《戦場》
「ヘクター班より本部へ。作戦領域に突入した。これより作戦行動を開始する」
「本部よりヘクター班へ。了解した。健闘を祈る」
グランツェ渓谷は、戦争が激化する前は観光地として、多くの人が訪れていた。
だが今は、観光地だったという事など見る影もないほどに無惨な姿を晒していた。
地面は砲によって抉られ、辺りには破壊された戦車やヘリが転がっている。これほどまでに戦争というものを顕すものはそう無いだろう。
そんな地に、ハルたちは足を運んでいた。
『ハル、その付近に着陸し作戦行動を開始した、ヘクター班という班と現在通信がとれないでいる。ハルたちには、ヘクター班の生存確認をまず行ってほしい』
エミリアがハルたちに報告を入れる。
『あと……すまないが、ハルの班員の話なんだけど……いや~人脈が無くてね!ごめんね!』
「……分かった。ヘクター班救出を最優先事項にする。……班員の事も分かった」
ハルは渋々頷きながら言った。
「ハル、ヘクター班員の痕跡が見られます」
エミリーは地面の土を屈みながら呟いた。
「なら、その痕跡を辿っていこう。多分それが一番手っ取り早い」
「了解しました、ハル」
「ハル……」
「あぁ……」
ハルとエミリーは、痕跡を辿り切り立った山肌を登っていった。
そうしていくうち、ふと痕跡が途絶えたのだ。
ハルは視線を足元の地面から少し上へと上げた。
するとそこには、見るも無惨な人間の死体が転がっていた。
死体は、実に様々なカタチをしていた。
まずどれも四肢が飛んでいた。飛ばされた四肢はそこら中に転がっており、最早どれが誰のものか判別がつかない。
四肢はどれも何者かに引き千切られたような断面をしていた。
手足が無い死体だけでも十分惨いものだが、ハルは見てしまった。
「うっ……」
ハルは吐き気を堪えるように、常人であればとても正気を保つ事は出来ないであろうものを見た。
一体どうやったのだろうか。千切られた頭部に、背骨が鎖のように繋がった状態で落ちていた。それはさながら人体模型のような風貌だった。
「一体誰がやったのでしょう……」
エミリーはそう言うと、周囲の解析を始めたようだった。
「この辺り一体には、ヘクター班員の血痕しか残っていません。敵の血が一切無いのです。この事から、恐らく敵は相当な手練か、或いは……」
エミリーは、語尾を濁すとおとがいを下げて俯いてしまった。
その様子を見たハルは、「或いは……」の続きを聞くことはしなかった。
「なるほどな……。ありがとう、とりあえず状況をエミリアに報告しよう」
『そうか……。見たところ、ヘクター班は全滅か。分かった』
これを聞いたエミリアも、流石に悔しさと悲しさを隠せないようでいた。
『よし、君たちの作戦の最優先事項を更新する。ハル、エミリー両名はヘクター班壊滅の主犯となる敵兵を調査して欲しい。もちろん目標の沈黙までは求めない。エミリーの言う通り、相当な手練だろうからね』
「「了解した(しました)」」
『その周辺の他の兵士たちとも連絡が取れないでいる。無理だけは、しないでくれよ……?』
「あぁ、分かってる。流石に無理だと思ったら一旦引く」
『だから! 聞いてた!? 調査って言ったんだよボクは! いい? 手は出さなくていいからね? 正体が分かればいいんだ、頼んだよ?』
エミリアはハルの無鉄砲さに呆れ、再度作戦内容を念押しした。
「分かったよ……。そうする」
ハルは渋々そう頷いた。
『よし、分かったね。では。健闘を祈っているよ……』
エミリアはそう言って通信を切った。
「だそうだ。エミリー、まだ痕跡らしいものは周りに残ってる?」
「いえ、見た限りではありません……」
「そっか。なら、戦闘音がする方へ行ってみよう。何かわかるかもしれないし、もしかしたらヘクター班を壊滅させた敵はそこにいるかもしれない」
「わかりました、行きましょう!」
「見えるか?」
「見えません」
エミリーは岩陰にすっぽりと隠れ、縮こまりながらそう言った。
「お前……大丈夫だ。ここなら流れ弾でも飛んでくる事はないだろう。射線も切れてるし」
エミリーは戦闘用に作られた機械少女だから、戦闘に怯えることは無い、とハルは勝手に思っていたが、どうやらそういう訳でもないようだった。
おそらくは、先の機械少女のみで行われた、作戦も減った暮れもない物量戦の時の記憶が戦場を拒否するのだろう、とハルは思った。
「見えます……。連邦軍は戦車が大量投入されていますね。共和国軍も配備しているようですが、数は劣ります」
エミリーは視界をズームし、ハルに状況を伝えていた。
「なるほど、押されているか……。そうだエミリー、主犯のやつはいるか?」
「いいえ……あっ、」
エミリーはなにか見つけたような声を発すると、先程のようにまた岩陰に隠れ縮こまってしまった。
「どうした?」
「空に! 空に女の子が……! 目が! 目が合いました……!」
「そんなわけ……」
ハルはエミリーが見ていた方向に目を向けてみたが、やはりそれらしき少女はいなかった。だがその時、
「お~い?」
突如後ろから、何者かから声をかけたられた。
恐ろしい事に、呼びかけられるまで、一切気づくことができなかった。気配が全く感じられなかったのだ。
ハルが恐る恐る後ろを振り返るとそこには。
一体の機械少女がいた──。