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プロローグ

 昭和十二年、北京郊外盧溝橋での日中軍事衝突に端を発した事変は、翌八月東亜経済の中心地である上海に飛び火、事実上の全面戦争へ突入。両軍あわせて百万の大軍による三カ月の激戦を経て、日本軍が上海を占領。列強の施政下にある共同租界、仏租界といった市街中心地は、いわば「孤島」として日本軍の占領区域外に取り残された。


 首都南京陥落後、「国民政府対手とせず」と声明して蒋介石政権との和平交渉を中断した日本は、中国に新政権を欲した。対中政略を担当する日本陸軍の土肥原機関は、新政権を担い得る人物として、中国国民党中央監察委員や国民政府委員を歴任し、事変勃発後も上海仏租界に居を構え続けていた唐紹儀に白羽の矢を立てたのだった。


 この動きを察知した蒋介石は、「上海三大親分」の一人であり、蒋が宋慶齢と結婚した際に仲立ちの役を買って出て、上海陥落後は日本軍を避けて香港へ退いている博徒、杜月笙を通じて唐紹儀に上海から離れるよう要求したが、にべなく拒絶された。


 そうして唐紹儀は日本側と新政権設立の準備を進めていたが、そうした中でも風流を愛でる心はあり、廉価で売る商人があるとの評判を聞いて呼びつけると、早速四人の古物商が唐の屋敷を訪れた。執事が古物商らに茶を出し、タバコを勧めたが、どういうわけかマッチが見つからない。


 首を傾げつつ、主人の唐と古物商らを二階の応接間にのこし、マッチを探しに行って帰ってきた執事が目にしたのは、後頭部を叩き割られて脳漿を無残にも絨毯に撒き散らした、唐紹儀の屍体だった。大きく眼を見開いた唐の横顔には彼を、漢奸――即ち国賊と罵るがごとく、ベッタリと青痰が吐きつけられていた。


「特工王」戴笠率い、「藍衣社」或いは「軍統」と呼ばれる国民党特務工作機関の放った刺客の犯行である。応接室で見つからなかったマッチは、客間に通された刺客たちが執事の唐を呼びに出た間隙をついて隠しておいたのだった。


 この時、主戦場は硝煙渦巻く前線から「十里洋場」の上海租界へ、戦争の主役は正規軍から特務機関、その傘下にある命知らずの「ならず者」へと移ったのである。

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