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その2

 少しだけ、僕の身の上について話をしようと思う。

 先ほどエルフの彼女が言った通り、僕はオーク族。まあ世間一般ではあまりいいイメージを持たれていない種族である。

 人々から金品を略奪し、他種族の女性をさらって繁殖するなんて噂が広まっている悪名高き種族。それがオーク族だ――


 ◇◇◇◇◇


「もっとも、実際はどこかの盗賊団とかがたまたまオーク族だけだったからそのイメージが付いただけで実際はそんなことないんだけどね」

「ぐすっ……いいから好きにして。捕まった時点でアタシの負けよ。煮るなり焼くなり…………ま、まさかエッチなことをするつもりなの!? こんな貧相(ひんそー)な体なのに……ええい女は度胸――やっぱ無理! 初めてはもっとロマンチックが良い! こうなれば舌を噛みきって――」

「ちょっと、黙ろうよ。っていうか落ち着いてほしいんだけど」

「何!? 襲わないですって……それはそれでアタシの武闘家としてのプライドが傷つくんだけど!」

「どうしろと……」

 いやもう、本当にどうしろと……

「っていうか君はどこから来たの――まあ、このキャローリア大陸に住んでるエルフっていったらケルティアだけだろうけど」

「……まあ、そうだけど――って、ここキャローリアなの!?」

 そこからわからなかったのかぁ……

 ちなみにキャローリアというのは僕の住んでいるこの大陸の名前である。南極に最も近い大陸(一応南極の分厚い氷の下にも大陸はあるらしいが)で、ここは更にその最南端。

 ケルティアというのはキャローリアの西にある島の名前で、そこはエルフ族だけが暮らしているらしい。僕も話に聞いたことぐらいしかないので、詳しいことは知らないが……歩いていくにしろ、航路にしろ結構時間がかかるんだが……この子はそこから流されてきたのか? だとすると、ケルティアに何かあったんじゃないかと思う。

「ここはキャローリア最南端の村、ゼンチンだけど……」

「――?」

「知らないんかい」

 同じ大陸の人に対しても認知度はあまりないと思っていたけどさ。さすがにその反応が薄すぎやしませんかね。

 まあ、ここで無駄に時間を消費していても仕方がない。

「とりあえず行くぞ」

「やっぱり人には言えないようなことを!?」

「そうじゃなくて……お前、いつまでそんな恰好をしているつもりだ?」

「? ……くしゅんっ」

 ものすごく寒い海の中にいたのに元気だったから忘れていたけど……びしょ濡れじゃないか。

 仕方がないなとつぶやき、とりあえずローブを貸した。彼女は酷く驚いていた様子で、目を丸くしており、その間の抜けた表情に少しばかり僕の溜飲も下がった。

「オーク族のイメージが総崩れなんだけど」

「そりゃ偏見ってものだよ。まあ僕も一般のオーク族からは離れているとは思うけどさ。でも、君だって他人のことは言えないだろ」

「……それを言われると弱いわね」

「まあ、とりあえずは村に行こうか。スープぐらいなら出せるからさ」

 魚じゃなくてエルフを釣っちゃったからおかずはないんだが……と、肝心なことを忘れていた。

「僕の名前はピグニア・オーギュス。君は?」

「……アイリスよ。アイリス・フリーギア・ケルティア」

「アイリスか――うん? ケルティア?」

「ケルティアの族長の娘。それがアタシ。なによ、なんか文句あんの?」

 なら知っておこうよ……自分の住んでいる大陸のことぐらいさ。なんて言葉が出てきたが、流石にそれを言うのもどうかと思ったので、僕は心に止めておくことにした。

「いや、別に……」

 表情には出ていたと思うけど。アイリスの顔が不機嫌そうなのを見れば、なんとなくわかるというものだろう。おそらくは彼女自身、それ自体はわかってはいるのだろうけど。


 ◇◇◇◇◇


「ねえピグ、一つ聞いてもいい?」

「そのピグってのが僕のことなら」

「オークって――豚鼻じゃないの?」


 僕らの村、ゼルチンにたどり着いての彼女の第一声がそれである。言いたいことは分からないでもないが、やはり世間ではそういう認識なのか。

 ちなみに、彼女を拘束していた帯はすでに外してある。さすがに彼女もみっともなく暴れるような真似はしないらしい。いきなり殴りかかっては来るが。

 おっと話がそれたが……そう、世間ではオークは豚鼻というイメージがあるのだろう。僕もそういう話は聞いたことがある。しかし、実際はそんなことはない。

「僕は昔、鼻を強く打ち付けたことがあってね。それ以来この豚鼻になっちゃったけど他のみんなはそういうわけじゃないよ」

「なんかイメージと違うんだけど……豚の獣人じゃないの?」

「豚の獣人ってのはまた別の種族なんじゃないかなとも思うんだけどね。実際はご覧のとおり。いたって普通の皆さまだよ」

 もっともこんな寒い地域で農作業やら漁師やらやっている連中ばかりだから人間よりもずっと体の強い種族だけどね。

 ただまぁ、何事にも例外はあるわけでして。

「おんや、めずらしいなオーギュスんとこの坊主が薄着だなんて。それにその隣のは……これまた珍しい。エルフじゃねぇか。なんだ、新しい取引先か?」

「まあ、そんなとこだよ。ゴンゾーさんこそこんな時間にどうしたの?」

「これから若い衆と大きな獲物をとりにな。大ウミヘビが出たってんで大慌てさ」

「…………やべ」

 なんか隣で小さくやっちゃったなぁなんて顔をしている女が、ちょっと気になる一言を言っているが、とりあえず受け答えをせねばなるまい。

 問いただすのは後にする。

「とりあえず、頑張ってね……傷薬とかは足りているかい?」

「ちぃとばかりこころもとねぇな。まだ鍛え足りない奴らもいるし、すこし分けてもらえるか?」

「わかった――なら、このぐらいでいいかな」

 カバンからいくつか傷薬と、包帯を取り出してゴンゾーさんへ渡した。

 彼はそれを受け取ると、申し訳なさそうにしながらも破顔する。

「いつも助かるねぇ。それじゃあ終わったら少しおすそ分けを持っていくよ」

「こっちこそありがとうね」

 ゴンゾーさんはそのまま小走りに船着き場へと走っていったが……さて、どういうことか聞こうじゃないか。

「アイリスさん。どういうことですかね」

「あー……アタシさ、武者修行の旅に出ているんだけど…………その、モードレントって知ってるか?」

「西の方にある死の大陸? ものすごい魔獣やらがいて人は近づかないって聞くけど」

「まあそこに行こうとしていたんだようん」

 ……すでにこの時点で頭が痛くなってきた。

「まさか、泳いで……」

「いやさすがのアタシもそこまでバカじゃない……いかだを用意したんだけどさ、転覆して大変だったところに大ウミヘビが現れて、とりあえずそいつを船代わりにしようとしたんだけど……」

「無理だったわけか。で、そのまま流されて僕に釣り上げられたと」

「うん」

「……色々言いたいことはあるけど、一つだけ言っておくね。君、本当に族長の娘?」

「なによもう!」

 涙目で怒られても、なんだかなぁとしか思えないわけだが。

 僕はケルティアに何か大変なことでも起きたのではないかと心配していたのに、この子は悪い方面で予想を裏切ってくる。大丈夫か、エルフの里は?


 ◇◇◇◇◇


 家に到着し、暖炉に火をくべてスープを温める。

 アイリスは恥ずかしくなってきたのか顔を赤くして無言だった。さっきから醜態をさらしている――というか出会ってから醜態しかさらしていないような気がするんだが気のせいだろうか。

「……どうしよっかなぁ」

「というかいかだでモードレントに向かうというのが無謀すぎるよ。アキュアス(この星)がどれだけ広いか知って……いないんだよね」

「うるさい……悪い? どうせアタシはバカよ」

「一応、この村からならモードレントにそう時間をかけずに行くルートはあるよ」

「――マジ!?」

「うん。君は地図をみて馬鹿正直に西に向かったんだろうけど」

「……」

「まあ、慣れていないと分かり難いけどね。星ってのは、球体なんだ。だから、地図で見るのと実際の距離や方角ってのは地図の形式によって違う」

 とりあえず、世界地図を引っ張り出して彼女に見せる。僕らの住んでいるキャローリア大陸は右下に存在する三日月型の大陸だ。大陸の中では小さい方だ。

 その上に存在するのはメガロメトリア大陸。歪な十字架のような形をしている。で、その隣に位置しているのがウルステラ大陸。地図で見ると逆さのブーツのような形をしている。ちなみに、この地図は北が上だ。で、件のモードレントであるがそのウルステラ大陸の下にある。横に長く広がっている大陸だ。陸路を基本として進むなら、今挙げた順にたどるのがベターなルートである。

 そして、彼女が進んだルートはキャローリア大陸から海路で直接モードレント大陸へ向かう方法。間に島が点在しているから不可能というわけではないのだが、結構海も荒れるし、大分危険な方法である。

「で、この一番下にある大陸は知っているか?」

「南極でしょ……流石にそれは私でも知っているわよ」

「なら気が付きそうなものだけど……まあ、簡単に言えば南極を突っ切るルートを使えば海路の半分以下の距離なんだよ。キャローリア大陸とモードレント大陸は」

「…………ああ!」

 少々時間をおいたが、理解してもらえたようである。ちなみに、大陸はまだ存在していてモードレント大陸のさらに西、世界最大の大陸のオルフェンギアが存在している。あとは浮遊大陸なんてのもあるんだが……そっちは最北のほうだから詳しいことは知らない。

 距離的には、キャローリアから東に行けばオルフェンギアなのだが……あの大陸を経由していくのは僕らのような人間以外の種族には厳しかったりする。

「あーそれならオルフェンギアを経由するのもアリだったかぁ」

「……それ、冗談で言っているよね?」

「なんでよ」

「――ハァ。オルフェンギアは人間だけが住んでいる大陸だよ」

 他の大陸よりも発展しているらしいけど、ほぼ人間のみが住んでいる大陸である以上、その他の種族にとってあそこはかなり危険な地域である。場所によっては問答無用で襲われるだろう。

「そっか……そういえばそうだったわね」

「君、身体鍛える前にやることがあるんじゃないの?」

「…………あースープおいしー」

「露骨に話をそらさない!」

「ちぇ……」

 すねたような声を出されても困るんだけどね。というか勝手に食べ始めないでよ。でも、一口食べた後はおいしそうに食べてくれるので良しとする。

「これ、ピグが作ったの?」

「そうだけど……」

「ふーん……まあ、おいしいんじゃないのかしら」

「素直じゃないなぁ」

「だ、誰が素直じゃないっていうのよ!」

 顔を真っ赤にして否定しても説得力がないんだけど、言わない方が良いかな。

 その後は黙々と食べていて、彼女の服もすぐに乾いた。族長の娘だからか、結構いい素材の服を着ていたらしい。何らかの魔法が付与(エンチャント)されているのかもしれない。

 ふと外を見ると、夜になっていた。どうやら随分と時間が経っていたらしい。空には三つの衛星も見える。

「ところで、家の人はいないの?」

「いや、ここには僕一人だけだよ」

「あ――その、ごめんなさい」

「いいよ別に。物心ついたときにはじいちゃんと二人だけだったし、そのじいちゃんも何年か前に寿命でぽっくりだけど」

「……でも、見たところここの人って漁とか食べ物を作ったりしている感じだけどあなただけ違う風よね…………別にそういう事をしている家族がいるのかとも思ったんだけど」

「案外、よく見ているね。僕も君と同じで変わり者だよ」

 彼女に貸していたローブを見せる。やはりエルフだからか、なんとなくでも理解はできたらしい。

「魔法のローブ……結構高度なマジックアイテムよね、コレ…………それにさっき使っていた杖といい、薬といい、あなたはいったい何者?」

「僕は変わり者のオークだよ。職業は、魔法使いさ」

「……いるところにはいるのね。私みたいな、変わり者って」

「どこにだっているよ。一人ぐらいはそういう人は」

 初対面は結構酷い感じの出来事だったのに、こうして普通に会話できているのは、そのシンパシーをお互いに感じたからではないだろうか。

 僕らは互いに、種族のみんなとは異なる生き方をしている。

 それが良いのか悪いのかは、知らないけどね。

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