《壊滅》
また迫撃砲が着弾した。
辺りには硝煙が立ち篭め、銃器による射撃音が絶え間なく聞こえる。
「おいハル、弾薬が足りない!寄越してくれ!」
「……ああ!受け取れゲイル!」
ハルと呼ばれたその若い青年は、弾薬をせびってきた戦友ゲイルに、マガジンを3つほど投げて寄越した。
「しかし……戦況は最悪だな」
ゲイルは受け取ったマガジンのうち1つを装填しながらぼやく。
「ああ、完全な奇襲作戦って聞いていたけど。どうやらお相手方には筒抜けだったらしい」
ハルたちの共和国では、長らく隣国の連邦国との戦争が続いていた。
ここはその最前線……ではなく、相手国の補給基地近辺だった。
最前線では、別の部隊が奮闘してくれている。
ハルたちの部隊は、その隙を狙って敵の補給基地を叩く、という作戦だった。
しかしどういうわけか、その作戦が全て筒抜けだったのだ。
「まあ、今考えても仕方が無い。どうにか立て直さないとな、戦況を……」
ゲイルは言っているが二人とも、厳しいだろう、と察していた。
それは誰の目から見ようとも明白だった。
恐らく自軍で生き残っている兵士は、もう百といないだろう。
そして奇襲作戦だったために、補給路の確保をまともにしていない。圧倒的物資不足だった。
相手方といえば、残存勢力はおよそ八百。そして戦場となっているこの場所は、連邦側の補給基地だ。
このまま行けば、共和国の敗北は目に見えていた。
「クソッ、援軍はまだなのか!」
視線を横に流せば、一人の将校が悪態をついているところが目に入った。
「もう、無理だろうな……」
「ゲイル、諦めたらダメだ」
「だってそうだろう?見ろよ。もう敵がすぐそこまで来てしまっている。あと五分もしないうちに、ここに到達するだろう」
ハルが掩蔽から顔を覗かせれば、もうすぐというところまで敵兵が迫っていた。
敵兵の銃撃によって、味方の肢体が切り裂かれていく。
「ゲイル、撃ち続けるんだ。援軍が来るまで粘ろう」
「……ああ。そうだな、やろう」
ハルとゲイルは、心では分かっていた。
援軍など来るはずも無いということを。
ただこの状況では、どうしようもなかった。どうしようもなく、撃ち続けるしかなかった。
二人で戦う意思を再び決意した中、ハルは息を潜め裏取りをしようとする敵兵を見た。
「ゲイル、140度に敵兵三人!グレネードで飛ばせるか?」
「わかった」
言われるとゲイルは、手榴弾のピンを抜き敵兵に投げた。が、そのグレネードは手から離れることはなかった。
「ガッ……!」
ゲイルはくぐもった声を発し、地面に伏せるように倒れた。
撃たれた──。
「ゲイルッ……!」
ゲイルは。とても困ったように。
わらった──。
そして、ピンの抜かれた手榴弾に覆い被さった。
ドゴンッ
手榴弾の爆発する音と共に、ゲイルの体が跳ねた。
「ああっ……」
ハルは目の前の光景が信じられず、ゲイルを起こした。
即死だった。
一番損傷の酷い胸は破片によりズタズタになり、原型を留めていなかった。
「ゲイル!ゲイル……!」
呼びかけに応じる声など、勿論無かった。
いつの間にか、激しい戦闘音も無くなっていた。
ただ、規則正しい音で銃が撃たれていた。見れば、敵兵が沈黙した共和国兵士に、二発ずつ銃弾を撃ち込んでいた。
ハルは咄嗟の判断で地面に伏せた。
敵兵が近づいてくる。
敵兵は、ハルとゲイルの目の前で足を止め。
ゲイルに銃弾を撃ち込んだ。
堪え切れそうに無かった。ハルは今すぐにこいつを殺してやりたいと、そう思った。
だが、同時に恐怖が生まれた。
次は俺の番だ、銃弾を撃ち込まれるのだ、と。
「おい、鹵獲出来そうな武器があった!手伝ってくれ!」
ハルが銃弾を撃ち込まれる覚悟を決めたその時、別の兵士に呼びかけられ、ゲイルに銃弾を撃ち込んだ敵兵はこの場をあとにした。
「助かった……」
ハルは疲れ果て、まるで眠るかのようにその場に伏せ続けた。
一体どれだけの間そのままでいただろうか。
ハルには、それが何時間もそうしていたように感じられた。
敵兵の気配は感じられない。
ハルは急に怖くなった。
運が良かった。撃たれる寸前に敵兵が呼ばれていなければ、今こうやって恐怖を感じることさえできなかっただろう。
そしてハルはとうとう恐怖を堪えきれなくなり、その場から逃げ出すように戦場から走り去った。
これは二日前の話である──。