1 南部戦争
帝国歴 796年
ローベルグ帝国南部 帝国陸軍第一軍 簡易駐屯地
ローベルグ帝国が南にある国へ侵略を開始してから2年。
早期決着を望んでいた帝国の目論見は外れ、戦争は泥沼の状況であった。
原因は敵国の反抗が想定していた以上に激しかったというのもあるが、前線に投入された軍人達を最も苦しめたのは南部特有の気候と大地だ。
空から降り注ぐ肌が焼けるような日差しと、日差しを反射する灼熱の荒野。しかもこれが年中続く。
侵略戦争に従軍する帝国軍人達にとっては地獄のような戦場であった。
そんな状態の軍人達に戦争特有の緊張感と死への恐怖が更に圧し掛かる。
すり減っていく精神に加えて、暑さで体力的にも削られていくという二重苦は多くの離脱者や死傷者を出した。
主戦場となった南の王国領土の後方には、前線を支える帝国陸軍第一軍の簡易駐屯地が設立されており、夕方になって別部隊と戦線維持任務を交替するべく撤退してきた1万人以上の軍人達でごった返す。
加えて駐屯地を守る任務に就いている軍人が1000名ほど。
駐屯地内には前線で戦っていた者達が眠る為のテントや食事場が設営されており、撤退してきた軍人達は防衛任務に就いている軍人達に仕事を任せて食事を済ませると就寝の準備に入る。
陽が沈み、夜になっても蒸し暑さはあまり変わらない。
先ほど語った通り、南部の気候は帝国人にとって地獄のようなものである。
前線で激闘を繰り広げた軍人達にとって快眠できる環境とは言い難い。寝苦しい毎日であるが、少しでも寝て体力を回復させねば生き残れないと無理矢理眠りにつく日々である。
帝国陸軍第一軍105小隊に割り当てられたテント内では各々用意した水枕等を用いて、簡易ベッドの上で軍人達が寝息を立てる。
ただ、テントの中ではまだ寝ていない者が2人いた。
「ロイド、起きてるかい?」
「ああ」
昼間の激闘で疲れているはずなのに、寝付けなかった2人の男は寝ている仲間を起こさぬよう小声で話し始める。
「もうすぐ終わるね」
この地獄のような日々もあと少し。
次の攻撃目標である王都を陥とせば終わりだ。ようやく砂と血に塗れた地獄を抜けられる。
綺麗な金の髪をした男性は隣に寝ている相棒へと顔を向けるとニコリと笑う。
「僕はまだ諦めてはいないよ。どうにか他に手が無いか考えているんだ」
2人が出会った頃から彼はそう言い続け、足掻き続けてきた。
「そうかい」
口癖になった彼の言葉に対し、ロイドは雑に返す。
それでも笑顔を止めない彼は続けて言葉を口にした。
「ロイド、君は戦争が終わったらどうするんだ?」
こんな地獄の中で相手の命を奪う行為をしていても、彼の笑顔は初めて出会った時と変わらない。
「わからん。お前は?」
金髪の男性が口にした問いに対し、ロイドと呼ばれた赤髪の男性は仰向けで目を瞑ったまま答えた。
「城に戻っても厄介者扱いされるだけさ。だから、戻る前にどうにかしたいね」
「……クソッタレな人生だ。同情するぜ」
笑顔から表情を変え、苦笑いを浮かべながら答えた金髪の男性。
彼に対して相変わらず目を瞑ったまま、ため息を零しながらロイドはいつもの調子で返した。
「本当だね。自分でもそう思う。だけど、僕は……。やると決めてここへ来たんだ。このザマだけどね」
少しでも良い方向に持っていけたら。彼は小さな声で零した。
「…………」
金髪の男性は真顔に戻ると、顔をテントの天井へ向け直して呟く。
彼の事情を深く知るが故に、ロイドは何も言う事は無かった。
「そうだ。帝都に戻ったら僕の――」
金髪の男性が再びロイドへ顔を向け、言葉を口にした時。外から何かが爆発するような音が響いた。
『敵襲ー! 敵の攻撃だァァッ!』
爆発音の後、テントの外からは男の叫び声が聞こえた。同時にカンカンカンと金属を叩く音も。
どうやら敵軍は夜の闇に紛れ、帝国軍へと攻撃を仕掛けてきたようだ。
前線を抜けたのは敵の少数部隊か。それとも前線維持に投入された帝国軍がトチったか。
何にせよ、このまま寝ているわけにもいかない。
先ほどまで話し合っていた金髪の男性とロイドがベッドから勢いよく飛び出すと同時に、寝ていた仲間達も反射的に目を覚ました。
「おい、準備は!? ヘイ! カーティにズボンを履かせろ!」
ロイドは金属製のヘルメットを被り、ベッドの脇に立てておいた魔導長銃を手にすると敵の襲撃に慌てふためく仲間のサポートをするよう別の仲間へと告げる。
「死ぬなよ」
いち早く準備を終えたロイドは相棒である金髪の男性と顔を合わせた。
そして、いつも通りの『約束』を交わす。
「君こそ」
交わした約束通り、ロイドは相棒とずっと一緒に戦えると思っていた。生き残れると思っていた。
戦争が終わって、一緒に帰還できるだろうと。
国に帰ったらそれぞれの仕事をこなしつつ、たまに昔話を語らいながら酒を飲む。
そんな平凡な日々が来ると思っていた。
あの日、人生最悪の日を迎えるまでは。




