根っこ広場のうそほんと
根っこ広場には、たくさんの根っこがあります。
うねうねとした根っこが、土の中から飛び出して、他の根っことケンカをしているように、あっちこっちにからまっています。
暗い夜になると、まるで根っこがおそいかかってくるようにもみえるので、怖がりのクマなどは、おそろしくて近寄ることもできません。
それに、根っこ広場にはこわーい噂もあるのです。
嘘をつくと、根っこにつかまってしまうとか。
からみあった根っこのろうやに入れられて、出てくることができなくなってしまうというのです。
だからみんな、根っこ広場には近づきません。
うっかりつかまってしまったら、たいへんです。
「そんなことがあるもんかい。根っこなんて、引っこ抜いてしまえばいいのさ」
タヌキは、おかしそうに笑いました。
「ではタヌキさん、根っこ広場で嘘をついておくんなさいよ」
「嘘なんてものは、つこうと思ってつくものではないよ、リスくん」
「なに言ってるんだい、おまえさんはいつだって嘘ばかりじゃないか」
「そうだよ、嘘をつかないことがあったかい?」
タヌキの嘘にいつも振りまわされている動物たちは、口々に文句をいいます。
けれどタヌキは、鼻をならしてわらうのです。
「いやだねぇ。知ってるかい? 嘘を通せば、本当になるんだよ」
「まったく、タヌキのいうことは、本当にあてにならないよ」
「まあまあ、タヌキさんだって、悪いやつじゃないんだから」
「キツネはすぐそうやってタヌキをかばうんだ。本当に、お人好しだねぇ」
タヌキの嘘に、いちばん迷惑をこうむっているのは、きっとキツネでしょう。
お人好しのキツネは、いつだって誰かの話をしんけんにきいて、手助けをしてくれるのですから。
その「誰か」というのはタヌキだけではありません。森の動物みんな、です。
けれど動物たちは、めいわくをかけるのはタヌキだけだと思っています。
キツネがいつだってたいへんなのは、タヌキのせいだと思っているのです。
コマドリが歌いつづけて、みんなが飽きてしまっても、キツネはずっと歌をきいています。
泣いてばかりいるウサギの隣にすわって、コンコンと話をきいてあげます。
怒りん坊のカメをなだめて、アライグマと一緒に甲羅をきれいに洗ってあげたりします。
のんびり屋のワニとひなたぼっこもしますし、いたずらをしたリスを連れて、いっしょに謝りにまわったりもするのです。
今日もキツネは逆さ虹の森をひょこひょこ歩きながら、ときおりかけられる声に、ニコニコあいさつをかえしています。
森の中を歩いて、黄金草原に辿りつきました。
黄金草原は、そのなまえのとおり、黄金色にひかる草原がいっぱいにひろがっている場所です。
風にさわさわと揺れると、シャラシャラときれいな音を響かせるため、キツネはこの場所がだいすきでした。
じぶんの毛皮のいろにも似ていて、身をかくすことができる場所でもあります。
考えごとをしたいとき、キツネはいつもここへ来ます。伏せっていると、身体をすっぽりとおおってくれますから、誰にも見つからないからです。
いつだってみんなの世話をやいているキツネだって、たまにはのんびり、ひとりになりたいこともあるのです。
さわさわ
シャラシャラ
風の音がきこえます。
お日様がぽかぽかとあたたかな光をふらせて、とっても気持ちがいいです。
遠くでコマドリが歌っています。
どしん、と響く音は、イノシシがどこかにぶつかった音でしょうか。
ああ、イノシシさんったら、また一直線に走ったのだねぇ。
ウサギさんがおどろいて、泣いていなけりゃいいんだけれど。
そうやって泣いてばかりいると、リスくんにまたからかわれてしまうよ、ウサギさん。
キツネはくすりとわらいます。
「なんだい、寝ているのかと思えば、ずいぶんとたのしそうだね」
「おや、タヌキさんじゃないですか。どうしたんですか?」
「コマドリがうるさいから、逃げてきたのさ」
「おやおや」
そういってタヌキは、キツネのとなりにゴロリと転がりました。
あおむけになり、鼻をひくひくいわせています。
「ところでキツネは、いつまでそうしているつもりなんだい?」
「そうだね、今日はお天気がいいから、日が暮れるまでいようかなぁ」
「ばかなことを言ってるんじゃないよ。そんなことをきいているんじゃないって」
「――タヌキさんは、しつこいねぇ」
「おれがしつこいなら、キツネもたいがいしつこいだろうさ」
「そうでしょうか」
「いつまでたっても、みんなの世話ばかりやいて。あんなものは、放っておけばいいのに」
「そういうわけにはいかないよ。困っているじゃないか」
「困らせておけばいいんだ」
タヌキがいっても、キツネはそれこそ困った顔をします。
こいつはほんとうにやっかいなやつだ。
タヌキはためいきをつきました。
キツネとタヌキは、小さな頃からいっしょの仲良しです。
だから、キツネのお人好しっぷりも、むかしから知っているのです。
いつもいつも、だれかのためにがんばっているキツネ。
キツネがわらってゆるしてくれるから、すこしのいたずらぐらい、たいしたことがないとリスが思っていることを、タヌキは知っています。
きっとキツネがなんとかしてくれるさ。
キツネに頼めばいい。
みんながそんなふうに考えていることを、タヌキは知っています。
それはほかのどんなことより、ずるくてひどいことだと思いました。
だから、いっそ世話などやめてしまえばいいと思ったのですが、キツネにとってそれは「あたりまえ」のことなので、禁止されてしまうと、よわってしまうようなのです。
タヌキは考えました。
いったい、どうすれば、じぶんたちがキツネに頼りきりであると、わかってくれるのだろう。
きっとキツネは、森にいるかぎり、誰かしらのために走ってゆくのでしょう。
ふさふさのしっぽを振りながら。
黄金色の毛皮をなびかせながら。
緑の森を走るのです。
では、それをできないようにしてしまえばどうだろう。
といっても、どこかに閉じこめてしまうわけにもいきません。
ちゃんと息ができて、ごはんだって食べられて、寝ることにも不自由しない、そんなべんりな場所なんて、はたしてあるでしょうか?
そうだ。あそこにすればいい。
ひとつ思いついたタヌキは、キツネに提案しました。
しぶるキツネを連れて、タヌキはある場所に向かいました。
たいへんだ。キツネさんが、たいへんだよ。
泣き虫のウサギが、やはり泣きながら森の中をぴょんぴょん走りまわります。
どうしよう。たいへんだよ。どうしよう。たいへんだよ。
ウサギが泣くのはいつものことですが、あまりにもさわぎたてますので、いったいどうしたのかと、動物たちはぞろぞろ集まってきました。
動物みんながあつまれる広い場所といえば、うたごえ広場でしょう。
一匹、一匹と広場にあつまってくると、サルがウサギにたずねました。
「どうしたってんだよ、ウサギ」
「ああ、サルさん。たいへんなんです」
「だから、いったいなにがたいへんなんだよ」
「ウサギはいつもおおげさなんだ。こんなときはキツネがなだめてくれるだろうに」
「おや、そういえば、キツネがいないじゃないか」
「ほんとうだ。おかしいねぇ」
「そのキツネさんです。たいへんです、根っこにつかまってしまいました」
ウサギは長い耳を伏せ、ぶるぶる震えています。
動物たちは、顔を見合わせました。
そこへやってきたのは、タヌキです。ひゅーひゅーと下手な口笛をふきながら、なんとも気楽そうに歩いてきました。
「どうしたんだい、みんなおそろいで」
「ああ、タヌキ。たいへんなことになったんだ」
「なにがだい?」
「キツネが根っこにつかまっちまったらしい」
「なんだって? どうしてそんなことに?」
「知るもんかい。ウサギ、どうしてなんだい?」
「わたしだって知りませんよぅ。さっき前を通りかかったら、根っこのすきまから、キツネの黄金色がみえたのです」
動物たちは不安そうな顔をうかべています。
こんな時、落ちついてはなしを聞いてくれるキツネは、その根っこ広場につかまってしまっているのです。
バサバサと羽音がしました。
コマドリが枝の上をみると、そこには物知りのフクロウが来ていました。
「フクロウ。キツネが根っこ広場でつかまってしまったらしいのです」
「それは難儀なことであるのう」
「どうしたらよいのでしょう」
「それは、みながどう感じるかによるであろうよ。なあ、タヌキ」
「そうだな、フクロウ。あんたはきっと、そういうふうにするだろうと思っていたよ」
「さあて。では我は、我の思うようにしようではないか」
フクロウは翼を広げ、空へ飛び立ちました。
みんながなんとなく追いかけていきますと、フクロウは根っこ広場へ向かい、そうして根っこの中心へ降りたちました。
根っこの中に向かって、なにかはなしかけていますが、どんなことをはなしているのか、まるで聞こえません。
「フクロウはいったいなにをしているんだろう」
「あんなところにいたら、フクロウまで根っこにつかまってしまうかもしれないよ」
根っこ広場の入口で、動物たちははなしますが、誰も広場へ入ろうとはしません。
嘘をつくと、つかまってしまう根っこ広場です。
うかつなことは言えません。
だってあのキツネですら、つかまってしまっているのです。
ほんとうに小さな嘘でも、見逃してくれないとなれば、近づくことだっておそろしいでしょう。
誰もが尻込みするなか、タヌキはいいました。
「なにをやっているんだい、キツネを助けるんじゃないのかい?」
「そうはいうけどタヌキさん。あのキツネさんですらああなのです。わたしなんて、どうなることやら」
「ぼくだって、あんな根っこにつかまったら、身動きとれなくなっちゃうよ」
大きな身体のクマが、大木の影にかくれます。
いつもならクマをからかうリスでさえ、なにもいいません。
タヌキはいいます。
「ならばリス。おまえの身体ぐらいなら、根っこのすきまを通っていけるだろう?」
「じょ、じょうだんはやめておくれよタヌキ。根っこは太いばかりじゃないんだよ。細い細い根っこが、たくさんたくさんあるんだよ。からめとられちまったら、ぼくだってむりさ」
「そうだイノシシくん。きみのいつもの体当りで、根っこを壊してしまえばいい」
「それはいい考えだ!」
「イノシシくんの勢いなら、太い根っこだってバラバラになるよ」
「どうしておれが、そんなおそろしいことをしなきゃならないんだ」
イノシシはふんがいします。
動物たちは、さわぎます。
タヌキはタタっと走り、根っこの中心へいきますと、中にいるキツネにこっそりといいました。
「ほれみろ、あいつらときたら、いつもはキツネに助けてもらうくせに、助けようともしやしない。はくじょうなやつらだ」
「よいのですよ、タヌキさん。見返りはいらないのです」
「……だからばかなのだ、おまえは」
フクロウがホウホウと鳴きました。
雨が降りはじめました。
動物たちは、あわてて雨宿りにむかいます。
タヌキは根っこのもとで、うずくまりました。
「タヌキさん、こちらへおいでなさいな」
「二匹も入れば、狭くなるだろう」
「いつものことではありませんか。木の葉を掃除しましたし、伸びた根っこも、どかしました」
「ならば、そうしようか」
「そうしましょう」
タヌキは根っこの間に顔をつっこんで、身体をすべりこませます。器用にすきまを進むと、根っこにおおわれた空間へたどりつきます。
そこは根っこの下にある空洞で、キツネとタヌキが小さな頃からあそんでいる、秘密の隠れ家でした。
たくさんの動物たちが集まってくるのがいやで、タヌキは「根っこ広場の噂」を流したのです。
嘘つきタヌキがいうことなのに、それを「嘘」だと思わずに、みんなはすんなりと信じました。
ドングリ池のように、森の動物たちは「噂」にびんかんで、疑うことをあまりしないのです。
「冬のあいだは、やっぱりさむいもんだね。やっぱり夏にくるところだよ」
「そうですねぇ。冬はやっぱり黄金草原です」
「ちがいない」
二匹は寄りそって、眠りにつきました。
お人好しって、裏を返せば、いいように利用されてしまうのではないかと思いました。
なんでも解決してくれる頼りになる人に、お任せしてばかりじゃダメですね。
幼馴染は良いものです。
ビバ、仲良し。