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15 侯爵家アポ無し訪問 1


 隣の倉庫にあった運搬用魔導車――荷台を帆で覆ったタイプのトラックに乗り込んだロイドはビッグマンを荷台に乗せると内周区へと向かった。


 外周区から内周区へ渡る際、帝都に架けられた橋を渡らなければならないのだが、橋は全部で3つある。


 橋は西、東、中央。


 西を利用する者達は主に軍関係者だ。内周区の西側に軍の施設が固まっている事から軍人の利用者が多い。


 中央は富裕層の住む住宅エリアに近く、中央エリアにある商店へ荷物を運ぶ運送関係者が多いだろう。


 東側の橋は貴族の住む住宅エリアに近い。貴族が進んで外周区に出向く事は滅多に無く、他2つの橋に比べて利用率が最も低い。


 以前説明した通り、この3つの橋には内周区に不埒者を入れぬよう軍人が見張る検問所が存在する。


 ビッグマンを乗せたトラックを運転するロイドも検問所で止められてしまうだろう。荷台にいる彼の事を指摘されないようにするにはどうすれば良いか。


 同じ軍服を着て、言い訳が通るかもしれない西側の橋が一番楽だろうか。


 しかし、ロイドは迷わず東側を選んだ。オーソー侯爵の屋敷まで最短ルートを選択したというのもあるが――


「オーソー侯爵様の使いだ。検査は不要」


 検問所で停車を促されたロイドはトラックの窓を開けて軍人に告げた。同時に1万ローベルグ札を3枚折りたたんで握り込む。


 握った手を振って注意を促すと検問所にいた軍人が周囲を気にするように顔を巡らせた。


 誰も見ていない事を確認するとロイドの握り拳の下に手を広げて。ロイドも手の中にある札を見せないように軍人へ手渡した。


「通ってよし。ご苦労さん」


「そっちもな」


 窓を閉めたロイドは思わず口角を吊り上げてしまった。


 オーソー侯爵は被害者を屋敷に運んでお楽しみをしている。つまり、オーソー侯爵の部下はこの東側の橋をよく利用しているのだろう。


 検問所にいた軍人はオーソー侯爵の家名を聞いて特に反応しなかった。ごく自然な表情を浮かべていたのだ。


 加えて賄賂に対しても。受け取り慣れている、というべき態度と挙動。


「ハッ。腐った街だぜ」


 それを予想して東を選んだが、まさかこうも上手くいくとは。上手く事は進んだが帝都の腐敗もまた1つ証明されてしまった。


 それはさておき、ロイドの運転するトラックは内周区に入った。 


 目指すはオーソー侯爵の屋敷である。


 貴族の屋敷は帝都内に20軒ほど建っているが、どれも広い庭付きの敷地に門と柵を設置して部外者が入れないよう施しているのがスタンダートだ。


 正面の門には貴族が独自に雇う私兵が配置され、敷地を囲む柵の周りを警備として巡回する。


 簡単には入れないし、アポなしで訪ねても門前払いされるだろう。


 現状、オーソー侯爵が屋敷にいるかは不明だが警戒はしているはず。橋の検問所は突破できたが、門番を騙せたとしても侯爵家の敷地内に進入する際は荷台の検査はされる確率が高い。


 フロントガラスの先には目的地が見えてきた。やはり青色の制服を着た門番が配置され、敷地内へと繋がる鉄の門は固く閉じられている。


「面倒だな」


 いちいち止められるのも、時間稼ぎされるのも。


「お姫様に何か言われそうだが……。確かめるのは丁度良いか」


 同時に丁度良い機会だ、と小さく呟く。自分の雇い主が本当に正しいのか否かを知るのも。


 あのニコニコ笑う作り笑顔の裏側は果たしてどうなっているのだろうか。ロイドの予想通りの女なのか、それとも別か。


 これからする事は自分が決断した選択だというのに。それを棚に上げてアリッサまで巻き込む事にしたようだ。


 ロイドは思いっきりアクセルを踏み込んだ。


 グオン、とエンジンがけたたましく鳴って車体内部にある動作機構を形成する歯車の回転が加速すると、それに比例して回転音が大きくなる。


 優雅で美しい。そう言われている内周区には似合わないエンジン音が貴族の住宅エリアに鳴り響いた。


 爆音を鳴らしたせいもあって、貴族の屋敷を警備する私兵達が一斉にロイドの運転するトラックへ顔を向けた。


 その中でもオーソー侯爵家を守る門番は驚きと焦りの態度を見せる。


 当然だ。荷物を運搬するはずのトラックが自分目掛けて猛スピードで突撃して来ているのだから。


「と、止まれえええ!!」


 慌てる門番は持っていた魔導拳銃を構えて叫ぶ。


「止まるかよ」


 ロイドはニヤリと笑いながらアクセルをベタ踏み。ブレーキを踏む素振りは全く見せない。


「うわあああ!?」


 門番は向かって来るトラックのスピードに臆したのか、結局魔導拳銃を撃つことなく横に飛んで衝突を回避する。


 結果、トラックは鉄の門を突き破って侯爵家の敷地内へと突っ込んだ。


「ぐッ!」


 衝突した際の衝撃に耐えたロイドはハンドルを一気に切りながらブレーキを踏み込む。


 敷地内に進入したトラックは横転しそうな勢いのまま、180度向きを変えて急停止。荷台側が屋敷の玄関に向くようにして動きを止めた。


「ヘイ! ビッグマン! 出番だ!」


 運転席の真後ろにある荷台の確認用覗き穴に向かって叫びつつ、ロイドは魔導拳銃を抜いて外に飛び出した。


「お前! なにもの――ぐあ!?」


 運転席から飛び出したロイドは向かって来る門番の肩を魔導拳銃で撃ち抜く。


 肩を押さえながら倒れる門番を見たロイドは周囲に敵が潜んでいないか視線を巡らせる。


「ビッグマン! 玄関を突き破って中に入れ! 妹を探せ!」


 幸い、外で警備をしていた私兵はいなかったようだ。巡回の交替時間だったのかは不明だが都合が良い。


 屋敷の庭を確保したロイドはビッグマンに向かって叫んだ。


「ウオオオッ!」


 荷台から飛び出したビッグマンは一直線に屋敷へ走って雄叫びを上げながら玄関を蹴り破る。


 人間離れしたパワーで蹴破られたドアが内側へ吹き飛び、屋敷の中からは使用人らしき者達の悲鳴が聞こえて来た。


 いきなり玄関ドアが蹴破られ、野獣のような大男が入ってきたら悲鳴を上げるのも当然だが。


「大体は屋敷の奥に――ってもういねえか」


 貴族が理想とする屋敷の構造上、当主の部屋というのは一番奥に配置される。


 囲まれた壁の間には鉄板を挟み込み、部屋に繋がるドアも特別製。最後の砦と言わんばかりに堅牢な造りにするのがこの時代の流行である。


 それをアドバイスしようとロイドは背後を振り返ったが、既にビッグマンの姿はない。


「おい、貴様! 何をしているんだ!」


 代わりに姿を現したのはオーソー侯爵に雇われる私兵達。


 侯爵家の旗に用いられる青色のベースカラーを使用した制服を着て、右腕には侯爵家に仕える者を示すオーソー侯爵家の紋章入りワッペンを付けて。


 ベテラン兵らしき中年が若い5人の兵を連れて屋敷の玄関を内側から塞ぐように立ちはだかった。


「おいおい。俺を足止めか? 中に行ったビッグマンじゃなく?」


 まず止めるべきは屋敷の主を探しに行ったビッグマンだろう。なのに自分が止められるとは。ロイドは納得し難いとばかりに肩を竦めた。 


「不法侵入者を捕らえよ!」


 ロイドの言葉には聞く耳持たず。しかも、中年の私兵が叫んだ次の瞬間には若い兵士が構えた魔導長銃から発砲音まで鳴り響く。


「チッ!」


 どう考えても捕らえようなんて気は無いだろう。少なくとも撃ってきた若い私兵は。


 体を穴だらけにしても首さえあればいい、それが彼等の言う捕まえ方なのだろうか。


 体が蜂の巣になるのは御免だ、とばかりにロイドは飛び込むようにトラックの影に隠れた。


「ここで逃げても構わねえんだろうが……」


 そう独り言を零したロイドだったが、玄関を塞ぐ私兵達と銃撃戦を開始する。


 ここまでやってしまったんだ。退いても進んでも変わるまい。何より、ビッグマンがちゃんと妹を助けられるかが気になっているのだろう。


「にしても、えらく装備が良いじゃねえか。さすが金持ち貴族の私兵は違うねえ」


 相手はドアが無くなった玄関の左右にある壁に半身を隠しつつ、最新式の魔導長銃で遮蔽物のトラックを撃ってきた。


 魔導長銃というのは拳銃と比べてバレルが長く経が大きい。内部の術式機構も大きく、弾速や精度、反動の自動制御なども魔導拳銃より優れている。


 加えて魔導弾の生成機構もやや大型で魔導拳銃よりも大きな弾――大口径の弾を生成できるし、専用のカートリッジも拳銃より大きいので1カートリッジで発射できる弾数も多い。


 簡単に言えば拳銃よりも速くてパワーのある弾を撃てる、といった代物である。


 魔導拳銃と比較すると発射までのラグ、本体の重さ、連射性能は劣るものの、交互に撃てばその短所をカバーできる。


 要はある程度の人数を揃えて撃つのが長銃の基本だ。


 人数を揃えて適切な射撃を行える態勢があるのであれば、こういった場面で相手を制圧するには最も頼れる魔導銃のタイプだろう。


 当然ながらお値段も相当な物だ。特に彼等が使っているのは軍用品であり、最新式の第四世代型。


 それを全員に配備しているとなればオーソー侯爵のコネと財力は相当である。


 対し、ロイドの装備はJJの店で購入した魔導拳銃だけ。


 こういった時に威力を発揮するであろうマグナムは未だ予備のカートリッジが無く、使えないと分かってアリッサの屋敷に置きっぱなしである。


「だが、いくら装備が良くても使う奴が三流じゃあな」


 相手が撃つ弾はトラックのドアや窓ガラスに当たって派手な音を鳴らす。


 こういった場合はボンネットの中にあるエンジンを撃ってトラックを爆発させ、ロイドを強制的に移動させるのがベターな戦い方だろう。


 それをしないという事は紛れもなく相手が三流のボンボン私兵――懇意にしている上位貴族の私兵団へ送られた下位貴族の次男三男(所謂コネでの就職)を指す蔑称――だという事だ。


 ロイドは地面に横になるとトラックと地面の隙間から玄関に銃口を向けた。


 血気盛んなだけが取り柄の若い私兵は盾になっているトラック目掛けて射撃練習中である。


 しかも1カートリッジを撃ち尽くした後、体を隠そうともせずにその場でリロードする始末。


 ロイドが飛び出して来ないから制圧できていると勘違いしているのか。それともただ単にアホなのか。こういった醜態を晒すあたり、碌に訓練していないボンボン私兵と言われても仕方がない。


 相変わらず真正面にあるトラックばかりを撃って、下を見ない相手に「ここですよ」と言ってやりたくなる状況だ。


 地面に這いつくばるロイドは口角を吊り上げ、身を晒す私兵に向かってトリガーを引いた。


 ドン、ドン、と2発続けざまに撃たれたロイドの魔導弾は兵士の足首にヒット。


 足首に穴が開いた相手は悲鳴を上げて倒れる。後ろに控えて、今は姿の見えない私兵の仲間が撃たれた相手に声を掛けているのが聞こえた。


 ここがチャンス。今、相手はロイドに注意を向けていない。


 ロイドは体を起こすと玄関へ走った。相手と同じように壁の右側へ行って体を寄せ、そこから対角線上の私兵へ発砲。


「ぐあ!?」


 肩を撃ち抜かれ悲鳴を上げる私兵。対角線上――左側の壁裏にいた私兵はこれで最後。


 残りはロイドが体を寄せている壁の裏にいるであろう3人だけ。


 このまま中に突入するか否か。ロイドはドアの無くなった玄関を見て壁の厚さを観察する。


 壁はコンクリート製であるが中間に鉄板を挟んだタイプじゃなく1枚壁のようだ。


 ロイドは魔導拳銃の銃口を壁に向けた。銃口の高さは自分の肩と同じ位置だ。


 無言でトリガーを3回連続で引くと、発射された1発目と2発目の魔導弾はコンクリートを抉る。ピッタリ3発目で壁を貫通した。


「ぎゃあ!?」


 壁の反対側にいたであろう若い私兵の悲鳴が聞こえた。壁越しにヒットしたのは確実である。


「この、クソ!」


 部下を撃たれ激昂した中年私兵の叫び声が聞こえる。壁の反対側ではロイドと同じように銃を構えたか。


 否、外に飛び出して来た。


 飛び出すと同時に長銃を構える中年私兵。だが、ロイドの方が遥かに反応速度が速かった。


 銃口を向けられた瞬間、持っていた魔導拳銃で相手のバレルを下から叩き上げる。長銃の銃口が跳ねたと同時に発射された弾は斜め上に向かって飛び出した。


 長銃は一度撃ったあと、本体にあるレバーを引いて魔導弾の生成機構を冷却せねばならない。これが連射できない理由だ。


 ロイドは明確な隙を晒す相手の顔面に拳を叩き込む。


「ぐあッ!?」


 拳は中年私兵の鼻にクリーンヒット。鼻血を出しながら地面に倒れ、倒れた後はロイドにふとももを撃ち抜かれた。


 悲鳴を上げる中年兵士が落とした魔導長銃を蹴っ飛ばすと、ロイドは屋敷の中へと入り込んで壁の裏にいる最後の1人に向かって銃口を向けた。


「ひ、ひいい……」


 ドアの無くなった玄関の左右には撃たれた箇所を押さえながら苦痛に耐える4人の若い私兵が床に倒れていた。銃を向けて牽制するも、相手は体に穴が開いたせいか戦意喪失しているようだ。


 ちょっと怪我したくらいで戦意喪失とは、さすがのロイドも酷すぎて笑えない。彼等を従えていた中年私兵に同情してしまうくらいには。


 しかも、最後の1人は腰を抜かしたのか床の上で体を丸めて怯えている始末。


 ロイドは怯える若い男の襟首を掴んで無理矢理持ち上げると、頬に銃口を押し当てて問う。


「おい。オーソー侯爵はまだ屋敷の中にいるか? 正直に言えば撃たねえよ」


「い、いる! いる!!」


 恐怖でまともにロイドの顔を見れないのか、目を瞑ったまま首を縦にブンブンと振る若い私兵。


 どうやらオーソー侯爵は帝都を脱出しなかったらしい。


 この大きな屋敷を捨てるのが嫌だったのか、それとも捜査の手が届かないと思ったのか。はたまた、捜査の手が及んでもシラを切るつもりだったのか。


 どちらにせよ、屋敷にいてくれるならば好都合。


 ロイドは若い私兵のふとももに銃口を向け直してトリガーを引いた。


「あああああッ! 撃たないって! 言ったじゃないかあああ!!」


 痛みで悶絶する若い私兵はふとももを両手で押さえながら泣きじゃくる。


「悪い。クセで撃っちまった」


 言葉とは裏腹にロイドは口角を吊り上げながら鼻で笑った。


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