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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
タヌキは不安定
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第九話 皇帝に陳情する皇女

 ぜーぜーと息を切らせて、医務室から医師が走って来た。第三騎士団だからと、気を利かせて女医を連れて来てくれた。白衣を着た赤い髪をした、恰幅の良いおばさんだ。

 ついでにミーティアも来た。急いだのだろう、頭の上に丸く纏めた黒い髪は、ピンピン跳ねていた。

 

「あらまぁ。酷いもんだね」


 女医は怪我人を見慣れているせいか、慌てることはなかった。持ってきた鞄から瓶や布などを手際よく取り出して、治療の準備にかかっている。


「誰か、調理場に行って、お湯を貰ってきておくれ」

「あ、あたしが――」

「あたしが行くわよ。あんたはそこで指示をだして」


 テリアは、動こうとしたキャスリーンを手で制して、廊下に出た。だが廊下は騒ぎを聞きつけた野次馬で溢れていて、押し合いへし合いになっている。広いとはいえない廊下に人が集まると通れない。


「ほら、退()いて退()いて!」


 テリアは野次馬を押し出すように進んでいった。





「あと、添え木になるようなモノが欲しいわね」

「取ってくる」


 今度はタイフォンがそう言い残して、部屋から消えた。ミーティアはこっそりと、散らかっている書類を拾い集めている。一枚一枚、汚れがないかのチェックもしていた。そして周囲を見渡し、ある一点を見て眉をひそめた。


「何をしたらこんな怪我するんだい? 襲われでもしたかい?」

「いやぁ、転んで、しまいまして」


 女医が呆れた顔で問うが、ローイックは苦笑いするばかりだった。


「姫様ちょっと」


 片付けをしていたミーティアがキャスリーンを手招きしていた。キャスリーンはローイックに「動いちゃダメだからね」と釘を刺してから立ち上がり、ミーティアの傍に向かった。


「何者かが入り込んだようです」


 ミーティアはキャスリーンに耳打ちしながら、机の上の倒れた発光石ランプと床に落ちたペンを指した。


「彼の言う通り盛大に転んだとしても、机の上の発光石ランプが倒れてペンが転がるのでしょうか? あの顔の腫れもそうです。姫様には、お心当たりが御座いますか?」


 キャスリーンは昨日の朝方の事を思い出した。ホークに絡まれた時にローイックが助けてくれたことをだ。

 もしや逆恨みか、と思い、悔しくて唇を噛んだ。

 そして何があったのかをミーティアに小声で話した。予想ではあるが、犯人のことも。


「……あんな細い腕で無謀なことを」


 ミーティアは、ローイックを見て呆れた風のため息をついたが、表情を戻し「一つ、提案があります」と話し始めた。









「まったく!」


 キャスリーンは宮殿の、豪華に飾られた廊下を早足で歩いていた。眉間に皺をよせ、すれ違う人が振り向いてしまうくらい、厳しい顔をしていた。

 なるべく深刻な顔をしてください、とミーティアにしつこく言われていたのだが、ローイックが大怪我をしたことで、嫌でも険しい顔になっていた。


「ただじゃおかないんだから!」


 カツカツと不機嫌にブーツを鳴らし、キャスリーンはある部屋に急いだ。





 キャスリーンは廊下を大分歩いた先にある、歴史がありそうな古ぼけた扉の前に来ていた。深呼吸をし、乱れた息を整えると、厳かに扉をノックした。


「キャスリーンです」


 キャスリーンが名乗ってから数秒で扉が開いた。「失礼します」と一声かけ、キャスリーンは中に入る。やや大きめの部屋だが、調度品はテーブルと椅子のセットに本棚程度で、非常に飾り気のないものだった。

 中では打ち合わせでも行われていたのか、キャスリーンの父であるレギュラス皇帝と、白髪頭の男性が向かいあって座り、キャスリーンを見てきた。

 白髪頭の男性は帝国の宰相のヴァルデマル・シェルストレームだ。

 有能であるが故の苦労性。

 額と頬に深く刻まれた皺が、彼の苦労を物語っていた。


「なんだ、急用か?」


 皇帝が眉を寄せてキャスリーンに用件を聞いた。急ぎでなければ後でにしろ、ということだ。


「昨晩、暴漢が第三騎士団に侵入し、所属の文官が負傷しました!」


 キャスリーンは胸を張り、凛とした声で報告をした。


「なに?」

「つきましては、宮殿の警護を担当する第一騎士団に警護体制の強化、及び暴漢の逮捕、処罰を要求します。また、第三騎士団の騎士が襲われる可能性があるので、宮殿内での帯剣の許可をお願いします!」

「キャスリーン殿下、お待ちください。そう、まくし立てられても、理解が追いつきませんぞ」


 キャスリーンが一気に話したからか、宰相のヴァルデマルが手を掲げ、話に割ってはいった。レギュラス皇帝も、落ち着け、といいたげな顔だ。


「昨晩、残務をしていた文官が何者かに襲われ大怪我をしました。左腕を骨折しており、現在医師の治療を受けています」

「誰に襲われたのですか?」

「分かりません。ですので、第一騎士団による警備態勢を強化して欲しいのです」


 そこまで聞いた宰相は、腕を組み「それは分かりますが」と答えると、キャスリーンは畳み掛けるように話し始める。


「襲われたのは、偶々男性でした。我が第三騎士団は、女性のみで構成されておりますゆえ、その様な不埒者がいるとなれば、自らの身を護らねばなりません! それにその犯人も捕まってはおりません。ですから、我々に帯剣の許可をいたたきたいのです。アーガス王国――」

「待て。キャスリーン、少し落ち着け!」

「落ち着いていられません。もしこれが女性の騎士であったらもっと酷い事になっているのです! 落ち着けるわけがありません!」


 皇帝が止めようともキャスリーンは話し続ける。これはミーティアにそうしろと言われているからである。険しい顔でまくし立て、強引にでも要求を認めさせる作戦だ。

 宰相も困った顔をした。またキャスリーンの我がままが始まったと思っているのだろう。キャスリーンの我がままは今に始まったことではない。これは宮殿内の常識だ。


「アーガス王国から使節団が来るというのに、宮殿の治安が悪いなど国の恥です! ましてや怪我をした文官の知り合いが来るというではありませんか。こんな事が知れたら、相手に馬鹿にされるだけではないですか!」

「ちょっと待て。今、なんと言った?」


 キャスリーンのまくし立てに皇帝が待ったをかけた。キャスリーンは、かかった、と思ったが顔には出さずに「国の恥」ですか?と、とぼける。いきなり核心に触れるのはよくない。


「今、文官の知り合い、と仰いましたか?」

「まさかローイック・マーベリクが怪我をしたと?」


 宰相が怪訝な顔をすれば、皇帝も同じく怪訝な顔になった。二つの困惑した視線がキャスリーンに注がれている。


「そうですが、何か?」


 キャスリーンの答えに二人は顔を見合わせた。そして皇帝は傍に控えている侍従に「ホークを呼べ」と命令をした。想定通りに事が運び、キャスリーンは心の中で、ローイックに怪我をさせた罪は重いわよ、と叫んだ。





「お呼びでしょうか」


 優男の仮面を付けたホークが、爽やかな雰囲気を纏い、部屋に入ってきた。キャスリーンに気が付き、流し目でニコリと微笑んだ。そんな彼女の額からピキと音がした。


「昨晩賊が侵入したらしい。第三騎士団で被害があった。何か知らぬか?」


 レギュラス皇帝が問いかけるが、ホークは「いえ、何も」と困惑した顔で答えていた。それを聞いたキャスリーンの額から、またもピキと音が漏れる。


「来週にはアーガス王国から使節団が来る。宮殿の警備体制を強化するように」

「はっ! しかしアーガス王国の使者などが我が帝国に来て、何をするのですか?」

「君には関係のない事だ。賊を見つけ次第、牢屋に放り込み、尋問せよ」

「ですが、賊が入ったとの知らせは受けておりません」


 困惑顔だが言う事を聞かないホークに、キャスリーンは我慢の限界だった。

 ローイックは確かに暴行を受けていた。あまつさえ、その賊に暴行されたことも隠そうとしていた。ローイックが黙っているのは、誰かに迷惑がかかるからなのか、口封じなのかは分からない。

 だが、どう考えても犯人と思える人物が目の前でけろっとしていることが、キャスリーンには悔しくて仕方がなかった。


「仕方がありません。自らの身は、自らで守ります。今日、今から第三騎士団は宮殿内で帯剣いたします」


 キャスリーンはレギュラス皇帝を睨み付けた。そして付け加えた。


「怪我をしたローイック・マーベリクは、私が護衛いたします! 役に立たない第一騎士団などに任せられません!」


 怒り心頭でぶちまけた後に部屋を出ようとしたキャスリーンに対して、レギュラス皇帝が「待て」と声を掛けた。


「キャスリーン、少し頭を冷やせ。ホーク。さっさと行って警備体制を強化しろ。彼の怪我はアーガス王国との交渉で、必ず揉める。この失態は償ってもらうぞ、ホーク」


 キャスリーンに睨まれ、レギュラス皇帝にも睨まれ、ホークは額に汗をかいていた。もはや反論は許されない状態だった。狼狽しつつ「はい、わかりました」と礼をし、部屋を出ていこうとした。


「賊を見つけ次第、斬り伏せます。私は、第三騎士団を愚弄した賊を、許さない」


 冷ややかな視線をホークに送りつつ、キャスリーンは宣言した。

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