その3
アイリスとの出会いで何かが変わったかというと、特に何も起こってなかったりする。彼女自身もエルフに似合わぬ豪快さを持った性格ゆえなのかたった一日で村のみんなになじんでいた。
その結果、彼女は半ば村に居ついてしまい半月ほどが経ってしまったのである。
◇◇◇◇◇
僕らの村は漁師が多く、それ以外の連中も肉体労働が主だ。畑をやっていたり、大工や鍛冶をしていたり。だから僕のように家に引きこもって研究しているオーク族なんて非常に珍しいものだろう。大抵はその筋肉にものをいわせて汗水流している連中だし。
まあアイリスにはそれがとても奇妙に映ったらしく、先ほどから付きまとわれているのだが。
「男なら天辺目指そう!」
「いや、意味が分からないから」
もうかれこれ三日ほど前からだろうか。彼女に勝った僕がずっと家にいるような感じなのが嫌らしく、村の連中と勝負しろと言ってくるのである。
「って、君はいつまで村にいるつもりなのかな」
「そんなことより男ならもっと強くなりたいとかないのー」
「みんながみんなそんな感じじゃないと思うけど……っていうか自分の村はどうなのさ」
「アイツらはダメよ。お高く留まったお坊ちゃん連中ばっかり。キザなくせして嫌に保守的で意気地がない……ホントムカつく」
「……君も随分と言うね」
「そりゃそうよ。族長の娘だからってだけで言い寄ってくるアイツらを見ていたら本当、イライラするの。で、色々と思うところもあって」
「飛び出してきた、と」
「そう!」
そんな元気に言われても困るんだけどね。君、結局この村に何日滞在するつもりなの? もうかれこれ一週間は立っているんじゃないかな。
しかし、村の連中も慣れ過ぎである。今朝なんて普通に挨拶していたぞ。エルフ族は美人だから最初のうちはもてはやしていたのに……一日と経たずして慣れていたのには驚いた。
ちなみに、オーク族の美的感覚は人間と近い。エルフ族については詳しくは知らないが、アイリスの反応を見た限りではこちらもそう大差ないらしい。そこら辺の感覚が大きく違うとなると、リザードマンぐらい種族差が大きくないと起らないものなのかもしれない。
「ああもうじれったい! いいから行くわよ!」
「ちょ、待ってよ……」
◇◇◇◇◇
アイリスに無理やり連れてこられたのは村の中央に位置する広場……なんか筋骨隆々のおっちゃんやらお兄さんたちがいるんですけど。
「おおアイリスの嬢ちゃん。また勝負するのかい? おや、ピグニアも一緒とは珍しいな」
「毎晩一緒とか羨ましいなぁオイ」
別段何もやましいことはないのだが……アイリスもなんというかソファで豪快に寝るので女性扱いしにくい所もあるし、自分の容姿的にもいかにもな展開は無いと思う。ちなみに、彼女は僕の家で寝泊まりしている。うん、いつまで居座る気なのだろうか本当に。
一晩の宿のつもりで貸したから、特にベッドなど用意していないが――本人も施しは受けないわとか言って断った――どうにかした方がいいだろう。色々な意味で。
それに、正直なところ話がややこしくならないうちに帰りたいんだが……あと、昼間アイリスが何をやっているか少しばかり気になっていたのだが、どうやら村の連中相手に戦っていたらしい。和気あいあいとしている様子と、筋骨隆々な方々からするに試合形式っぽいな。農家のマドラさんは確か昔格闘家を目指していたはずだし、今も鍛えているのは村では誰もが知っている。
と、そこでアイリスは爆弾を一つ投下した。
「今日はアタシじゃなくて、ピグが勝負するよ!」
「――――あー、そういえば母ちゃんにお使い頼まれてたんだー」
「オイラは犬の散歩が」
「いてて、腰のリウマチがひどくてねぇ」
「あ、あれ? なんで……みんな帰るのー!?」
そそくさと帰っていく村の連中。だから嫌だったのだが……
「ちょ、男なら勝負していけー!」
「誰だって勝てない勝負はしたくないと思うけどね」
「そんなこと言わないで戦おう! アタシのこの興奮はどうしたらおさまるのよ!」
「しらんがな」
しかし、彼女は一つ勘違いをしている。それを正すかどうか悩んでいるのだが……ややこしくなる前に正すべきか。
「アイリス。君は僕が勝てない勝負をしたくないと思っているね」
「は? 何言って――あれ?」
そこで、村の連中の態度と僕の言葉からどういうわけなのか察してきたらしい。
「そう。逆だよ。村のみんなが僕とは戦いたくないんだよ――魔力強化アリだと僕に勝てる人なんて村には誰もいないからね」
「えええええ!? 力自慢のオーク族が!? 鍛え続けているアタシのパワー以上に力強いアイツらが!?」
「効率のいい魔力強化と、魔法薬によるブースト。それにまだ未完成だけど攻撃魔法を組み合わせればね。いや、魔法薬は使うまでもないかな」
昔、ちょっと肉体強化とか試してみたくなって大暴れしてしまったことがある。流石にあの時のことは自分でもやってしまったなと思っている。
あまり思い出したくない過去の失敗だ。
「う、うそだー……ええぇ…………アタシの目指す先はあの筋肉なんだと思ってこの一週間頑張ったのに……リベンジの参考にしようと思って戦ってもらおうと思ったのに、アンタに勝てない奴がいないんじゃどうすればいいのよ!?」
「知らないよ……っていうかそんな理由で村に残っていたのか。闇討ちでもすればよかったんじゃないの?」
「アタシがそんな卑怯なことをする奴に見えるの?」
「そういう卑怯な手はむしろ大嫌いだと思っていた」
「当たり前でしょ。アタシ、そういうの死ぬほど嫌い」
うん。だろうね。だけど一つ気になるんだが。
「魔法はイイの?」
「まあうちの里じゃ魔法は当たり前に使われていたし、別に思うところはないなぁ……アタシは全く使えないけど」
「エルフなのに?」
「そうなのよねぇ……魔力強化がここまですさまじいならアタシももうちょっと頑張れば良かったかな」
しかし、僕の見立てでは魔力が無いわけではないと思うのだが……僕自身、まだ未熟だからよくわからないが彼女は使い方を理解していないだけと言うかなんというか。
まあ考えていても仕方がない。
「それで、どうするの?」
「どうするかなぁ……一度帰った方がよさそうだとは思うんだけど、道がわからない」
「……なら、一つ提案があるんだけど」
「ん? 無茶なお願いじゃなきゃ――ま、まさかアタシの体を!?」
「違うからね。後ずさりしないで……まあ簡単な話。僕が魔法研究しているのは知っているよね」
「まあ、嫌と言うほど見たわよ……なんだよあの本の山。家じゅう本だらけじゃないのよ」
僕の家には村中の本が集められている。まあ、村のみんなが本を読まないから自然と集まってきただけなのだが。
そんなこともあり、僕の頭の中には色々な知識が詰め込まれている。他の大陸の情報がすぐに出てきたのもそんな理由。魔法知識も知識だけならかなりのものだと思っている。まあ、実際に使えるのはそこまで多くないけど。
それでも僕が知らないことは数多いし、調べたいこともある。
「一度、エルフの魔法を生で見てみたいんだ。僕はまだ魔法をうまく使えていないからね。一度本物を見てみたい」
「あれで使えていないとか……」
「流石に独学だとね」
「……アタシも師匠とか探した方がいいのかな」
「かもね。とりあえず、ルートは大体わかるんだけどケルティアに入るには単独だとちょっとマズそうだからね。結構遠いし」
「そっか……まあ、助けてもらったし飯も食わせてもらったからね! 良いわよ、アタシが連れて行ってあげる!」
「――道、わかるの?」
「…………案内してください」
あと一つ、彼女について分かったことなんだけど……方向音痴だから自分一人では帰れないだろうなという事である。