭上で爆発した衝撃と炎が私兵達を襲う。酷い者は服が燃えて火達磨になったり、爆発の衝撃でガラス戸を突き破って中庭へ吹き飛ばされたり。
連鎖活性における大爆発を起こした張本人、ロイドもすぐに部屋の奥へと逃げて床に這いつくばると頭を手で覆った。
パイプの接続口1つが爆発したことで、他のパイプ内に充満していた無活性魔力エネルギーも連鎖するからだ。
廊下の天井にあった室内灯は廊下の奥から順番に爆発を起こして、天井から炎柱を立てた。
爆発した事でガラス戸は吹き飛び、床に敷かれていた絨毯は燃え、天井の一部が壊れて崩れる箇所もあったりと廊下は酷いありさまに。
部屋の奥に逃げたロイドは廊下から音が消えると再び動き出した。
部屋の中から顔を出し、廊下の惨状を見て。燃える廊下を歩きながら奥に転がる私兵達に近づいていく。
さすがに爆発を間近で浴びたのだ。ほとんどの者は死亡しているだろう。
「う、うう……」
ただ、よほど豪運の持ち主なのかまだ生きている者もいた。
頭から血を流し、右半身は大火傷の状態。生きているのが不思議なほどの怪我を負っていた。
「お、まえ……」
声からしてリーダーだった男だろう。
玄関にいたボンボン私兵とは違って、大量の血を流しながらも鋭い目付きでロイドを睨む。
「言っただろ? どうなっても知らねえってな。カウンセリングと一緒に室内戦の訓練を受けるべきだ」
確かにこの男は忠誠心もあってボンクラ共とは違い訓練も受けていたようだが、本物にはやはり敵わない。地獄を生き延びた本物には。
呆れるような声音で言ったロイドだったが、男の手が床に転がる銃へゆっくりと伸びようとしているのを見逃さなかった。
足で魔導長銃を遠くに蹴飛ばし、男の望みを絶つ。
「う……」
死ぬ前に一矢報いてやろう。そんな気持ちを絶ったせいか、男の呼吸はどんどん浅くなっていく。
もうすぐ彼は死ぬ。損傷した体の苦痛を感じながら。
ロイドは私兵にトドメを刺して楽にしてやるわけでもなく、ただ黙って背を向けてその場から立ち去った。




