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月見坂の宇宙


 森をぬけて、小道をそのまま進んでいきますと、坂道があらわれます。

 長い坂道の向こうは、切り立ったがけがありますので、たいへんきけんです。

 むかしあったさくは、雨やら風やらに打たれてすっかりだめになってしまい、つよい風がびゅーびゅーと吹くたびに、ぐらりぐらり、がたがたとゆれています。


 あぶないので誰も近づいたりしないような場所ですが、ある晩、一匹の動物がその坂道をのぼっていました。

 ぴょんと跳ねるたび、長い耳がゆれるその動物は、なんと、泣き虫のウサギです。

 怖がりのクマとともに、おそろしいところにはぜったいに行かないようなウサギが、どうしてきけんな坂道をのぼっているかといいますと、お月見をするからなのです。



 ウサギは、お月さまを見ることが、だいすきでした。

 どうしてかって?

 なぜでしょうね。

 ウサギにも、よくわかりません。

 だけどウサギは、暗い夜のお空に光るお月さまをながめることが、とってもとってもすきでした。

 誰にだって、理由もなく、だいすきなものはあるのです。


 この坂道は、月見坂(つきみざか)と呼ばれています。

 そのなまえのいみを知りたくて、ウサギはゆうきをふりしぼって、坂道をのぼったことがありました。

 だいすきな「お月さま」のなまえがついているのですから、気になってもしかたないというものです。

 その日は、まるい満月が顔をだしていたおかげで、夜道のこわさもうすれました。

 そうしてのぼった月見坂の上は、まっくらで、ふかい崖しかない、いつも通りの場所でした。

 けれど、歩いてきた道を振りかえったとき、おどろくぐらいにうつくしい景色がひろがっていたのです。


 ウサギのまわりぜんぶが夜空になったような景色でした。

 銀色に光るお月さまが頭上ずじょうさえざえ(・・・・)とかがやいていましたし、小道に落ちている石が、ピカピカと光っており、まるで地上のお星さまです。


 これはすごい。


 ウサギはかんげきしました。

 しんぞうがどきどきしました。

 じかんがとまってしまったように思えました。


 それからというものウサギは、ときどきこっそり一匹でお月さまをながめにいくのです。

 誰かをさそってみようと思ったこともあるのですが、誰でもよいというわけではありません。

 キツネやタヌキ、アライグマもそうですが、森には夜もへいきな動物たちがたくさんいます。

 けれどかれらをさそって、いっしょにお月さまが見たいかといえば、そうではありませんでした。

 だっていつもみんな、ウサギのことを泣き虫だとわらうのです。

 そんなふうにいうやつらと、いっしょにお月見なんてできません。

 お月見というのは「ふうりゅう」なのです。



 半分ともうすこしふくらんだお月さまを見たウサギが、坂道を降りて森へ戻ってきたところ、ぴちゃんと水音がきこえました。

 こんな時間に誰か水を飲みにきているのでしょうか?

 だけど、この近くに水飲み場はないはずでした。

 ウサギは耳を伏せてふるえます。

 そっと身をひそめていると、ガサガサと草の音が聞こえてきました。

 そしてウサギの目の前に小さくて黒いなにかが現れました。


「なんだ、ウサギじゃないか」

「なんだはこちらのほうだよ、カメさん」

 地面にぺったりとはりついて、ウサギはカメにいいました。カメはふんと顔をらせてあきれます。

「一匹で出かけるどきょうがあるくせに、カメ一匹におびえるだなんて、あべこべなやつだな」

「それとこれとは、はなしがべつなのです」

「こんなところでなにをしていたんだ?」

「帰るところですよ」

「では、どこへ行っていたんだ?」

「お月さまを見に出かけておりました」

「月を? あのお空の月か?」

 カメが頭をのばして空をあおぎます。

 ウサギもつられてみあげました。

 森の木々、その隙間すきまからちらりとのぞいている光。小さな月光は、ウサギの知っている月明かりとはちがうものです。


「ここの月は遠いのですね」

 ぽつりとつぶやきますと、カメはのろりと首をかしげ、小さなくちばしを見せてわらいます。

「そうだな。だけどおれの知っている月は、あれよりきれいだぞ」

「カメさんの知るお月さま、ですか?」

「知りたいか?」

「ぜひとも」

 ウサギがうなずきますと、カメはゆっくりと反転はんてんして、来た道をもどっていきますので、ウサギはついていくことにしました。


 カメのあゆみはのろいです。

 ウサギはついつい、ぴょんと追いぬいてしまいそうになりましたが、なんとかがまんをしたものです。

 そんなウサギを、カメはおかしそうにわらいます。

 森にはさまざまな動物が暮らしていて、その特性とくせいもさまざまです。

 けれどそれはあたりまえのことで、できないことを誰もとがめたりはしませんし、うけいれるのがふつうです。おかしなことではないのです。


 カメがふだん暮らしている、小さな池にやってきました。

 ドングリ池ほど大きくはないので、ワニがやってくることもありません。ときおりカエルやアメンボなどがついついと泳いでいたりもしますが、たがいに干渉かんしょうすることもなく、自由にすごしています。

 カメは水面に顔を向けて、ウサギにいいました。

「あれがおれの月さ」

 怒りん坊のカメはいつだって怒っていますが、今はちょっぴり得意げです。

 それはそうでしょう。

 カメがうながした水面には、お月さまがゆらゆらキラキラとかがやいていたのですから。


 空の見える場所にある池。

 そこに映る、夜空の月。

 ゆれる水面みなもにたゆたう月は、ウサギの知っている月とはちがっていましたが、これもまたうつくしいものでした。

 池の中にある水草や、どこからか飛んできた青い草、色づいた葉、赤い木の実がただよい、あるいはくるくるとおどる。

 夜のしじまに、ただ静かに、絶え間なくあらたな絵画かいがをつくりつづけている。

 なんとすばらしいことでしょう。


「雨が降ったあとはもっとすごいぜ。水たまりぜんぶに月がみえる。たくさんの月をとじこめて、おれがひとりじめだ」


 池に映った月は、たしかに「池の中に月をとじこめた」ようにも見えます。

 ウサギにとってお月さまは見上げるものですが、カメにとっては見下ろすもの。

 同じ月なのに、なんともふしぎなものです。


「すごい。これもとてもよいものですね!」

「そうだろうさ」

「はい、すてきなものをありがとうございます、カメさん」

「ところでウサギ」

「なんでしょうか」

「いま、これ()といったが」

「そうですね」

「ならばおまえは、ほかにもよいものを知っていると?」


 問われ、ウサギはまよいました。

 坂の上からみる宇宙は、ウサギのとくべつです。

 仲良しのクマにだっておしえていないのです。

 もっとも、おしえてあげようにも、怖がりのクマはいっしょにきてはくれないでしょうけれど。

 だけど。

 ウサギは水面で光るお月さまに目をやります。

 カメは、とっておきのお月さまをみせてくれました。

 それはきっと、ウサギがお月さまが好きなことを知って、そうしておなじように月見をしているなかまとして、自分のお月さまをおしえてくれたにちがいないのです。

 ならば、ウサギだっておなじでしょう。


「カメさんは、月見坂をのぼったことはありますか?」

「あの長い坂道だろう? ばかをいうな。あんなところ、おれの歩みでは、のぼりきるのにどれだけかかると思っているんだ」

「坂をのぼりきったあと、そこにはすごいものがあるのです」

「あそこにあるのは、崖だろう? 絶望ぜつぼうの崖しかないはずだ」

「ぜつぼう?」

「泣き虫のウサギは知らないか。あそこはずっとそう呼ばれている。だから誰も近づかない」

「そうだったのですね」

「おおかた、月見というなまえしか、あたまにはいっていなかったんだろうさ」

「めんぼくないことです」

 うなだれるウサギに、カメはいいました。

 泣き虫のウサギがそうまでいうのだから、そこには絶望だけではない、べつのものがあるのだろうさ、と。

 うなずいたウサギは、次の晴れた日に、いっしょに月見坂をのぼる約束をしました。

 どうして、あしたにしないのかって?

 カエルが鳴いていましたからね。

 きっともうすぐ、雨が降ってきますよ。

 どうせなら、雲にかくれんぼしていないお月さまに会いたいでしょう?



 それから何日かは雨ばかりでした。

 森にはたまに、こんな日がつづきます。

 雨が降って、川にたくさん水が流れ、オンボロ橋が雨粒にうたれて、こわれそうにぐらぐらとゆれます。

 ドングリ池の水もにごり、アライグマは顔をしかめます。

 自慢の歌も雨音に負けてしまいますので、コマドリはちいさなくちばしを鳴らして、こっそりれんしゅうしてすごします。

 動物たちがそれぞれをすごしたあと、風が空の雲をどこかへつれていき、逆さ虹が空にあらわれました。

 それをみたウサギは、よおし、今夜カメをさそって宇宙を見にいこうと決めました。

 夜もけたころ、ウサギがカメをむかえにいきますと、池の前ではカメがまっておりました。

「ああカメさん、おそくなってすみません」

「なあに、どうせおれの足はのろい(・・・)のだ。先にでかけていようかとも思ったが、黙って行くのもわるいと思ったからな」

「そうですか。それでは、いっしょにでかけましょう」


 二匹はのんびりとした歩みで、月見坂へつづく小道を進みます。

 森をぬけ、長い坂をのぼりはじめます。

 ウサギは先へ進み、そうしてときどき立ちどまり、カメを待ったり、もどってきたりしながら、坂の上をめざします。

 ずいぶん時間がたちましたが、道は半分も進んでいません。

 これでは朝になってしまうかもしれません。

 はじめからむりだったんだと、カメは思いました。

 歩みがのろいカメと、泣き虫のくせにどこへだって走っていくウサギとでは、同じようには進んでいけないのです。


「もういい」

「いったいなにがいいのですか?」

「おれはもういいと、そういったんだ」

「なぜですか」

「りゆうなぞ、きくまでもないだろう!」

 カメはいつものように怒ります。

 固い甲羅こうらのように、がちがちに固まった心をウサギにぶつけます。

「どうせおれは坂の上になんて辿りつけやしない。はじめからむりだったんだよ、ああばかなことをしたもんだ」

「どうしてそんなかなしいことをいうのですか」

「かなしみではない、これはいかりだ」

「ちがいます。かなしいのです」

「おれは怒っているのだ!」

「わたしは、かなしんでいます。カメさんとともにいけないことが、かなしくてしかたありません」


 そういってウサギは泣きました。

 いつものように、泣きました。

 だけど今日は、怖くて泣いているわけではありません。

 かなしくて、さみしくて泣いているのです。


「どうしてウサギが泣くのだ」

「カメさんが泣かないから。だからかわりにわたしが泣くのです」

 道のわきに生えている草むらから、つゆが一滴、風に乗ってとんできました。

 そしてそれは、カメの上にぽつりと落ち、一筋のしずくとなって顔をつたって流れました。

 ぽたりと地に落ちた水滴をながめ、カメはずん(・・)と心がおもくなりました。

 垂れてきたこうべから、もう一粒の滴がふたたび地面へ染みをつくります。


 ああ、そうか。おれはかなしいのだな。


 カメはじぶんのこころに気がつきました。

 ウサギがいつもいつも泣いているのは、誰かのこころを思って、いっしょにかなしくなったりさみしくなったりしているからなのでしょう。

 泣き虫のウサギは、本当はこころのやさしいウサギなのだと気がつきました。


「なあ、ウサギ。悪かったなぁ」

「どうしたのですかカメさん」

「やっぱりおれは、この先へは行かれない」

「じかんがかかってもよいではないですか」

「月を見るのだろう? 雨が続いたあとの空だ。いつも以上にきれいに見えるはず」

「だからこそ、カメさんと見たいのです」

「おれにつきあっていては、間に合わない。おれはいつもの池で、おれの月をながめるさ」

 カメがわらうと、ウサギはひっしに首をふるのです。

 まったく、ごうじょうなウサギです。

 カメが身体を反転させて帰ろうとしたときです。

 じぶんのからだがふわりと浮きあがったことに気づいておどろいたときには、カメはウサギによって持ちあげられておりました。

 短い手足が、空中をかいて、わたわたと動きます。


「おい離せ、いったいなにをやっているんだ」

「わかったのですよ、カメさん。とてもよい方法ほうほうですよ」

「方法だと?」

「そうです。わたしがこうしてカメさんをかかえて、そうして坂をいっしょにのぼればよいのですよ」

 いいながらもウサギは、うしろあしをけりあげて、跳躍ちょうやくしました。

 カメのからだは、ウサギとともに空を駆けます。

 ぶわりと風がやってきて、カメの頭を通りすぎていきます。

 一歩二歩、びゅんと景色が変わり、うしろへとすぎさっていくのです。

「カメさん、だいじょうぶですか?」

「だめだといえば、やめるのか?」

「ごめんなさい。それはむりなのです」

 ウサギのへんじに、カメはくちばしをいて笑いました。

「意味のないことをきくな」

「はい、すみません」

「ウサギ」

「なんでしょう、カメさん」

「これはなかなか愉快ゆかいだな!」

「そうですか!」

「速いな」

「逃げるのはとくいなのです」

「それは自慢することではないとおもうぞ」

「はい、すみません」

 二匹はそんなことをいいながら、坂の上まで跳ねてゆき、あっというまにたどりつきました。

 ウサギはカメを地におろします。

 カメは前方にひろがる「絶望の崖」のまっくろさにおののいていましたが、ウサギにうながされてふりかえり、その景色におどろきました。


「宇宙ですよ、カメさん」

「そうだな」

「小石がお月さまの光をうけて、ああやって星のように光るのです」

「草つゆも光っているな」

「そうですね。これははじめて見ました」

「月のしずくだ」

「そうですね、とてもうつくしいです」

「これがウサギのとくべつなんだな」

「はい。これをカメさんにみせてあげたかったのです」

「ウサギ」

「はい、カメさん」

「ありがとうな」

「どういたしまして、ですよ」





 森のはずれには、長い坂道があります。

 その先には、「絶望の崖」と呼ばれる、底なしの崖があるため、誰も近づいたりしないのですが、晴れた日の晩には、二匹の動物がその坂道をのぼっていく姿が見られます。

 ぴょんと跳ねるたび、長い耳がゆれるその動物は、泣き虫のウサギです。

 ウサギの手には、しっかり抱えられたカメの姿あります。

 二匹は楽しそうに崖のある坂を上っていくのです。



 絶望の崖なんて見に行ってどうするんだい?


 たずねられると、二匹はわらっていうのです。


 絶望なんてありはしない。

 そこにあるのは、いつだって無限大の希望なのさ。





たとえばこんな、ウサギとカメ。


カメには歯がなくて、あれってくちばしなんですってねー。

知りませんでした。


12/23は満月です。

当方の住む地は、雲で見えませんでした。


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