おひるねの森のひみつ
食いしん坊のヘビですが、なにもいつもいつも食べているわけではありません。
一度にたくさん食べたあとは、すこしはおやすみだってするのです。
おなかがいっぱいになると、誰だってうごきたくなくなりますよね?
「ヘビくんは、いつもどこでごはんを食べているの?」
「それはひみつだよ」
「なんだよ、ずるいなぁ」
森の動物たちは、もんくをいいましたが、ヘビはおしえてくれません。
ヘビの食事は「丸呑み」ですから、食べたあとはちょっぴり不格好なのです。大きなくちをぱっかり開けて食べるところを見られるのも、なんだかはずかしかったりします。
今日もたくさんごはんを食べたヘビは、森の中にはいり、誰にも見つからないところでとぐろを巻いて、パンパンになったおなかをひっこめようとしていました。
生い茂った草むらに身をかくし、目をつむっていると、風の音がさわさわと聞こえてきます。
風に乗ってコマドリの歌声が聞こえ、拍手の音もしていますので、きっとみんなでコマドリの歌を聞いているのでしょう。
暴れん坊のアライグマも、コマドリの歌は大好きですし、いたずら好きのリスも、こんなときはおとなしくしています。
歓声が聞こえました。
はやしたてる口笛も聞こえます。
ああ、あれはきっと、サルだな。
曲芸をひろうしているにちがいない。
お調子者のサルはときどき、コマドリの歌にあわせて、おどったり、宙返りをしたりして、みんなを楽しませてくれます。
僕も見たかったなぁ、とヘビはまどろみの中で考えました。
ヘビだって、踊りはとくいです。
鎌首をあげて、リズムにのって、みぎにひだりにゆれるのです。くるりくるりと長い身体をまきつかせ、木の枝にぶらさがって舞うことだってできます。
森で一番、美しく踊るのはクジャクでしたが、ヘビの踊りだってすてたものではありません。
よおし、ちょっとれんしゅうしてみよう。
はらごなしの運動だ。
ヘビは長い身体をくねらせながら進み、近くにある木の上にあがりました。
横に長く伸びている枝に身体を這わせて、ヘビはぶらりと身体をゆらします。
ブランコのように、まえに、うしろに、ぶらーりぶらりとゆれていますと、森の緑と空の青さが交互にやってきます。
そうしてときどき、緑の隙間から、逆さの虹が見えるのです。
逆さまの虹を、逆さまの恰好でながめるとは、なんともおもしろいなぁ。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
七色の光が、ちかちか、きらきら、青い空にかがやいています。
しばらくそうしていましたが、ヘビは身体を起こして、枝の上にもどります。つぎに別の木へ移ったところ、声をかけられました。
「やあ、ヘビくん。げんきだねえ」
「なんだ、ナマケモノじゃないか。コマドリの歌を聞きにいかないの?」
「そうだねえ、めんどうだからねえ」
動きたくないねぇと、ナマケモノは呑気そうに声をあげ、木の幹にもたれてあくびをしました。
ごはんをたくさん食べたあとに、のんびりするヘビとちがって、ナマケモノはいつも、どこかの木の上で、のんびりと横になっています。なまけ者のナマケモノなのです。
そのなかでもこの辺りは、ナマケモノがのんびりできる木がたくさん生えている、「おひるねの森」です。
ゆっくりのんびりしたいとき、ヘビはいつもここへくることにしています。
「いつも木の上にいて、つまらなくはないの?」
「そんなことはないよ。ほうら、逆さの虹が見える。とってもきれいだ」
ナマケモノが指さした先には逆さまの虹があり、それはちょうどドングリ池の方向で、キラキラ光る水面の上にかかっていました。
ヘビはおどろきました。
こんな虹は見たことがなかったからです。
ナマケモノはいいました。
今日はドングリ池の虹だけど、昨日はねっこ広場の虹だったよ。
それから、お椀丘の時もあるし、黄金草原の時だってある。一本杉にかかる時もあるし、まっくろ岩の時もある。
のぼった木によって、虹が見せる景色がたくさんあるんだ。
毎日いろんな虹が見られるから、ちっともたいくつではないよ。
いつもいつも木の上にいる、ナマケモノだからこそ知っていることでした。
森の仲間たちとおしゃべりするのも楽しいけれど、こんなふうな「楽しみ」もあるのだと、ヘビは知りました。
「ナマケモノは、すごいんだね」
「ちーっともすごくないよぉ。いろんなことができる、みんなの方が、ずっとずーっとすごいよ」
「そんなことはないよ。ナマケモノは、きれいな景色をみつけるのが上手なんだよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
「なら、それでいいよぉ」
大きくあくびをして、ナマケモノは目をとじました。まばたきをする間に、眠りについてしまいます。
すやすやと、気持ちよさそうな寝息がきこえてきたので、ヘビは起こさないように、そおっと地面におります。なるべく草をゆらさないようにして、その場所からはなれました。
そして、コマドリがいつも歌っている、「うたごえ広場」に行くと、虹のひみつをおしえてあげました。
コマドリはその場で高く上がりますと、やがて楽しそうにまわりはじめます。
「まあまあ、すてき。とってもすてき」
「どんなふうにみえるんだい?」
「それはそれは、とってもすてきよ」
「それじゃあ、わからないよ」
「だってほんとうにすてきなんだもの。だからわたしの歌で表現するわ」
サルは素早い動きで、するすると大木の上にまでたどりつくと、葉っぱのかたまりからひょっこり顔を出して、「やあやあ、これは」と感嘆の声をあげました。
「サルさんサルさん、どんなふうに見えるのだい?」
「とてもすごいよ。こんなふうに見える虹は、今まで見たことがなかったよ」
「そうよね、細くて長くて、きれいだわ」
「いやいや、太くて豪快だ」
コマドリはいって、サルが反論します。
見えている景色はきっと違うのです。
同じものを見ていても、同じ気持ちにはならないのです。
みんなはわくわくして、それぞれ自分がいつもいる場所へ向かいました。
そして、どんなふうに見えたのか、話し合うのです。
じぶんがもっとも一番だと思う場所に案内しては、自慢しあいました。
「ヘビさんの一番はどんな場所?」
「それはひみつだよ」
「なんだよ、ずるいなぁ」
だってそれは、おひるねの森ですから。
みんながいっせいにやってきては、困るのです。
色々な逆さ虹が見られるとっておきの場所は、ヘビとナマケモノのひみつです。
視点が変われば、見えるものも違います。
感じ方、捉え方、受け止め方。
人生、色々です。