プロローグ
2010年
3月も終わりを迎えようとしているのに、人々はまだ肌寒さを感じていた。
夜の街は一層賑やかになる。眩しく輝くネオンは闇を切り裂く光。その光を僅かに遮る幾重もの高層ビル。
同じ場所とわかっていても朝とまるで違う景色に、全く別の世界にいるかのような錯覚におちいってしまう。
"男"はそんな世界の真ん中にいた。
今、自らが歩いている所は人の手が加えられたものしか存在しない場所……自然の無い場所。その"男"にはそれはあまりにも耐え難い苦痛だった。
しかし、だからと言って決して自然をこよなく愛しているわけでわない。純粋に今の世界を嫌悪しているだけなのだ。
この街を歩いている……いや、この世界にいる全ての人間を"男"は嫌う。
その心は憎悪と呼ぶに相応しかった。いつしか、この街を歩いている自らでさえも憎しみの対象と化していた。
"男"は街を歩いている人々を眺めるように見ている。
否。決して眺めているのではない。見下しているのだ。
3年の時を経て、ようやく期は熟した。"男"にとって、明日は待ち焦がれた日になる。いや、自らの手で待ち焦がれた日にするのだ。
ただ意味もなく歩いている人々を見ていると、自然と笑顔が零れる。明日起こる出来事を自分だけが知っている。
……明日という日が待ち遠しくて仕方がない。どうやら自分はまだまだ子供のようだなと、少し恥ずかしくなった。
不意に通行人と肩がぶつかる。明日の事ばかり考えていたから前をみていなかった。とんだ不注意だった。
「おい!!」
自分にとって大したことではない。通り過ぎようとしたとき、肩を掴まれ呼び止められた。
先ほどまでの笑みは消え、"男" の顔は一気に不機嫌になる。 呼び止められて初めて男の顔を見る。実に愚かな顔、それが第一印象だった。
「いてぇなぁ、兄ちゃんよぉ」
その男には何人かのツレがいたらしく、気がつけば周りを囲まれていた。数は4、5人といった所か。
「……何か?」
"男"はその日初めての声をはっした。
「何か? じゃねぇだろう? 俺にぶつかっておいて挨拶も無したぁいい度胸じゃねぇか?」
周りを囲っている仲間と思われる者達は笑っていた。
"男"も笑いたかった。この状況を俗に絡まれていると言うのだろう。だからこそ笑いたかった。この者達の愚かさに。