《システム》
ハルの投げたスモークは、多脚式兵器の足元に転がり落ち、煙が撒かれ多脚式兵器の視界を見事に遮っていた。
ハルやエミリーを視認出来なくなった多脚式兵器は、備え付けられたマシンガンの弾丸を闇雲にばら撒き始めた。
「っ……!」
素早く遮蔽物に身を隠したハルの頬のすぐ横を、弾丸が掠める。
演習のため、使用されていた弾丸はゴム弾だったが、当たればそれなりの脅威となる。
ハルは遮蔽物を使いジリジリと多脚式兵器の左側へ詰めていった。
「よし、ここまで来ればいいか……」
ハルは確認するように呟くと、遮蔽物から思い切って顔を出し、注意を引きつけるための援護射撃を行った。
すると多脚式兵器は、少しダメージを受けたかのように仰け反った。
どうやら普通の銃弾でも効くようだ、とハルは思った。
「あとはエミリーにかかってるな……」
頼んだぞ、とハルは心の中で祈った。
エミリーのどこから持ってきたのかも分からない対戦車地雷。
あれなら一撃であの兵器を撃破できるだろう、と目論んでいた。
「エミリー、今だ! アレを投げるんだ!」
「はい!」
対戦車地雷が、宙を舞って行く。それは、見事に爆発面が多脚式兵器に向いたまま爆発した。
「よし! やったか!」
ハルは確信していた。地雷が多脚式兵器を壊すことを。
だが──。
その兵器は、傷ついて装甲も所々ひしゃげてはいるものの、しっかりと地面に鎮座していた。
「残念だったね! その兵器の装甲は、爆発物にはめっぽう強くできているのだよ!」
言いながら、エミリアは高笑いをしていた。
が、その数秒後、エミリアは口をあんぐり開けて驚くハメとなった。
エミリーが、ポンポンと何個も対戦車地雷を多脚式兵器へ向けて投げ込んだのだ。
「……は?」
これにはハルも驚かずにはいられなかった。
エミリーが地雷を投げ込んでから少し遅れて、
ドガーンッ!!
と地雷の爆発する耳を劈くような凄まじい音が、演習場に轟いた。
煙がやっと晴れた頃、もう多脚式兵器など跡形もなく綺麗に消し飛んでいた。
「……」
ハルは狐につままれたかのように惚けていた。
「ちょっと、エミリー! 流石にそれを使うのはなしだって!」
そんな中エミリアは、エミリーに非難の声を浴びせていた。
「申し訳ありません……エミリーにはこれが最良の判断と考えました……」
心の底から思っているのだろう。エミリーはペコペコと何度も頭を下げた。
はぁ……と、エミリアは呆れたようにため息をついた。
「エミリア、『それ』ってなんだ?」
「ああ、ハルには言っていなかったね」
エミリアは思い出したように頷く。
「実はね、上から特別な命令で作成された八体の機械少女には、特別な『システム』があるんだ」
「システム?」
「そうだ、システムだ。若しかしたらもう既に、キミは見た事あるんじゃないか?この子と会ってから、何か不思議に思った事は無いかい?」
そう言えば……と、ハルは思い出した。
「最初エミリーに会った時……左腕が千切れていたんだ。だが、何分かした後に見てみたら、その時には既に腕が直っていた」
ふむふむ、とエミリアは納得したように頷く。
「エミリーが持っている能力のうちの一つとして、再生能力がある。回復能力ではなく、再生能力だ」
「なぜ回復能力ではなく、再生能力?」
「そうだね、回復能力って言うのは元々、全ての機械少女に備わっているんだ。だが、エミリーのそれは郡を抜いた性能だった。そのため名付けられたのが再生能力、なんだよ」
なるほど……と、ハルは頷いた。
「って事は……さっきのもそういう事なのか?」
「おっ、ご名答! エミリーは最初、対戦車地雷を一つしか持っていなかった。それなのに何故、あんなにもたくさん投げられたのか」
「なにか、物を瞬時に持ってこれるような能力……?」
「そういう事だ! ボクはこれを転送能力と読んでいるけどね。エミリーは多分、共和国軍の武器格納庫から転送してきたんだろうねぇ〜」
それを聞いて、エミリーはコクコクと頷いた。
何とも可愛らしい、とハルは思った。
「エミリーって、強いんだな……」
それを聞いたエミリーは、
「ありがとうございます」
と微笑んで言った。
ハルはエミリーの能力について、改めて考えた。
千切れてしまった腕が再生するほどの再生力なら、恐らくは体がバラバラにでもならない限り、いくらでも再生するだろう。
そして武器や物資などを転送する能力。これは戦争という概念そのものを大きくひっくり返してしまうのではないか。補給、という行為がいらなくなってしまうのだ。相手からすれば、これ程恐ろしい事はないだろう。
法外な強さだ、とハルは思った。
「あっ、ちなみに言うと今ハルが考えているような事は不可能だ。転送には条件があってね。転送できる質量は上限があるし、その上転送してきたものは、三分で元あった場所へと送り返されてしまう」
形が残っていればね、とエミリアは付け足した。
「あとシステムは、機械少女が成長するに従って強化されたり、新しいシステムが使えるようになったりする。だが、これをすれば、このシステムが使えるようになったりする、とかいう、明確な判断基準が無いんだ……」
「それは技術部が研究しても分からなかったのか?」
「うーんそりゃ研究したさ。でも分かったのは、『その機械少女が何か大きな変化を伴った時』これだけだ」
エミリア心底困ったような顔をして言った。
「大きな変化……か。エミリーはなにか分からなかったか?」
「いえ、エミリーには分かりませんでした……」
エミリーは申し訳なさそうに頭を振った。
「まあ、場数を踏めば自ずとシステムについては、分かってくるようになるだろうさ!」
エミリアは場を和ますように溌剌と言った。
「さて。まあ見れば分かるように、連邦軍から鹵獲、改良した多脚式兵器を、キミたちは容易く倒してしまった。もうどこの戦場に出しても簡単には死なないだろうね!」
あれは二人でそう容易く倒せるものでは無いはずなんだけどねぇ……と、エミリアは少々呆れたように呟く。
「って事は、訓練は終了か?」
「そうだね! そんなキミたちに、早速だが行ってもらいたい戦場がある」
そう言って、エミリアは演習場に備え付けられていた地図を広げた。
「ここだ。本部から見て北西に位置する渓谷地帯、グランツェ渓谷だ。知っての通り、渓谷地帯と言うのは戦闘が長引きやすい。二人には、そのケリをつけて欲しいと思っている」
「分かった。俺らの所属する部隊は? 決まってるのか?」
「部隊編成については、後日説明する。あと、部隊に機械少女が編入される、と言うのは初めてだから、今後は機械少女開発担当であるボクが、バックアップをすることになった。戦場でもよろしくね!」
ハルはそれを聞いて、少々げんなりしたのだった。