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八月十三日
今日はお盆前だということもあり、いつも以上に客が来ない。
しかし、日陰だからかこの商店街を通りぬける人は多かった。
あれだけ人がいて、僕がいる店には誰も寄ってきてはくれないとは・・・。
目の前を通り過ぎて行く学生に、
「参考書ぐらい買いに来い」
と叫びたくなった。
暑すぎて死にそう。
通り過ぎて行く学生の中の一人がそう呟いた。
確かに今日はまた一段と暑いとは思うが、どう頑張ってもこの程度じゃ死ぬことはないだろう。
まだ若いんだから。
歳なんか関係なくそんなバカみたいなことを言っている奴は、実際に死にたいと思ったことはないのだろうが。
一度でも死のうとした人には分かると思うが、死ぬなんてことそう簡単にできやしない。
今まで経験したことのない痛みや苦しみを伴うのだから当たり前だ。
「死ぬのが怖い。」
そう思うのがこの世界の常識である。
いきなり、こんなことを言うとカッコつけていると思う人が大半だろう。
しかし僕は、カッコつけている訳ではない。
「暑すぎて死にそう。」という言葉について思ったことを述べただけだ。
もう一度言う、決してカッコつけている訳ではない。
素でそんなことを言えるのは中二病という完治させることがとても難しい病気に侵されているモノだけであるというのが一般的であるが、僕は中二病ではないはずだ。
いや、絶対に違う。
そう宣言できる理由としては、僕が好きな物語は全て現実的なものだからという点があげられる。
シンデレラや白雪姫といった、現実味にかけている作品には興味がない。
むしろ、そんで世の中の子供たちを騙していると考えると怒りすら覚える。
だから僕は、このような絵本で子供に夢を見させ、大きくなってからあの物語は嘘なのだ。
と気付かせる悪質な行為を『絵本詐欺』ということにした。
もちろん僕も、絵本詐欺の被害者だ。
この詐欺は基本的に全ての家庭で行われている。
犯人は字の読めない子供に読み聞かせている母親や父親、または兄弟なのだから。
僕が詐欺にあっていると気付いたのは6歳のときだった。
比較的早く漢字を含む字がよめるようになった僕は、中高生向けの本を読みその事実を知った。
ピンチの時都合よく現れてくれる妖精なんかいやしない。
ピンチのときにやってくるのは焦りと混乱だけだという悲しい現実を。
それからは学校の図書館に毎日通い、本を読み漁っていた。
本を読むことでこの世界を知ることができると勘違いしていたのだ。
たまたま読んだ本が現実的な設定というだけだった。
きっとあの頃の僕は調子に乗っていたのだろう。
そのことに気づいてからも、僕は図書室に通うことを止めようとはしなかった。
学年を追うごとに難しい漢字が読めるようになったので、本を読むスピードが上がっていったので、
図書室にある本はほとんど読んだことのない本がなくなってしまった。
そこで僕は図書室にいつもいる司書のお姉さんが読んでいる本に目をつけた。
「何の本を読んでいるんですか?」
お姉さんは読書を邪魔されたのが気に障ったのか、一瞬怪訝な顔をして答えた。
「柊剛人よ」
聞いたことのない名前に心が踊らされた。
「読んでみたい!」
そういうとお姉さんは少し嬉しそうに微笑んで、
「明日、これとは別の本を持ってきてあげる」
「やったー!」
若い女の人に話しかけるときは子供らしくリアクションをオーバーに取るといいということは、前に読んだ本で予習済みだった。
「君、何年生?」
しかしこういう態度を取ると、向こうがどうでもいいと思われる情報を聞き出そうとしてくるのが厄介だ。
「ほら、4年生だよ」
この流れで名前まで聞かれそうだったので、僕は名札を見せた。
「かわいいお名前ね」
僕はかわいいと言われるのが嫌いだった。
なぜか少し気分が悪くなるのだ。
「ありがとうございます。あ、そろそろ教室に戻りますね」
そういって図書室を出てきたが、今から教室に行く気なんてない。
行くのは保健室だ。
あの場所は快適だし、大人に訳ありな可哀想な子と思われている僕にとってとても居心地がよかった。