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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
ロレッタの望み
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第一話 夜会と無表情な男

ロレッタが国に戻ってからのお話です。

春も深まり、咲き誇る花の香りが漂う夕べ、アーガス王国の王城では、年初めの夜会が催されていた。エクセリオン帝国との不可侵条約も締結し、一安心といったところだった。

 そんな中、ロレッタは成人後初となる夜会に出るために王城に来ている。もちろん父であるネイサンも一緒だ。ロレッタの兄達はそれぞれの伴侶と主席する為に行動が別となっていた。


「順番待ちも、暇です」


 ロレッタは馬車の中で暇を持て余していた。窓の外には王城前の広場には貴族の馬車が鈴なりで並んでいるのが見える。夜会の会場への入場は位の低い貴族からと決まっているため、公爵であるリッチモンド家は最後なのである。

 今日の為に新調したピンクのドレスのスカートを握りながら足をプラプラさせている。今日のドレスは可愛らしさを前面に押し出したAラインのドレスにパニエマシマシにしてふんわりと広げたものだ。ちょっと癖のある亜麻色の髪は真っすぐに伸ばされ、ドレスと同じく桃色の髪飾りをつけ、春をイメージした衣装となっている。ロレッタの可愛さを引き立てる武器だ。


「仕方なかろう。中で待っている者達も同じように思っているだろうて」


 向かいに座るネイサンが窘めた。先に入っても始まるまでは待ちぼうけなのだ。どっちが良いというものではない。


「身分で入場を分けるなんて、非効率です」

「昔からの決まりだから、そうは変えられないのだよ」


 ロレッタは口を尖らせてご機嫌斜めだ。いまだ失恋を引きずっているのは仕方がないにしても、同年代の男性でロレッタの眼鏡にかなうような男はいなかった。今日の夜会もデビュタントでなければ出るつもりは無かったのだ。それくらい不機嫌だった。





 ロレッタは足の悪いネイサンに合わせ、ゆっくりと王城の廊下を歩いて行く。ヒールがきつめなブーツが石の床を鋭く鳴らしていく。


「はぁ、面倒です」

「まぁ、我慢せい。今日は顔だけでも見せねばならん」

「顔だけ見せれば、いいんですね?」

「そう言うな」


 顔は正面を向いたまま、小声で会話を重ねていく。ネイサンは前宰相であり、王城で彼を知らない人間はいない。その彼が連れている若い女性が娘のロレッタであることは、直ぐに分かることである。そのために常に視線にさらされており、それがために正面を向いたままの会話になるのだ。

 二人が歩く正面に何か紙を見ながら頭を抱えている男性がいた。茶色い髪に細めの眼鏡をかけた男性だ。正装をしているから夜会の出席者ではあるのだろう。


「ん、クルツか。おいクルツ、どうした」


 ネイサンが声をかけるとそのクルツという男性が見てくる。


「ネイサン閣下。あ、いえ、ちょっと問題が」


 クルツという男性は眼鏡をかけ、ちょっときつめの顔をした男だった。歳はロレッタからすればかなり上で、倍とはいかないがそれに近い年齢だろうと推測された。


「問題?」

「えぇ、どうも手配が漏れていたようで、明日にでも手配し直さないと間に合わないです」


 クルツの言葉にネイサンが顔を曇らせる。


「これから、これ以上の漏れがないかの確認をしてきます」

「今からか?」

「今やらないと間に合いません」


 クルツとネイサンが話をしているのをロレッタはじっと見ていた。何の話かは分からないが、あまり良い事態ではなさそうなのは分かった。


「……仕方ないな」

「ワザとじゃ、ないですからね」


 クルツは意味深な言葉を残して、ネイサンとロレッタに礼をし、足早にどこかへと消えていった。


「ワザとって、なんです?」


 ロレッタはポツリと聞いた。仕方ない事情で夜会を欠席するのは見て分かったが、ワザとというのが理解できなかったからだ。


「ん。まぁ、気にするな。お前には関係のない事だ」


 ネイサンは誤魔化すようににこりと笑った。





 夜会の会場は、人で溢れていた。今年初めの夜会という事で、皆参加するからだ。初めての夜会という事で、今年成人の男女が参加するという事もあり、この盛況ぶりなのだ。もちろんロレッタも成人後初の夜会である。


「人に酔いそうです……」


 ロレッタは疲れたのか壁に置かれてる椅子に座っている。ロレッタとネイサンは会場奥の王族が固まりがちなスペースにいた。ネイサンは前宰相であり、公爵でもある。同じような地位の塊ができてしまうのは致し方のない事なのだ。


「毎年、年初めの夜会はこんなものだ」


 ネイサンもふぅと息を吐いた。父であるネイサンも引退しても良い年だ。爵位もそろそろ兄が引き継ぐことになっている。恐らくはロレッタが嫁ぐまでは領地に籠って引退などはしないのだろう。

 ロレッタはそんな父を見て、早くのんびりさせてあげたい、とは思っているが、男性を見るとどうしても初恋のあの男と比較してしまい、不適格と判断してしまうのだ。


「閣下、今回のお役目、お疲れ様でございました」


 中年の男性がネイサンに挨拶をしてきた。脇にはロレッタと同じくらいの男性がいる。彼もこれが初めての夜会なのだろう、ちょっと緊張した表情をしていた。


「おぉ、ロレッタ嬢ですな。初めまして。奥様に似て、お美しいですなぁ」

「まぁ、御上手で」


 その男性はにこやかな笑みを浮かべ優雅に礼をしてくる。ロレッタもスカートをつまみ膝を折る淑女の礼で返した。


「これは息子のバウワーです」

「初めまして、バウワーと申します!」


 彼は息子を紹介してきた。ロレッタも「ロレッタと申します」と返し、同じようにスカートをつまんだ。

 あぁ、今日はずっとこんな感じなんだ。

 ロレッタは悟ってしまった。


「一曲踊りませんか?」


 バウワーが爽やかな笑顔で元気に誘ってくる。ちらっとネイサンを見れば彼の父と歓談中だ。仕方なしに「えぇ」と返事をし、彼にエスコートされていった。





「もう疲れました……」


 一曲踊って戻れば別な男性が待ち構えており、自己紹介とダンスがワンセットとなっていた。これを何回も繰り返し、さすがのロレッタもへばってしまい、根っこが生えたように椅子に座り込んでしまったのだ。


「大抵の男はロレッタを狙ってくるだろうからなぁ」

「はぁ……」


 ネイサンがぼやく。公爵令嬢で美人とくれば、黙っていても男が寄ってくる。成人になりたてのロレッタに、それらをうまくあしらう技術はないのだ。ため息を我慢し、来たものすべてを受け付けていた。だがそれも限界だった。ため息をついた後、放心したようにぼけーと会場の天井にぶら下がる照明を見ていた。


「裏に下がって休んでいても良いぞ」


 ネイサンもロレッタの疲弊ぶりに心配になったのだろう。奥にいくつかある控室で休憩していろと言ってくれた。


「ではそうさせていただきます」


 優雅にスカートをつまみ、ロレッタはこっそりと会場を後にした。





 控室は十部屋用意されていたが、どれも人がいて、どう見ても不倫か浮気の現場にも出くわした。ご丁寧にベッドも用意されていて、どう控室を使うのかも明らかだった。

 ロレッタは更に疲れた表情を浮かべ、ひんやりとした廊下を、奥へ奥へと歩いて行った。


「来なきゃよかったなぁって、アレ?」


 宛もなく彷徨うロレッタが見つけたのは、廊下のかなり先で、開け放たれているのか廊下に漏れ出している部屋の光だった。肉体的にも精神的にも疲れ切っていたロレッタには、その光が何故か綺麗に輝いて見えた。


「あそこで休憩させて貰おう……」


 ロレッタは重くなった足を引きずるようにしてトボトボと歩いて行った。





 ロレッタは部屋の入り口から顔だけ覗かせ中を見た。部屋はそれなりに大きく、机がいくつも整然と並んでいた。窓はあるが月明りも届かないのか、ガラスの向こうは黒一色だ。その静かな部屋の中で、一人の男性が机に向かい、何かの書類と睨めっこしていた。その男性はさっきネイサンと話をしていたクルツという人だ。時折亜麻色の髪に手を入れ、唸り声をあげて悩んでいた。

 邪魔をしては良くないと思い戻ろうとしたところで膝が笑い、足が前に出てしまった。ヒールの高いブーツがカツンと床を叩いた。

 あ、やば。

 ロレッタはそう思ったが、中で仕事をしていたクルツが気が付いてしまった。


「誰かいるのですか?」


 彼の凛とした声が、誰もいない部屋に響いた。開けっ放しの扉の陰からロレッタはバツが悪そうに顔を出す。


「貴女は……迷子にでもなりましたか?」


 彼はロレッタを見ても驚く様子もなく、淡々とした口調で続ける。怒ってはいない様子で、ロレッタは少し安心した。


「あの、控室で休もうと思ったらいっぱいで」

「あぁ、そこで致す馬鹿者もいますからね。適当な椅子に座ってください。飲み物を持ってきましょう」


 クルツはそう告げると、部屋にある別な扉から隣の部屋に消えていった。ロレッタは答える事も出来ずに壁側の椅子に腰かけ、背中を壁に預けた。ひんやりとした感触が気持ちよかった。





「どうぞ」


 ちょっときつめに見える表情を崩さず、クルツがグラスに水を入れて持って来てくれた。それとクッキーだろうか、焼き菓子の様なものも。


「あ、有難う御座います」


 ロレッタは礼を言ったが彼は気にする様子もなく、また机に戻り仕事を再開した。ロレッタは出されたグラスに口を付けた。口の中に、ちょっと酸味のある味が広がっていく。疲れた体に染み入るようで、とても美味しく感じた。


「これ、果実が入ってる」

「レモンを少し絞りました」


 ロレッタの呟きにクルツが答えた。ロレッタはクルツを見るが、彼は下を向いて書類を見たままだ。仕事人間の彼を思い出させるが、クルツの様に無愛想ではなかった。いつも笑顔を浮かべていたのを思い出す。

 引きずりすぎだなぁ。諦めたはずなのに。

 ロレッタは両手で持ったグラスを眺めながら、ため息をつく。その間もクルツは手を休める事無く、没頭していた。まるでロレッタの存在を気にしていないかのようだ。


「疲れている時には酸っぱいものと甘いものが良いと」


 そんなクルツの声に、ロレッタは目の前の焼き菓子を見た。彼がいうには甘いものが良いと。

 なるほど、だからお菓子もついているのかと、納得してしまう。


「私が疲れてるって、よく分かりましたね」


 クルツとの距離が離れているため少し大きな声をだした。


「控室で休みたい、とおっしゃっていましたが」


 クルツは下を向いたまま、淡々と答えてくる。ただロレッタとしては馴れ馴れしくしてくるわけでもなく、これ幸いと口説きにくるわけでもない対応には助かっていた。 

 ロレッタは焼き菓子に手を伸ばす。サクッとした感触と甘い香りが漂い、口の中がほっこりで満たされていく。


「……美味しい」


 ちょっとお腹も空いていたロレッタは出された焼き菓子を平らげてしまった。そして、安心したからか、体が重くなってくるのを感じた。自分が思っている以上に疲労していたらしい。

 背中の壁に冷やされつつも、ロレッタは心地よい眠気に襲われ、いつの間にか寝てしまっていた。

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