14 貨物駅にて
ロイドがビッグマンと共にいる頃、外周区北西にある貨物鉄道専用の駅にはアリッサと彼女率いる第一皇子の私兵団が貨物鉄道の発車を阻止していた。
私兵団の数は50名程度。兄である第一皇子に話を通して借りれたのはこの人数が限界だったが、大規模な戦闘にならなければ十分な数と言えよう。
まず彼女は積み込み作業を中止させ、荷物検査を実施した。
コンテナを1つ1つ開けて中身を改める。検査する側もされる側も面倒と感じるだろうが、中身が人となれば話は別だ。
オーソー侯爵が事件に絡んでいるとある程度の確信をもって挑んだ検査であったが……。
「第四皇女殿下。中身に異常はありませんでした」
現状、アリッサの状況はよろしくなかった。
自信たっぷりに私兵団を使って荷物検査を実施したものの、積まれていたコンテナと積み込み中だったコンテナの中身は地方へ送る金属類や地方へ送る生活用魔導具ばかり。
検査結果を報告しに戻って来たのは私兵団小隊長であったが、彼の口は「皇女殿下」と敬っているものの目線は鋭く険しい。
彼の表情は「この無能女が。時間を無駄に使わせやがって」とアリッサを批判しているようだった。
「これより前に発車した鉄道の本数は?」
ただ、アリッサとしては臆した態度は見せられない。それにこのまま退く気もなかった。
小隊長の表情を見て見ぬフリして貨物駅を管理する駅長へ問う。
「ええっと、合計で2本ですね。昨晩に1本。もう1本は本日の早朝に出発しています」
現在の時間は昼過ぎ。本日分で既に帝都を出た鉄道は夜と早朝に出発した2本。
「オーソー侯爵の手配した荷物は乗っていますか?」
「……ありますね。これです」
駅長が取り出したのは荷物の積載記録。そこにはオーソー侯爵名義で積み込まれたコンテナが3つ明記されており、早朝の便に積まれたようだ。
荷物検査を担当した駅員に話を聞きたいとアリッサは申し出たが、駅員は該当の魔導鉄道に乗って地方へ向かってしまっているとのこと。
恐らくは賄賂を受け取って検査をせず、同時に地方へ逃げたという事だろう。駅員が帝都に戻って来るかは怪しい。
他にも気になる点としては、昨晩に出発した夜の便には積載量に空きがあったものの、オーソー侯爵の名は記載されていなかった事だ。
「昨晩に乗せず、早朝の便に積み込み……。でも……。ん?」
アリッサが記録の2ページ目を見るとこちらにもオーソー侯爵名義の荷物が記載されていた。こちらは昼過ぎの便で送る予定のコンテナのようだ。
朝の便に全てのコンテナを積まなかったのは何か理由があるのかと駅長へ問うと、彼は書類を調べながら「別の貨物用魔導鉄道使用契約者とブッキングして積載数の調整を行った結果」と言った。
どうやら先に出発した便は他の運送業者の積み込み品もあって全てを載せる事は出来なかったようだ。
では、溢れたコンテナはいつ乗せる予定なのか。書類を見る限り、今検査している便である。
「この最後の1台はもう到着していますか?」
「いえ、まだ到着していないんじゃないですか? 受け取りのサインがありませんね」
駅長は書類にサインがされてない事を指摘した後に事務所の時計をチラリと見ながら言った。
彼の返答を聞くと、アリッサは勢いよく小隊長に振り向く。
「全員、隠れなさい! 作業員は積み込み作業しているフリを! この荷物を持ってくる者を捕まえます!」
彼女の指示を受けた小隊長と部下の軍人達は「また皇女殿下が何か言っているよ」と渋々従っている雰囲気が溢れ返っていた。
しかし、彼女の指示から10分後。貨物駅にコンテナを乗せたトラックが駅に到着する。
駅長にトラックの車体にペイントされたナンバーを調べさせると……。
「あれはシャターン伯爵が使用登録しているトラックですね」
駅長の言葉を聞き、アリッサは内心でガッツポーズをしただろう。
駅にあるコンテナの積み込み場でトラックが停止して、運転席にいた者が降りた瞬間――
「捕まえなさい!」
アリッサが大声で叫ぶと魔導長銃を構えながらトラックを取り囲む軍人達。渋々従ってはいるものの、精鋭らしく仕事はしっかりと行ってくれるから有難い。
両手を挙げた運転手が拘束されるのを横目にアリッサは荷台へ向かった。
トラックの荷台に乗っていたコンテナのロックを解除して中身を拝見。
「これは……」
先ほどまでアリッサを見下すような目で見ていた小隊長は驚きの表情を浮かべる。
なんせ、コンテナの中には30人以上の異種族が手足を拘束された状態で入れられていたのだから。
怯えた表情でアリッサと小隊長を見る異種族。彼等が人身売買の被害者であるのは一目瞭然だった。
「どうです?」
私の読みは当たっていたでしょう? とばかりに胸を張るアリッサ。
「…………」
どうせ第四皇女なんて、と思っていたであろう小隊長はアリッサのドヤ顔を見て顔を歪める。
彼は反論できない。なんたって確固たる証拠が目の前にあるのだから。
「彼等を保護しろ」
小隊長は部下に異種族を保護するよう指示を出すと、アリッサと共に運転手の元へ向かう。
「さて、こうして証拠が出てしまいましたが。何か反論はありますか? 全部正直に話せば死刑だけは免れるかもしれません」
ニコニコと笑うアリッサは運転手を見下ろしながら「死刑」という単語を強調して言った。
項垂れていた運転手はアリッサの言葉を聞くと、まるで救いの手を掴むように必死な表情を浮かべて口を開く。
「お、俺は指示されただけなんです! 全部、シャターン伯爵とオーソー侯爵が!」
よほど死刑にはなりたくないらしい。早速、シャターンとオーソー侯爵が繋がっている事を口にする運転手。
「これで被害者は全員ですか? それとも既に別の街へ?」
「早朝の便で……。あとは東の倉庫とオーソー侯爵の屋敷に何人か」
やはり前の便で何人か輸送されてしまったようだ。
「侯爵の屋敷にいるのは何名ですか? というか、なぜ屋敷に?」
続けて質問するアリッサ。2つ目の質問にも運転手は素直に答える。
「今まで屋敷に送ったのは全員で6人くらいです。昨晩は1人だけ。その、全員女で……」
「あー……」
男性貴族特有のアレか、と納得するアリッサ。
確かオーソー侯爵は妻だった女性と離縁したばかりだったはず。噂では酔っ払うと女癖が悪くなるらしい。
離縁の話も妻の金遣いが荒く、それをよく思わなかった侯爵が妻を追い出したとされているが、果たして真相はどうなのだろうか。
「まぁ、今はこれくらいで良いでしょう。関与しているのは十分に分かりました。ですよね?」
2度目のドヤ顔を小隊長に向けるアリッサ。
どうだ、参ったか。私は有能な皇女様だぞ、と言わんばかりに。
「……ええ。これからオーソー侯爵の屋敷に向かいま――」
小隊長がアリッサの指示を先読みして言いかけた瞬間、内周区にある軍の施設に設置された拡声器から「ウ"ーウ"ー」けたたましい警報音が聞こえてきた。
これは帝都内にいる軍関係者へ非常事態を知らせる手段であり、内周区で問題が起きた際に軍本部の者が行う最初のプロトコルであった。
「何事だ!?」
軍人達は一斉に気を引き締め、状況の把握をしようと動き出す。
「内周区、貴族用住居エリア方面です!」
警報音が鳴り終えた後、私兵団の一員は空を見た。空を飛んでいた飛行船が貴族用の住居エリア上空で、赤い大きな旗を機体側面に取り付けた状態で旋回を繰り返しているのが見える。
これは警報が鳴った際に飛行船が帝都上空を運航中の場合、上空から問題が発生した箇所を知らせなければならないという規則に則った行動だ。
軍の管理下にある飛行船内には緊急伝達用の魔導具が積まれているので、それを使って軍から指示を受ける。飛行船は該当箇所を旋回、同時に異常を知らせる赤い旗を取り付けるといった規則の1つである。
これら飛行船の行動から要約するに、貴族の屋敷がある場所で何らかの問題が起きたという事。
帝国の上位者である貴族の屋敷が襲われたとなれば大事件に相当する。貴族という身分が特別だと思っている帝国人上層部にしてみれば、大げさに警報を発する事を規則としているのも当然か。
何はともあれ、決められたプロセスによって帝都にいる軍人達が素早く状況を認識できたのは事実である。
「皇女殿下。状況が分かるまで待機を」
小隊長は状況を把握するまで危険なので動くな、とアリッサを制止する。
第一皇子を崇拝する私兵団だが、一応はアリッサの事も皇族の一員として扱ってくれるようだ。
「もしかして……また? まさかオーソーが黒幕じゃない……?」
ただ、アリッサは気が気じゃない。このタイミングで貴族の屋敷が並ぶ場所で問題が発生したのだ。
もしかして、またシャターンのように消されてしまったか?
もしかして、オーソー侯爵が黒幕だったという簡単な話では済まないのか? まだ背後に誰かが潜んでいるのか?
「もっと別の何かが……?」
ただの人身売買事件じゃないのか、と。
「隊長。西の監視塔から報告が来ました。オーソー侯爵の屋敷に運搬用のトラックが突っ込んで戦闘が発生したようです」
考え込むアリッサと状況報告を待つ小隊長に隊の軍人が何が起きたのかを告げに戻ってきた。
内容を聞いたアリッサは「やっぱり! 黒幕がオーソー侯爵を消しに来たか!」と言わんばかりに緊張した表情で背筋を伸ばす。
「トラックが? それで屋敷の状況はどうなっている?」
「未だ戦闘は継続中。監視塔からの情報によりますと、オーソー侯爵の私兵と戦闘しているのはトラックの運転手のようです。運転手の特徴は赤毛の髪、それと軍服を着た男とのことで――」
「お前かーいッ!!」
小隊長と部下のやり取りを聞いていたアリッサはつい叫んでしまったう。
2人がビックリして振り返る中、アリッサは頭を抱えて天を仰いだ。
赤毛に軍服の男。最近スカウトした男の特徴にピッタリ当てはまるじゃないか。
更なる黒幕が、なんて考えていたのが恥ずかしくなる。
「もう! 全く意味がわかりません!」
一体なんで彼がオーソー侯爵の屋敷に突っ込んだのか。理由は不明であるが、援護しなければならぬ状況なのは間違いない。
それに、この機に乗じて逃げられても面倒だ。
ぷりぷりと怒りながら小声で文句を言うアリッサは、貨物駅まで乗って来た魔導車に歩き出す。
「皇女殿下。どこへ?」
「オーソー侯爵の屋敷に向かいます! 侯爵を逮捕せねば事件は終わりませんからね!」
アリッサはローラに後部座席のドアを開けてもらいつつ、向かう先を言いながら小隊長へ振り返る。
「皆さんの半分は駅を確保! 同時にオーソー侯爵から賄賂を受け取っているかもしれない人を捜査して下さい! 残りは私と共に屋敷へ行きましょう!」
魔導車に乗り込んだアリッサは私兵団の半数と共にオーソー家へと向かうのであった。




