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11 捜査続行


 シャターンが逮捕された翌日の朝、城の地下牢で起きた事は騒ぎとなって、アリッサの耳にもすぐに届けられる事となった。


 報告をメイドのローラから寝起き一発目の話題として聞かされた彼女としては、眠気など一瞬で吹き飛んだに違いない。


 その証拠にアリッサはドレスに着替えて身支度を終えると早足で城へと向かった。


「心臓をナイフで一突き……? 見張りは?」


「勿論、ドアの外に一晩中いました。重要参考人でしたので交替しながら万全の体制で。2時間置きに中も確認しております」


 牢屋のある部屋に繋がるのは交替しながらもずっと立って警備していた軍人達が守るドア1枚のみ。


 最初の交替時、中を覗いた軍人の証言によるとシャターンはまだ生きていたそうだ。ブツブツと何かを言いながら牢の中でウロウロしていた様子を目撃している。


 交替が行われる間に見張り番だった軍人はずっとドアの前に陣取っていたし、見張りをしていた軍人はドアの向こう側から不審な音――殺害される音やシャターンが暴れるような音すらも聞いていない。


 途中から声は聞こえなくなり、眠ったのかと軍人達は思ったようだ。


 事実、深夜を回ってから数時間置きに中を覗き込んだが、シャターンは床に横たわってはおらず壁に背を預けながら寝ていたという。


 その後、夜から朝に変わる時間――大体4時頃だろうか。その際に行われた交替の時に、交代要員が中を覗くとシャターンは床に横たわって死んでいた。


 そこからは大騒ぎである。私兵団が現場を確保して何故死亡したかなどの分析が行われ始める。


 2時間程度経ってから逮捕に関係しているアリッサの屋敷へ報告がなされた、といった流れのようだ。


「侵入者はいなかったのに殺された……と?」


「はい。そうとしか言いようがありません」


 勿論、遺体発見後に牢屋内を調べても誰かが入った形跡は皆無。


 例えば帝国に残された秘密の古い通路が牢屋に繋がっていて……なんて事はない。この牢屋部分は老朽化を懸念されて、最近改装されたばかりだからだ。


 その際に旧時代の秘密通路が発見されたなんて報告も無かった。


 かといって、牢屋の壁を爆破、もしくは外部から繋げられた痕跡も無く。


「まるで壁を抜けて中に入られたかのように……」


 まるで幽霊が彼を殺した、と。アイザックの私兵団に所属する屈強な男達もそう言わざるを得ない。


 侵入した痕跡も無ければ自分達の仲間が居眠りをして隙を見せたわけでもない。飲み物や食べ物に薬を盛られて見張り役が眠らされたなんて事もない。


 シャターンもそうだ。毒殺されたわけじゃない。


 ただ、一突き。ナイフで心臓を破壊されて死んだ。


 牢屋の内外に細工された痕跡は見られず、あくまでも直接的な死因はナイフによる殺害。説明のしようがない密室殺人が『幽霊』『売られて死んだ被害者の怨霊』などとオカルトチックな発想を連想させる。


 鋭い眼差しでシャターンの死体を見下ろすアリッサに別の軍人が近づいて来た。


「第四皇女殿下。こちらは先日保護した被害者の調書です。読んで頂ければわかりますが、まだ終わっていないようで」


 軍人は人身売買会場で保護された被害者から事情聴取を行い、その調書をまとめたファイルを手渡す。


 中にあった調書の枚数は10枚。これから更に追加されるだろうが、10人には共通する申し出があったようだ。


 この軍人は言った。まだ終わっていない、と。 


()()は早急に調査せよ、と申しておりました」


 軍人の言う陛下とは、父と兄のどちらを指すのだろうか。アイザックの私兵団に所属している事から後者であろうという事は簡単に推測できたが。


「そうですか。ありがとうございます」


 アリッサは追求しない。素直にファイルを受け取って屋敷へ戻って行った。



-----



「んで? 呼び出された……いや、強制連行された理由は?」


 その日の昼前、アリッサの屋敷に強制連行されたロイドはソファーに座りながら不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「強制連行とは失礼ですね。ちゃんと迎えに行かせたじゃないですか」


「お前、起こされたと思ったら無表情のメイドが立っていた時の気持ちわかる?」


 ロイドの家の鍵を無断かつ意味不明な方法(恐らくはピッキング)で開け、酒を飲んで寝落ちしていたロイドを起こしたのはメイドのローラだった。


 起こされて驚くロイドに「お嬢様がお呼びです」と一言言って、無表情のまま支度が済むのを待つ。


 ロイドが着替えの際にパンイチになろうが無表情。歯を磨く時も無表情。


 出発前にタバコを一服しても無表情……だったが、タバコに火を点けた際は無言で灰皿を差し出してきた。早く消せ、と無言の圧を受けたのですぐに消したが。


 家に女性が来たものの、これほどドキドキしないイベントはあるだろうか。いや、ある意味でロイドはドキドキしていたようだが。


「まぁそれは置いておきまして。先日逮捕したシャターンですが、城の牢屋で何者かに殺害されました」


「ハァ!?」


 ロイドにとって逮捕した者が死亡したと聞くのはこれで2度目。1度目は証人となるはずだった売人、2度目はまさかのシャターンが死亡するとは。


 一体どうなってやがる、とロイドの表情も険しくなる。


「何者かが牢屋に侵入したんです。ナイフと思われる凶器で心臓を一突きです」


 アリッサは現場で軍人が撮影した白黒写真をロイドに見せる。横たわったシャターンの死体を引きで撮影したものと、刺された心臓部分をアップで撮影された白黒写真2枚をテーブルに置いた。


「城の牢屋は警備を置いていないのか?」


「まさか。交替でドアを警備していました。警備している者が寝落ちして、なんてお粗末な結果でもないですよ?」


 そう言いながらアリッサはため息を零すと、執務机に戻って何本目かのタバコに火を点けた。


 執務机の上にある灰皿には吸い殻が山盛りだ。屋敷に戻って来てからずっと吸っているのだろう。


 煙を吐き出したアリッサは、牢屋の構造、シャターンに辿り着くには警備員が守るドアを通らねばならぬ事、交替する時間などロイドに詳細を聞かせた。


「本当に刺殺ですよ。とてもシンプルで確実な方法ですよね」


 殺し方はシンプルで誰でもできる方法だ。


 ただ、侵入方法が全くの不明。犯人がどうやって侵入したのかがまるで分からない。


「相手は幽霊……なんてオカルトめいたモノを私は信じてませんが、別の存在となると魔法使いですかね?」


 アリッサがそう言いたくなる気持ちも分かるが、それはあり得ない。 


「御伽噺に出てくるような? 馬鹿言うな」


 この時代に生きる人間――ヒューマンだろうがエルフだろうがドワーフだろうが獣人だろうが、今この世に生きている全ての人間は魔法を使えない。


 ただ、過去に魔法を使える人間が存在していたという歴史的な証明はされていて『魔法』というものが空想の存在というわけじゃない。


 過去の魔法使いを題材にした御伽噺や英雄譚は未だ各国の書店で人気商品となっているし、他国では魔法使いの系譜が王となっている国もあるくらいだ。


 しかし、今現在は誰一人として魔法は使えないし、どこかの街で魔法使いが誕生したなんて噂も数百年間1つもない。


 所謂、絶滅。魔法を使える人種は絶滅し、今現在では魔法を使える者はこの世にいないとされている。そう言われ続け、世界では1000年の時が経った。


 ともなれば、この時代に生きる者達にとって魔法使いとは物語の中に登場する過去の偉人か歴史上の人物……といったポジションだろうか。


 現実的な者ならば魔法を使って壁をすり抜けたなんて子供が考えるような発想、と鼻で笑うだろう。それくらい魔法使いという者は遠い過去の存在だ。幽霊と同列になってもおかしくないくらい。


 ロイドが馬鹿を言うなというのも当然だった。


 誰にも気付かれず牢のある部屋へ入るにも何等かのトリックがあるはずだとロイドは考えているようだが、現状を考えれば別の考えに行き着く。


「だが、裏を返せば……」


「ええ。シャターンを殺したのは口封じでしょう」


 この『魔法使い』が牢屋の中にどうやって侵入したのかは今考えても仕方がない。


 今考えるべき事は彼が何を知っていたのか。誰と通じていたのかである。


「こちらもどうぞ」


 タバコを吸うアリッサは執務机の上からファイル取ってロイドの前に置いた。ロイドが手に取って中を読むと人身売買で売られそうになっていた者達の証言が纏められていた。


「私の家族はまだ別の場所で捕まっている。俺の弟が――と。なるほどね」


 ロイドとアリッサがシャターン逮捕時に抑えた会場が全てではなかったようだ。


 まだこの帝都には人身売買の商品として捕まっている異種族がいる。調書によれば50名程度の人数が別の場所に監禁されているそうだ。


「まさかシャターンが殺されるとは思わなかったので……。正直、1歩2歩どころか5歩は遅れているでしょうね」


 こうなると誰が予想できただろうか。シャターンを逮捕した事で事件の全貌が見え、残りの被害者も無事に確保……となるはずだったが。


「急いだ方が良さそうだな」


「ええ。シャターンを逮捕してから1日経ちました。相手は商品を移動させるか、最悪……」


 処分して証拠隠滅を図るはずだ。


 監禁されている異種族が消えれば解決への糸口も証拠も失われてしまう。全ては闇の中へ葬られ、帝都で犯罪行為を行う者は野放しとなるだろう。


「何かヒントは?」


「4枚目の14行目」


 ロイドの問いにアリッサはタバコを咥えて火を点けながら言った。


 彼女の言った4枚目の調書はエルフの女性が応じた事情聴取においての発言を記録したもの。


荷物運搬用魔導車(トラック)の荷台から降りると大きな時計塔が見えた。そこから私達は2つのグループに分けられ、私達以外は近くの倉庫に入れられていた』


 エルフ女性が発した言葉はそう書かれている。


 彼女の発言曰く、時計塔が見えた。これは外周区の中央エリアにある広場に作られた巨大な時計塔だろう。


 次に残りの被害者は倉庫へ連れて行かれたという。   


「物流用の倉庫か? だが、商会が使う倉庫は西東南の3方向にあるぞ。しかも数が多い」


 西エリアにある商会用に建設された倉庫だけでも大小合わせて20以上ある。3方向全てを合わせれば70以上はあるだろう。


 1つ1つを確認している時間は残されていない。


「シャターンの商会が使っていた倉庫は?」


「待って下さい」


 そう言われる事を想定していたのか、アリッサは執務机の引き出しから別のファイルを取り出した。


 どうやらシャターンに関する記録のようだ。こういった個人情報を簡単に入手できるのは皇族の強みだろう。


「東エリアに2つ。南に1つです。内、南は食糧用のようですね。東エリアは……魔導技術学会に販売する金属類の保管と地方へ売る魔導具の在庫保管庫となっています」


 魔導技術学会とは魔導技術に関する知識を教える学び舎や人材育成用の訓練工場を持っている国営組織である。


 魔導技術学会は生徒に金属加工を教えるべく一度に大量の金属を購入する。


 そのため、大量の金属を卸す商会が帝都の大きな倉庫を契約していても不審には思われない。中で人を保管するにも十分な広さだろう。


「もう帝都内にいないかもしれませんよ?」


「だからといって、捜査しないわけにもいかないだろう?」


 既に事が終わっていて、捜査しても無駄足を踏むだけかもしれない。


 それでも何か掴めれば先に進める、とロイドは捜査を行う意思を見せた。


「最悪、関係者が分かれば良い。シャターンの商会が契約していた倉庫の持ち主は?」


 シャターンと共に人身売買を行っていたのは誰だったか。彼を口封じしたのは誰だったか、が分かれば捜査のきっかけにはなるだろう。


「……あとはシャターンの商会と取引をしていた、魔導鉄道を使用できる運送商会だ」


 最初の質問を投げかけたロイドは何かを思いついたのか、追加で検索事項を付け加えた。


 ロイドの推測を元にアリッサはマッチングする人物を別のファイルから探し始める。


 探し始めて数分後……。


「凄い冴えていますね。シャターン商会が使用していた倉庫の持ち主はオーソー侯爵家です。しかも、運送商会を経営していて貨物用魔導鉄道使用権を持っています」


 ロイドの読みに当てはまる家が見つかった事でアリッサはファイルを見ながら驚きの表情を浮かべる。


 シャターンが契約している東エリアの倉庫、その倉庫が建っている土地の持ち主はオーソー侯爵。


 さらにはオーソー侯爵が経営する商会は物流を専門とする運送商会。


 帝都の物流に対して運送権利を持っていて、国営である魔導鉄道運営の物流・貨物部門と自由使用契約を交わしている。


 つまり、オーソー侯爵は地方と帝都間を結ぶ鉄道網、自由に貨物用の魔導鉄道を使用できるのだ。


 更に、貨物用の魔導鉄道が発着するのは外周区。


 これは荷下ろし等の作業が内周区で行われて騒音騒ぎを起こさない為、あとは下賤で汚らしい雑用人員が内周区をうろついて景観を損なわないように。


 倉庫も同様の考えがあって、外周区に建設されている。


 貴族達が考えた『内周区を天国のような場所に。選ばれし者だけが住める特別な場所』といった自己中心的な取り決めの結果であるが、シャターンやオーソーのような輩からすれば好都合だっただろう。


「このエルフ女性は荷台から降ろされた、と言った。帝都に運び込んだ手段は貨物用の魔導鉄道と商会が使うトラックだ」


 南部で人を捕まえたら荷物運搬用の魔導車――直近の戦争である南部戦争の初期に開発されたトラック型の魔導車に積み込み、貨物用の駅がある街まで移動。そこから物流コンテナを運ぶ貨物用魔導鉄道で一気に帝都へ。


 帝都内でコンテナに入った『荷物』を降ろし、トラックに積み込んで倉庫へ向かう。


 物流商会が使うトラックならば帝都内を走っていても不審には思われまい。しかも、そこが外周区となれば猶更だ。


 更に、このルートを使う最大のメリットは元外国領土と帝国領土、帝都近郊に敷かれた国境警備隊による検問を通過しない事である。


 貨物用魔導鉄道に積まれる荷物は出発前に検査されるだけ。そこで貴族お得意の賄賂を使えば完璧に運び込めるだろう。


 奴等からしてみれば魔導車で移動させるよりも早くて安全。


 しかも賄賂を渡すのは担当する駅員だけ。陸路を封鎖する複数の検問所にいる軍人達に賄賂を渡さなくても良いリーズナブルさ。


 以前、シャターンを逮捕するべく追った下水道。そこが搬入に使われているのかとロイドは推測していたが不正解。


 それよりも便利な搬入経路を使える大物がバックについていた、という事だ。


「俺の考えとしては……。もしも、シャターンと手を組んでいたのがオーソーだったとしたら。ここまでやって用意した商品を処分するとは思えない。貴族は金にがめついからな。地方へ移動させて、そこで捌くだろう」


 何たって貨物用の魔導鉄道が使えるのだから。


 わざわざ手間暇かけて用意した商品を帝都で処分するよりも、帝都に運び込んだ時と同じ手段で外に出せば良い。


 死体処理をする手間も掛からず、金も得られる。


 帝都の買い手は離れるかもしれないが、今後は地方にいる貴族を相手に商売すればいい。むしろ、そっちの方が売り手は安全で好都合だろう。


「しかも、シャターンが死んだことで利益は独占。これだから貴族はおっかねえ」


 ロイドは肩を竦めて金の亡者となっている帝国貴族を鼻で笑った。


 手を組んでいたのがオーソー侯爵だとしたら、自分の地位を守る為にヘマしたシャターンを消そうとするのも納得できる。ロイドが言った通り、利益の独占も。


 そう考えるとシャターン殺し、商品の搬入方法も含めてオーソー侯爵が最有力候補となるのも頷ける。


 倉庫を使っている者が死んだとしても、倉庫の持ち主であればマスターキーを持っているはず。


 中にある商品を移動させる事も容易に行えるはずだ。


「……その線が濃厚に思えてきました。どうしますか?」


 ロイドの推測に頷くアリッサ。


「もう昼の12時だ。荷物を載せた貨物鉄道が出発してしまった可能性もあるが……。あんたは鉄道を押さえてくれ」


 国営鉄道の出発を阻止するとなるとロイド1人では無理だ。第一皇子の私兵団を呼んで応援を頼む場合もロイドが相手では指示を聞いてくれまい。


 そう考えると皇族であるアリッサが適任だろう。


「ロイドさんは?」


「倉庫へ向かう。まだ人が残されている可能性もあるしな。救出するかどうかは状況次第。運び出しの準備中だったら見送って後をつける。駅で合流だな」


 ロイドは立ち上がると腰に差していた魔導拳銃を抜いてカートリッジが新品かどうかを確かめる。


「推測が外れていた場合は?」


「まぁ、臨機応変にってやつだ」


 この世界、この時代、個人同士で遠距離通信を行う手段は手紙くらいしかない。


 軍であれば連絡用の魔導具を持っているが、まだ個人用の連絡手段に用いられる魔導具は民間販売されていなかった。


 皇女であるアリッサでさえ連絡用の魔導具は入手できない。それほど情報のやり取りという手段が国と軍によって制限されている時代である。 


 突発で何か事を成す場合、個人の裁量に任せるしかないのが現状だ。 


「……仕方ないですね。分かりました」


 アリッサはロイドと行動したかったのだろうか。


 ふぅ、とため息を吐きながら自分を納得させるように頷く。


「気を付けて。くれぐれも死なないように」


 振り向きもせず手を振るロイド。


 アリッサは退室していく彼の背中を見送った。


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