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《救援》

  ただただ広大な大地が広がっていた。

  空はどんよりと曇り、空気は淀んでいた。

  そんな中を、ハルは力無く歩いていた。

  咄嗟の判断から、半ば本能的に戦場から逃げ出した。

  ハルは一つだけ後悔があった。

  たった一人の戦友を置いてきてしまった。それが亡骸だったとしてもだ。


  ハルにとってゲイルは、昔からの友人だった。きっとゲイルからもハルはそう見えていた事だろう。

  彼らは共に兵士を目指した。お互いに切磋琢磨し合った。

  ハルにできてゲイルに出来ない事があれば、ゲイルはできるようになるまでひたすら修練したし、ゲイルにできてハルに出来ない事があれば、ハルはできるようになるまでひたすら修練した。そういう仲だった。


  ゲイルは置いて行かれた事を怒るだろうか。頭の中で浮かんだゲイルは、とても悲しい顔をしていた。

  ハルは何度も謝った。しかし二、三度目辺りでゲイルは「もういいから」というように微笑んだようだった。

  そういうやつだった。と考えると、ふとハルの頬に涙がつたった。

  急にハルは悲しくなった。

  一時前はゲイルが撃たれたことに怒り、そして次は自分だという事に恐怖し、そして今はゲイルはもういないという現実を突きつけられ、悲しくなった。

  ハルの感情はもうごちゃごちゃだった。心身共に疲弊し、なにを考えるのも億劫だった。


  しかしハルの眼前に現れた光景によって、強制的に思考を回転させるに道は他ならなくなってしまった。


  ただただ広大な大地だっただけの今までの風景は、少し変わっていた。

  何かが刺さっていたのだ。

  地面に何かが刺さっている。それも沢山。

  ハルは更に近づいた。

  人の手足だ、とハルは推測した。が、それは半分当たりでもう半分は不正解だった。

  確かに人の手足や、その他体のパーツが転がっていたりした。

  しかしそれらは少数だった。

  大半の手足や転がっていた胴などは、明らかに人間のそれでは無かった──。

 


  「なぁ。知ってるか?」

  「何をだよ?」

 

  共和国軍の四十代くらいの兵士が、隣の髭の濃い兵士に話しかけた。


  「戦争に人間は必要なくなる、って話だよ」

  「……なんだと?夢でもみてるんじゃないか?」


  髭の濃い兵士は、それはありえない話だと言うように、突っ慳貪にあしらった。

 

  「まあ、俺も最初聞いた時は、お前と同じ返事をした」

  「へぇ。んで、なんの根拠があってそんな事を?」


  髭の濃い兵士は、少し興味を持ったようだった。


  「最近のこの国の科学的な進歩は目覚ましい事は知ってるだろ?」

  「知らないな。俺は新聞は読まないんだ」

  「そうか。まあ、凄いんだよ、最近の科学ってやつは」

  「科学がなにかしたのか?」

  「そうだ、科学だ。ロボットだよ。これからの時代は、ロボットが俺らの代わりを担ってくれるらしい!配備はもうすぐ。すぐあとの奇襲作戦と同時に行われる、試験的な作戦で初めて配備されるらしい!」


  四十代くらいの兵士は、多少興奮気味に説明をした。


  「へぇ。なるほどな。もしそれが本当なら、ありがたい話だな。俺らは死なずに済み、家に帰れるってわけだ。俺は久々に女房と子供の顔が見てみたい。まあ子供の顔はまだ見た事がないが……」

  「そうか……!この前言ってた子が産まれたか!おめでとう!今度俺にも子供の顔を拝ませてな」

 

  二人は笑っていた。

  このすぐあと、二人の乗った車両は、作戦地域に入る途中の道で襲撃に遭い、砲撃によって爆破された。



  ハルは思い出した。

  確か二人の中年兵士が話していたことだ。


  『人間の代わりに、ロボットが戦うようになる』

 

  「そうすると、こいつらはロボット……なのか?」


  だが、もうロボットというには、それらは原型を留めていない、無惨な姿だった。

  殆どのロボットは、四肢が吹き飛んでいるか、体のそこら中に銃弾による風穴が空けられていた。

  辺りには硝煙とオイルのような匂い、それに敵兵のものであろう血の匂いが混じり、充満し、鼻が曲がるそうな匂いとなっていた。

  ハルはまだ動きそうなロボットが無いか探した。

  戦場から勢い良く逃げ出してしまったために、ハル自身の回収を頼む無線機を忘れてしまったのだ。ロボットくらいなら、共和国軍との通信も可能だろう、と目論んでの行動だった。


  「……あれ?」

 

  ハルは損傷の少ない1体のロボットを見つけた。

  が、ハルの目に留まった理由はそれだけではなかった。

  美しかったのだ。

  他のロボットたちと見比べても、天と地ほどの差があった。

  周りに転がっているロボットたちは、一見少女のような姿を模しているが、よく見れば人間ではない事が分かる程度のものだった。

  ただ、壁に凭れるように倒れるこのロボットは違かった。

  短く切り揃えられた透き通るような銀髪、凛とした精悍な顔立ち、細々としているが力強さを感じる体躯、艶やかな肌。

  どれをとっても美しかった。


  そのロボットは、損傷が少ないと言っても、左腕の肘から下が引き千切られたように無くなっていた。

  ただ一つだけ人間ではない、と分かるできる判断材料は、この千切れた腕から無数に延びるケーブルのようなものだろう。


  「おい聞こえるか?」


  正直どうして良いものか判断しかねていたハルは、ロボットに声をかけてみた。が、反応がない。

 

  「おい、わかるか?」


  今度は声を掛けながら肩を少しだけ揺すってみた。


  「……再起動……完了。生命反応ヲ確認。……友軍ト判断」

  「うわっ……!」


  いきなりロボットから電子音声のようなものが発せられたため、ハルは驚き後ろへ仰け反った。


  「ダメージヲ確認。……左腕ニ損傷アリ。損傷ノ修復ヲ提案シマス……」

 

  ロボットは体をピクリとも動かさずに、音声を発している。

  その外見とは真逆に感じるような、冷たく無機質な音声だったために、ハルは、これは非常時の用途などで使う音声なのだろう、と見て取った。


  「なあ、無線でもなんでもいい。軍と連絡が取れるようなものは無いか?」


  ハルはロボットに問いかけた。が、「損傷ノ修復ヲ提案シマス……」と、一定間隔で呟くだけで、何も答えてはくれなかった。

 

  「弱ったなぁ……」


  ハルがボソッと呟いた声に混じり、なにか別の音がハルの耳に届いた。

 

  「……ヘリだ!」


  ハルはヘリを見つけた途端、両腕が引き千切れんばかりに腕を振った。声は発さなかった。声を出したとしても、ヘリには届かないからだ。

  ヘリはどんどん近づいて来て、やがてハルの側に着陸した。


  「お前らはどうしてここにいるんだ、答えろ!」


  助けが来て、安心しきっていたハルは、ヘリのパイロットからの突然の怒号に驚きながらも、半ば反射で答えた。

 

  「エルリック班、第二部隊所属のハル・オールドリッジです!じ、自分は二日前に行われた奇襲作戦の生存者です!」


  その声に、パイロットは少し目を細め、構えていた小銃を降ろした。

 

  「そうか……。いや、すまなかった。まさかあの作戦の生存者がいたとは……。本部へ報告。生存者を二人確認、回収ののち帰投します」

 

  言ってそのパイロットは、本部へ報告した。


  「いえ、発見していただき、ありがとうございます。それと……こんな事を聞くのは変かもしれないのですが、何故あなたはここに?」


  「そうだな。まあ、見れば分かる通り、沢山の機械少女たちの残骸があるだろう。それを一部サンプルとして回収しに来たんだ」


  言いながらそのパイロットは、一体の機械少女と呼ばれたそれの頭の残骸を掴み、ボックスに入れてヘリに放り込んだ。


  「よし、任務は終わった。君たちを本部まで送り届けてやろう」

  「ありがとうございます!」


  ハルは、やっと助かった……と、感謝を込めてお礼を言った。


  パイロットは「ああ、気にするなよ」と言いつつ、また本部へ報告していた。

  やがて報告を終えたパイロットとハル、それに一体の機械少女はヘリに乗り込み(機械少女はハルに担ぎ込まれた)本部へと飛び立った。

  憔悴し切ったハルはやがてヘリの揺れに身を委ね、睡魔に呑み込まれた。

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