ドングリ池の神さま
ぽちゃん
ぽちゃん
ひとつひとつ、小さなドングリが池にほうりこまれます。
逆さ虹の森にあるドングリ池は、冬でも凍らないふしぎな池です。
よく澄んだきれいな池は、水底の草までも見通せるぐらい、きれいな水でいっぱいになっています。
ドングリ池には、ひとつ噂がありました。
それは、「ドングリを投げこむと、願いがかなう」というものです。
森にすむ動物たちは、こころに抱いた小さな願いをかなえるために、ぽちゃんぽちゃんとドングリを投げ入れるのです。
歌上手のコマドリは、もっともっと歌がうまくなるように、小さなくちばしに咥えた、小さなドングリを、空からそっと落とします。
ドングリ池の神さま神さま、もっともーっと歌がうまくなりたいの。
わたしのお願い、きいてちょうだい。
食いしん坊のヘビは、もっともっとおいしいものがたべられるように、ぽちゃんぽちゃんとドングリを落とします。
ドングリ池の神さま神さま、もっともーっとおいしいものが食べたいよ。
ぼくのお願い、きいてちょうだい
森でいちばん怖がりのクマは、そっとそーっと池にいって、ぽちゃんぽちゃんとドングリを投げ入れます。
ドングリ池の神さま神さま、どうかどうか怖がりをなおしてください。
ぼくのお願い、きいてください。
まいにちまいにち、動物たちはお願いごとをしにやってきます。
いたずら好きのリス、お人好しのキツネ、泣き虫のウサギ、熱血漢のイノシシ、お調子者のサル。
たくさんの動物たちが、それぞれの願いをむねに、ドングリを投げこむのです。
さいわいドングリに困ることはありません。
逆さ虹の森には、たくさん木が生えていますから、ありとあらゆる場所に、ドングリが落ちているのです。
とくに、ドングリ畑と呼ばれる場所には、取っても取っても、取りきれないぐらい、ドングリが落ちています。
ドングリが欲しければ、ドングリ畑に行けばよい。
どんな動物も、ドングリ畑で、安心して手に入れることができました。
ぽちゃん
ぽちゃん
小さなドングリは、ゆらゆらと池をただよい、やがて沈んでいきます。
それをながめては、ああ、神さまがお願いを聞いてくれたんだと、おもいます。
池にはドングリがいくつも沈んでいますので、どれがじぶんのドングリなのかはわかりませんが、それでも神さまが、みんなのお願いを受け止めてくれたことには、かわりありません。
だってほら、あんなにもたくさんあったドングリは、気がつくと消えてしまっているのです。
動物たちは、よろこびます。
ほうら、見てごらんよ。願いごとのドングリが、なくなっている。
神さまがぼくらの願いをきいてくれたんだ。
コマドリさん、そういえば、きのうよりもずっと声が澄んで聞こえるよ。
あら、そうかしら。わたしも、そうじゃないかとおもっていたのよ。
ヘビさんヘビさん、紅葉の小道で、珍しい実を見つけましたよ。
これはすごい、ありがとうキツネさん。
いたずら好きのリスだって、ドングリ池にはいたずらを仕掛けないのです。
だって、神さまにそっぽをむかれては困ってしまいますからね。
ぽちゃん
ぽちゃん
今日もドングリは池に投げこまれます。
みんなの願いを溜めこんだドングリが、たくさんたくさん積もります。
怖がりのクマと泣き虫のウサギは、ある日かんがえました。
いったい神さまは、どこにいるのだろう。
あのドングリは、いったいどこへ消えていくのだろう。
怖がったり泣いたりばかりしていたクマとウサギは、その正体をたしかめてみようとおもいました。
神さまのおかげで自分たちは強くなったのですから、それぐらいのことはきっと、かんたんにできるはずです。
ある日、クマとウサギは、ドングリ池にこっそりと近づきました。
昨日はたくさんドングリが投げ入れられたので、そろそろ神さまがあらわれるのではないかとおもうからです。
ゴソゴソ、ガサガサ。
ウサギは草むらに、クマは木の影に、それぞれ隠れて、池のようすをうかがいます。
ドングリ池の表面がゆれて、池の中からなにかが出てきます。
のっそりと顔を出したのは、カメでした。文句ばかりをいう、怒りん坊のカメがそこにいました。
カメは池を泳ぐと、岸に手をかけて陸へ上がります。その背中には、蔓で編んだ小さな袋があり、袋のなかには、たくさんのドングリが入っているのがみえました。
それでは、まさか、カメが「神さま」だったのでしょうか?
顔を見合わせるクマとウサギをよそに、池のふちには、あらたに動物があらわれます。
待っていたぜ、アライグマさんよ。
よお、カメよ。今日も、ひと仕事はじめようじゃないか。
カメが地面においたドングリを、アライグマは池で洗いはじめます。
池のふちに座りこみ、毛皮がぬれるのもいとわずに、小さなドングリをぴちゃぴちゃと洗っているのです。
その間、カメがなにをしているかといえば、再び池にもぐると、沈んでいるドングリを集めて、陸へ持って上がるのでした。
カメが拾い、アライグマが洗う。
かたわらに広げた大きな木の皮のうえに、ドングリを転がして乾かします。
上空にあらわれたコマドリは、暴れん坊のアライグマがいるのをみつけると、飛び去っていきます。
ドングリを投げいれようとやってきた動物たちは、アライグマのうしろ姿を見ると、こそこそと去ってゆくのです。
願いごとをする時は一匹でなければならない、という決まりはありませんが、みんな、なんとなく自分だけでお願いをします。
池に誰かがいるときは、時間をあけて願いにくるのが、暗黙の了解となっていました。
相手が暴れん坊のアライグマですから、よけいに気をつかうのは、当然でしょう。
たくさんのドングリすべてを拾い、洗い、乾かし終わると、アライグマはドングリを木の皮で包みます。そうしてカメにあいさつをしてから、スタスタと去っていきました。
ウサギとクマは、離れた場所からアライグマのようすを見守ります。
あのドングリをどうするつもりなのでしょうか。
願いごとをたくさんする為、一人占めするのかもしれません。
あるいは、ドングリを集めて集めて、森からドングリをなくしてしまって、願いごとができないようにするつもりかもしれません。
そんなことを考えながらこっそり付いていくと、アライグマはドングリ畑にやってきました。そうして持っていた包みの紐を解くと、ドングリ畑にばらまいたのです。
放たれたドングリたちは、おもいおもいの場所へ転がっていき、そうしてドングリ畑は、その名前にふさわしい、ドングリにあふれた場所になりました。
満足そうな顔をしたアライグマは、あしもとにあるドングリをひとつ手に取ると、いきおいよく上へ放り投げました。そして、何度か手の平を打ちあわせ、まるで拍手をするような仕草をしています。
パンパンパンパン
手を打ち鳴らしたとおもえば、ふと止めて、そうして落ちてきたドングリを、手で受け止めました。
一体なにをしているのでしょう?
ふしぎに思った時、アライグマがいいました。
これがオレの願いことのやり方さ。
願いごとをしながら、手を打ち鳴らす。
ドングリを投げて、落ちてくるまでの間に、何回手を鳴らせるのか。
その回数が多ければ多いほど、オレの勝ちだ。
落としちまったら、負けになる。
どこで止めるか、そのギリギリのげんかいをねらうのさ。
池に投げちまって、どうするんだ。
神さまってのは、お空の彼方にいるもんだろう?
だからオレは、空に投げるのさ。
どうやらアライグマは、ウサギとクマに気づいていたようです。
ぴょんぴょん跳ねるウサギと、大きな身体のクマですから、こっそり気づかれないように、などというのは、むずかしいでしょうね。
ウサギはたずねました。
どうして、あんな風に、こっそりとドングリを回収しているの?
アライグマはこたえます。
願いごとをしたくなる気持ちはわかるけれど、投げ入れてばかりいては、池が汚れてしまう。
底が見えるぐらいにきれいな水ですから、沈んだドングリだって見えてしまう、ということです。
たしかに、あんまりです。
せっかくのきれいな池が、台無しです。
水場で過ごすカメにしてみれば、いい気持ちにはなりません。怒りん坊にもなるというものです。
たしかにそうだ。
僕たちで、ドングリ池をきれいなままで残していかなくちゃ。
その日から、クマとウサギは、ドングリ畑で、ドングリを空に投げる願いごとを始めました。
ドングリを拾いにやってきた動物たちは、二匹にたずねます。
いったい、なにをやっているんだい?
これかい? これは、天の神さまへのお願いごとさ。
池にたくさん沈んだドングリよりも、こうやって空を舞ったり、木の葉と一緒に敷きつめられている方が、ずっときれいじゃないか。
それからというもの、ドングリ畑では、パンパンと手を打ち鳴らす音が響き渡るようになりました。
オイラの方がずっと高くドングリを投げられた。
僕だって負けていられないね。
手を鳴らすことのできない動物は、それぞれの方法で、ドングリを使って神さまへ願いごとをします。
コマドリは高低差をつかって、ヘビはぐるぐるととぐろを巻いて。
アライグマはどうしているかって?
きれいなドングリ池のほとりで、今日もドングリを洗っています。
だって空に投げた時、そっちの方がきれいですからね。
ドングリ池の設定を見た時、まず頭に浮かんだのは、コインや石を投げ入れる、観光地の願掛けスポットでした。
きれいな池でも、ドングリばっかり投げてたら汚れるんじゃないのか?
Stop the 環境破壊
カエサルの物は、カエサルに。
ドングリは、森に返しましょう。