《No.6》
ハルが恐る恐る後ろを振り返るとそこには。
一体の機械少女がいた。
見た目は全く人間と見間違えてしまう程の精巧なつくりをしているが、エミリーを見慣れたハルにとって、人間と機械少女を見分けるのは、そう難解な事ではなかった。
「おーい? キミたちはだれ? そこでなにをしてるの? 敵? それとも味方?」
「……」
ハルは口を開いたが、緊張のあまり喉を詰まらせ、声を出す事ができなかった。
ハルが喋れなかったのも無理はないだろう。
先程まで空にいた少女が、何秒かのうちにいつの間にか後ろに立っていたのだ。
そもそも、「空にいる」というだけでも有り得ない話。
それに加えて、瞬間移動までされてしまったのだ。
誰だって驚きを隠すことは敵わないだろう。
「答えないなら──」
その機械少女は刹那、薄い桃色の艶やかで長い髪を靡かせ、そして『消えた』。
文字通り、消えてしまったのだ。
ハルがその少女を消えたと認識すると同時、その時既にその消えた少女はハルの目の前に居、軍刀をその首へと突きつけていた。
「──殺してもいいよね?」
「くっ……!」
その機械少女の動きに全く反応する事が出来なかったハルは、悔しさのあまり思わず歯噛みした。
「じゃあ~……。さよなら」
機械少女が腕を振り、軍刀でハルの首一直線に、横薙ぎの一閃を放とうとしたその刹那。
「やめて!」
その機械少女に静止を求めたのは他の誰でもなく、エミリーだった。
「……エミリー?」
あと数ミリというところで止められた軍刀を降ろし、機械少女はまるで昔の友人に再開したかのような顔をしながら言った。
「エミリーだよね!? 私、No.6のクレアだよ! 久しぶりだね!」
「クレア……。ハルに危害を加える事は、決して許しません」
「あなたはNo.8のエミリーなんだよ? 私の妹なのに、なんでお姉ちゃんのする事を否定するのかな?」
エミリーの一言によって、クレアと名乗った機械少女の態度が一変し、一度弛緩した空気が、再度張り詰めていく感覚をハルは感じた。
「そもそもエミリーが私を止められる? いいや、無理だよ。だってエミリーのシステム、『再生能力』しかないんだもの。そんな弱いシステムじゃ、私を止めることはできない」
「クレア。私は変わりました。もうあの頃のように、何も出来ないエミリーでは、ありません」
ハルは会話する二人を余所に、ずっとクレアの隙を窺っていた。
そしてハルは、クレアが軍刀に込める掌の力が抜けるのを、見逃さなかった。
ハルは目にも止まらぬ速さで腰に提げた拳銃を引き抜き、クレアの頭を目掛けて発砲した。
が、案の定既にその場には、クレアの姿は無かった。
「危ないじゃん。瞬間移動できてなかったら、死んでるとこだった」
クレアはパタパタと、自分の服を叩きながらそう言った。
「あー。時間が無くなって来ちゃった。そうだね……。次に会う時にその軍刀、返してもらおうかな。ふふっ、楽しみにしてるよ?」
クレアはそう言うと、握りが弱かった為に瞬間移動の際に落としてしまったのだろう、ハルの足元に転がる軍刀を指してそう言った。
「じゃ、またね!」
クレアはそう言い捨てると、その場から消えてしまった。
「……ふぅ」
ハルは危うく命を摘み取られかけた恐怖から一気に解き放たれたためか、急な疲労感を感じ、その場に座り込んでしまった。
「今のやつは……なんだったんだ?」
ハルの素朴な質問に、エミリーが答える。
「彼女……クレアは、六番目につくられた、私同様システムを持つ機械少女です」
「『お姉ちゃん』っていうのは、そういう事だったんだな」
ハルの問いかけに、エミリーはこくん、と頷く。
「でもなんで……共和国が開発を依頼した機械少女が連邦側についているのでしょうか?」
「分からない……俺も。共和国に裏切り者がいるのか……? いや、とりあえず今はこの事をエミリアに報告した方が良さそうだ」
『そうか、通りで……。いや、ボクも実はおかしいと思っていたんだ。なんせ、エミリー以外の七体の機械少女の配備される作戦の概要が知らされなかったんだ。上に聞いても、極秘だから答えられない、の一点張りで。それがまさか、連邦に流されていたとは……』
「どう思う? やっぱり、裏切り者がいると思うか?」
『そうだね……。正直可能性はかなりあると思う。そうじゃなきゃ、こんな事はできる筈がないんだ』
「そうか、分かった。で、こちらはこれからどうすればいい?」
『主犯がクレアだと判明したわけだから、すぐにでも別の任務を受けて欲しいところだけど……。クレアに『次会うときは……』と言われたんだろう? なら、彼女は確実にハルたちに接近してくる筈だ』
「クレアを倒せ、と?」
『そういうことになる……。少々、というかかなり荷が重いかもしれないけど、こうなってはもうどうしようもない。ボクがどうにか頼み込んで、軍の最大限のバックアップをしてもらえるようにするよ』
「分かった、頼んだ。あと、裏切り者に関しても、そっちで調べてくれると助かる」
『ああ、任せてくれ』
「よし、頼んだ。じゃあ」
『ああ、ハルとエミリー。死なないようにね……』
「わかってる」
ハルは報告を終え、通信を切った。
「ハル、恐らくこの場所でまた戦うのは危険です。一番共和国軍の支援を受けやすい場所へ移動しましょう」
エミリーは状況を鑑みて、ハルに提案をした。
「ああ、そうだな。なんとなくもうここは嫌だし……。行こう」
「はい!」
ハルとエミリーは立ち上がり、先程まで戦場と化していたその場をあとにしたのだった。
前々回から、更新期間に幅が空いてしまい、申し訳ありませんでした!m(*_ _)m