10 それぞれの
外に出たロイドの目に映ったのはシャターンの犯行に加担していた憲兵隊員が軍人達によって連行されていく姿だった。
どうやら加担していた憲兵隊員はロイドが排除した者達の他にもいたようだ。他にも銃弾を受けて負傷している軍人や憲兵隊員が担架で運ばれていく。
負傷している軍人はアリッサが呼んだ援軍の一員のようだが、会場から逃げようとした者達と戦闘になったのだろうか。
憲兵隊員を連行している軍人達の詳しい所属は不明であるが、黒い軍服を着た者が同じ格好をした者達を魔導車に押し込む姿はなかなか見物だ。
一部の憲兵隊員が捕まり、司令官が死亡した事で憲兵隊が浄化されるかは分からない。
ただ、もうロイドには関係無い話だろう。当の本人も他人事のような表情で連行されていく憲兵隊員を見送った。
複数の魔導車が停車している脇をすり抜け、ロイドは帰路に着く。
ロイドの家は外周区の北東エリア、ここから反対側にある中間層が住まうエリアである。徒歩で中央エリアを突っ切りながら、途中にある酒場で酒を買って家を目指す。
北東エリアの奥にある、中間層の住宅地の中では少々治安の悪いエリア。裏路地ではチンピラ共がたむろしていたり、影に隠れながら娼婦を抱く者がいるような場所だ。
時より銃声すらも聞こえるが、スーツ姿のロイドに喧嘩を売ろうとする馬鹿はいない。
いや、今日はと言うべきか。たまに酔っ払いが銃を見せつけてくる事もあるが、どうなるかはお察しの通りである。
そんな賑やかな道を歩きつつ、ようやく家に到着した。このエリアに独身用として乱立された木造1階建ての小さな家が彼の城だ。
鍵を開けて中に入ると、帝都に住み始めてから3年は経つというのに家の中には最低限の家具しか置かれていない。
テーブルと椅子、1人用のベッド。ベッドの隣にある小さなサイドテーブルとカートリッジ交換式の照明。たったこれだけ。
あとは読みかけの週刊誌や本、帝都新聞などが置かれているくらいか。
いつでも移動できるように物は最小限に。最悪、置いていける物ばかりといった具合に。
最前線でそう習ったからか、未だにその習慣が染み付いているようだ。
ドアを開けたロイドは玄関横にある魔導機と呼ばれる小型の装置に備わったレバーを降ろす。プシュッと白い煙が一瞬だけ排出され、装置内のギアボックスが可動し始めた。
カタカタカタ、と音を立て始めると同時に天井にあった照明が光を灯す。
テーブルに鍵を放り投げ、買ったばかりの酒瓶を置く。ネクタイを解いて床に投げ捨てると酒瓶の蓋を開けた。
「ふぅ……」
酒瓶を呷ったロイドは椅子に座ると、テーブルの上に両足を乗せてリラックスムードに。
また瓶を呷って酒を飲みながら彼は服の内ポケットに手を入れた。
最悪、全て捨て置いて行っても良い。そう考えている彼にとって唯一例外なのはいつも持ち歩いている白黒写真だった。
白黒写真に写るのは軍服と金属製のヘルメットを被って銃を持つ10人の男達。
写真にはロイドの姿もあって、横にいる男と肩を組んでいた。
「チッ。関わらねえと思っていたのに結局関わっちまった。きっとお前の仕業だろう? お前は俺に色々と押し付けすぎだ」
ここ数日の出来事を思い出しながら、ロイドは写真の中で自分と肩を組む相棒の顔を見て小さく呟いた。
あの地獄のような日々の中にあった仲間との日常。どこを見ても死体が転がっているような場所で、冗談を交わしながら笑い合った楽しい時間がひどく懐かしい。
この写真に写る者の中で今も生きているはロイドを含めてごく僅かだ。
「しかし、あの女。何を考えているんだ?」
一体自分を雇った意図は何なのか。何を最終目標として帝都の闇を暴こうとしているのか。
常にニコニコと作ったような笑みを浮かべるアリッサの本心が見えない。
「まだ……様子見だな」
だが、近いうちに確かめねばなるまい。その機会が訪れるまでは様子を見るに限る。
ロイドは相棒だった男の顔に再び視線を落とし、彼は小さくため息を吐いた。
地獄のような戦場で起きた人生最悪の日。目を閉じれば鮮明にその時を思い出す。
いや、ロイドの記憶に焼き付いて忘れられないと言うべきか。
内ポケットからソフトケースパッケージのタバコとオイルライターを取り出す。
くしゃくしゃになったパッケージからヨレヨレの紙タバコを取り出して火を点けると、再び目を瞑りながら肺に煙を入れて吐き出した。
『ロ、ロイド……。君は生きて――』
目を瞑って、少しでも当時の出来事を想うと……。
口から血の塊を吐き出しながら最後の言葉を口にする相棒の姿。
ロイドにとって最悪の瞬間がフラッシュバックする。
「……クソッタレが」
ロイドはフラッシュバックした光景を振り払うように酒瓶を呷った。一気に酒を飲んで空いた瓶をテーブルに放り投げる。
そうして、また新しい酒瓶を開けた。
このまま酒を馬鹿みたいに飲み続けて、闇の中へ落ちる事くらいしか逃れる術はない。
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一方、第四皇女であるアリッサはドレス姿に着替えて帝城へと赴いていた。
向かう先は皇帝の執務室。病気で寝たきりになっている皇帝に代わり、今は次期皇帝とされる第一皇子が使っている場所である。
皇帝が使う部屋――執務室、玉座に加えて衣食住を行う場所。その全てが城の最上階に存在する。
初代皇帝曰く、最も偉い者は高い位置にいなければならないという考え方のようで。
目的地である執務室は最上階の最奥に存在しているのだが……。
「まったく、面倒な場所にありますね」
尋ねる者にとっては面倒極まりない。
5階まである城の階段をひたすら登らねばならぬし、登った後も馬鹿みたいに長い廊下を進まなきゃならない。
加えて、城のルールとして正装が義務付けられる。
アリッサが自分の屋敷に戻って女性の正装とされるドレス姿に着替えたのもこれが理由だった。
面倒な場所、面倒な仕来り、面倒な身分。
そして、最悪な事に最も面倒な人物の姿が廊下の先にあった。
多くの軍人に護衛されるよう囲まれながらドレス姿の女性がやって来る。アリッサはその場で足を止めると廊下の端に寄って道を譲って頭を下げた。
「まぁ。貴方は。元気かしら?」
道を譲ったアリッサの横で足を止めたのは第一皇子を産んだ女性。現皇帝の正妻である第一王妃であった。
長く伸びた金髪をそのままに、指や手首には宝石付きの指輪やブレスレットを装着して。
今年で40になる彼女は年相応の皺を帝都産の高級化粧品で隠し、スタイルも昔のままを維持し続ける。王妃としての努力は怠っていないのが十分に窺える。
熟した女性ならではの色気を帝城内にいる男達に振り撒きながらも、王妃たる威厳を常に発している――ビッチだ。アリッサからすれば。
「はい。ミリア様」
ただ、当然ながら西部流の表現はおくびにも出さない。
アリッサは少しでも彼女と目を合わせなくても良いように、頭を下げたまま返答した。
「どこへ向かうのかしら?」
しつこいな、と思っているのか頭を下げているアリッサの眉間に一瞬だけ皺が寄った。
「兄上の元へ。仕事の報告に参りました」
すぐに笑顔を作って顔を上げると用件を素直に告げた。
「そう。もうすぐ夕食の時間です。あの子の手を煩わせて無駄な時間を取らせないように」
「はい。心得ております」
アリッサの返答を信じたのか、第一王妃であるミリアは「ごきげんよう」と言って去って行く。
だが、彼女が去り際に見せた表情は『下品で薄汚れた犬』を見るようなものだった。
「……本当に面倒」
ミリアの背中を見送って、廊下から見えなくなってからアリッサは小さく呟く。
これだから来たくなかった。そう言わんばかりに心の底から嫌悪するような表情を浮かべる。
再び廊下を進むアリッサの目に皇帝執務室を守る2人の軍人が映った。
すると、彼女はゆっくり歩きながら頬を触って揉み解す。先ほどまでの固い表情が消え、彼女の顔に再び笑顔が戻った。
その笑顔を維持したまま、扉の前へ向かって軍人へ要件を告げる。
「ご苦労様です。兄上へご報告に参りました」
「ハ。どうぞ」
扉を開けられ、中へ通される。だが、部屋の中には更にもう一枚の扉。
加えて、扉の脇には皇帝を補佐する補佐官が2人。補佐官用の机に書類を山積みさせた2人がアリッサの入室に気付く。
だが、会釈しただけで立とうともしない。仮にも皇族の一員に対して、と思うが次期皇帝と常に距離が近い者からすれば正しい反応だった。
特に気にする様子もないアリッサは奥に続くドアをノックして名を告げる。すると、中から「入れ」と短い男の声が聞こえた。
ドアを開け、アリッサはようやく兄――次期皇帝となる男、アイザック・ローベルグと相対する。
「何の用だ」
綺麗な金髪と切れ長の目。他者を見下すような表情。自分とは違い、病気で寝たきりになっている皇帝から濃く受け継いだ容姿。
皇族派の貴族からは若い頃の皇帝とソックリだ、と言われる者。
「例の件です。一部情報を得られたのでご報告に参りました」
兄妹へ向ける視線とは思えぬほどの冷たい視線を受けながら、アリッサは綺麗なお辞儀をして用件を告げた。
頭を上げた後、手に持っていた手帳を兄の執務机に置く。彼女が置いた手帳、それはシャターンが持っていた賄賂リストだった。
「シャターンから賄賂を受け取っていた者が書かれています」
兄は無言で手帳を手に取って中を見始めた。パラパラとページをめくる度に元々険しかった表情が更に険しくなっていく。
小さな声で「こいつまでもが……」と兄が漏らしたのをアリッサは聞き逃さなかった。
当然だ。中には皇族派の貴族とされる者の名があるのだから。
「納得して頂けましたか? 私には別の使い道があると」
アリッサの言葉を聞き、第一皇子は手帳を読むのを止めて彼女の顔へと視線を向ける。
「良いだろう。貴様の結婚は延期にしよう。特務隊の設立も正式に認める」
「ありがとうございます」
お辞儀するアリッサ。兄が見ていないのを良い事に、彼女の顔には自然な笑みが浮かぶ。
といっても、2秒程度で表情を正して顔を上げた。
「国の為に、これからも励ませて頂きます」
兄から特務隊設立を認める『本物』の書類を受け取ると、いつもの笑顔を浮かべて愛想を振りまいた。
「ああ。下がれ」
兄は相変わらず見下すような表情でそう言って、アリッサの退室を促す。
アリッサにとっては好都合。約束も果たされたので、もうこの場にいる必要性は皆無だった。
だが、ふと部屋の隅に目がいく。小さなテーブルの上には「愛する我が子へ」とメッセージが添えられたワイン瓶。
第一王妃であるミリアがアリッサと会うまでいたのはこの部屋のようだ。
フ、と小さく笑みを零したアリッサは皇帝執務室を退室し、城の階段を下って中庭へ向かう。
中庭の入り口で待っていたのはメイドのローラだった。
「終わったわ。無事にね」
「左様でございますか」
いつも通り淡々と返事を返すローラの横を通ったアリッサは中庭を通って自分の屋敷へと向かう。
自分のテリトリーである屋敷の中に入ると、彼女の漏らす独り言の数は更に加速する。
「どこぞの豚と政略結婚させられるのは阻止できたけど、これからが肝心だわ」
兄の立場を固める為に上位貴族と皇族を結びつける為の道具になる事は避けられた。
先ほどの廊下で出会った第一王妃ミリアが見せた表情、執務室にいた補佐官達がアリッサへ雑な態度を見せたように、皇帝となる第一皇子以外の子は全て帝国繁栄の為の『道具』としか見られていない。
……ミリアだけは側室の子であるアリッサへ道具としての感情の他に別の感情を秘めていそうだが。
とにかく、彼女は道具として終わる人生を避けたかったようだ。
皇族派の有力貴族へ贈られる貢物になる事を回避すべく一連の行動をしてみせた。
自分が有能である証明をして、兄への忠誠心も演じて。
つい先ほどまで保留状態だった特務隊も正式に結成された。
だが、彼女自身が言うようにこれからが肝心である。
常に有能であると、貴族への贈り物として終わらせるのは惜しいと思わせなければ。
兄の立場を盤石にするために帝国の癌を滅している、と証明しなければならない。
「ちょっとでもあのマザコンを喜ばせていると思われるのが癪だわ」
しかし、1つでも間違いを起こせば側室の子であるアリッサの人生など一瞬で握り潰されてしまうのが現状だ。
媚び諂ってでも時間稼ぎをして、こちらも手を整えなければ。
アリッサは自室に到着すると両手を広げる。ローラが近づくとアリッサの着ていたドレスの留め具を外していき、ドレスが床に敷かれた絨毯に落ちた。
「お召し物は如何致しますか?」
ローラの問いに頭の中に作った予定リストを思い浮かべる。
シャターンの尋問は明日。他にも人身売買で捕まっていた者達からの調書が届くのも明日だ。今日はもう外に出る予定は無い。
「もう出かけないから楽なものを」
ローラの問いにアリッサが答えると、用意されたのはバスローブのような簡単な服だった。
袖を通して前にある紐を結ぶだけ。確かに楽だ。
現在の帝国貴族が持つ考えからは、屋敷に引き籠る状態だったとしてもあり得ない服装であるが。
脱いだドレスを持って退室していくローラを見送ると、アリッサは自室にある机に近寄った。
机の引き出しを開けて一枚の白黒写真を取り出す。
白黒写真に写るのは軍服と金属製のヘルメットを被って銃を持つ10人の男達。
「私は絶対にやり遂げてみせる。そうでしょ、兄さん」
帝国の道具になんてならない。いつかきっと、こんなクソッタレな国なんて――
白黒写真に写る肩を組んだ2人組を見て、決意を口にした。




