第三十九話 悪巧みと皮算用
ホークは第一騎士団の執務室の隣にある休憩室でとある人物と会談をしている。灯りを小さくし、窓には分厚いカーテンを閉め、ひそひそと隠れるように話をしていた。
「えぇ、確かに皇女殿下と冴えない文官が来ました。お付なのか厳つい騎士もいましたが、安っぽい剣を持っておりましたなぁ。田舎者丸出しでしたよ」
暗くて姿ははっきりしないが、その声はガレンのもので、呆れた色が濃い。
「アイツは何しに行ったんだ?」
「さぁ。殿下は土産の髪飾りをお買い求めになられました。それとあの男の服です」
「服?」
「えぇ、まともな服もないんだとかで」
二人は同時に吹き出し、大きく笑い始めた。ホークはテーブルを叩きながら下品に笑う。
「ははっ! 田舎者は服もねえってか」
「まったく、宮殿にはふさわしくない人物だと思うのですが、なぜ殿下はあのような男と、あそこまで仲睦まじくされておられるのかが分りません。失礼ですが、殿下にはもっと素晴らしい男性と一緒になって欲しいですな。例えばホーク様のような高貴なお方とか」
ガレンはミエミエのご機嫌取りをする。おだてられホークは機嫌よく笑った。
「同情だか何だか知らねえが、お姫様に他国に嫁がれちゃ、帝国きっての家柄のうちの面子は丸つぶれだ。お姫様も、俺があれだけ粉かけてやってるのに靡きゃしねぇ」
「お転婆と言い、殿下にも困ったものですなぁ」
「まったくだ」
ホークは苦々しく言葉を履くと口直しとばかりに紅茶を口にした。
「そうそう、わが商会の証書を見て驚いていましたな。透かしくらいで驚かれても困りますなぁ」
「けっ、田舎者丸出しだな」
ホークは荒々しく叩きつけるが如くカップをテーブルに置いた。先日、生意気にも喧嘩を売ってきた様思い出したのだろうか、顔も醜く歪んでいる。
「だがその田舎者との縁談が着々と進んでるらしい。陛下も何を考えてんだか」
「何か裏がありそうですな」
ガレンは嫌らしくニヤリと笑った。
「裏があろうがなかろうが、いなくなっちまえば、縁談なんて無くなるんだ。いなくなっちまえばな!」
「おお、恐ろしい」
ガレンは大袈裟に怖がって見せるとホークは愉快そうに笑う。
「だが、アイツの傍にはハーヴィーとかいう、あの厳つい騎士がいやがる。田舎騎士だろうが身のこなしは馬鹿に出来ねえ。舎弟どもに襲わせようとも思ったが、隙がねえ。厄介な事に腕は立つようだ」
ホークは腕を組んだ。難しい顔をして何かを考えているようだ。
「頼まれた服が上がるのが明々後日です」
「随分と早いな」
「標準的な仕様ですし、何よりも皇女殿下の依頼ですので最優先で仕上げております」
ガレンは恭しく頭を下げた。
「ん、まてよ。来週早々にどこぞの国から使者が来て晩さん会があるんだとか、さっき宰相に言われたな。急に決まったんだとか」
ホークは顎をさすった。宮殿の警備は第一騎士団の仕事だ。つまりホークが警備の指揮を執るのだ。
「ってことは、姫さんはそこに出席になるだろうな。皇族に残ってる姫は他にいないしな」
ホークは口角を釣り上げた。優男の仮面は、何か悪だくみをするような顔つきに変わる。
「その時ならアイツと姫は分断できる。午後からは用意もあるから姫も奥にこもりきりだろう。後は邪魔な田舎騎士だが……」
「その手合いなら女でもあてがえば、すぐに尻尾を振るのでは?」
「なるほど。適当な女はいねえか?」
ガレンは少し考え、答えを出した。
「商会の下部組織に娼館があります。そこの娼婦を何人かあてがいましょう」
「ほぅ」
「まずは服ができたと知らせ、当日馬車を向かわせ、彼に屋敷に取りに来てもらいましょう。届けられない理由などいくらでも作れます。屋敷に来たところで護衛には女をあてましょう。そこで孤立させ、忍び込んだ強盗に襲われたことにでもすれば、後はお好きに」
ガレンはクククと笑いをこらえている。
「アイツを連れ去って、犬のエサにでもすれば、万々歳なわけだ。ざまあねえな! がはは!」
ホークは腹を抱えて笑い出した。
「護衛の騎士は如何致しましょう」
はやるホークを窘めるようにガレンが口をはさんだ。ホークはケッと舌打ちをする。
「んなもんほっときゃいいんだ。ソイツ一人で何ができるわけでもねえ。そのうち居場所がなくなって国に帰るだろ。第一の目的があの狸みてえなヤツを亡き者にする。それさえできりゃ後は俺の好きにできるしな」
ホークは言葉を吐き捨てる。彼にとってはローイックが邪魔なのだ。キャスリーンを手に入れ、同時に権力とステータスも手に入れようとしているのだ。
「命乞いなどして、彼の化けの皮も剥がれるやもしれませんな」
「はは、タヌキだけにか?」
「はは、上手いですな!」
二人が笑い合っていると、扉がノックされ「軽い食事をお持ちしました」と声がかかる。
「あぁ、ついでにワインも持って来い」
「ホーク様、今は勤務中では?」
「今日はこもって書類整理ってことにしときゃいいんだ。前祝だ、ははっ!」
ホークの顔が綻ぶ。もう終わったかのように気が緩んでしまっていた。
扉が開くと侍女数人がトレイを持ち、食事を運んできた。未だ湯気が立ち上っていて、作り立てを主張しているこの侍女は黒いお仕着せのキャスリーンの侍女部隊で後方にはミーティアの姿もあった。いつもと同じ笑みを受けべている。
「お、いつもと違うんだな」
ホークが侍女を見ながら呟いた。ホークと言えどもキャスリーンの侍女は知っている。テキパキとした身のこなしにガレンも見とれているようだ。
「えぇ、ガレン殿が来た知らせを受け、姫様から「キチンともてなす様に」とご指示が御座いました故」
ミーティアがにこやかに答える。その黒いお団子の髪には先日ハーヴィーが購入したピンクパールの髪飾りの姿があるが、侍女と運ばれていた食事に目を奪われているガレンは気が付いていない。
「おぉ、依頼された服は鋭意製作しております。もう少々お待ちください、とお伝え下さい」
ガレンはにこやかな笑みでそう返してきた。特別扱いにご満悦のようだ。
「終わりましたら近くの者に知らせてくださいませ」
ミーティアはそう言うと、深々と頭を下げた。
宮殿の廊下を音もなく早足で歩いていく侍女達がいる。ミーティアを中心とする皇女の侍女部隊だ。
「今までとこれからの会話は全て記録してください。後で書類に纏めて。陛下もご覧になります。失望などされぬ様に」
「はい」
「貴女は宰相閣下の元へ」
「畏まりました」
ミーティアの小声での指示で侍女達がばらけていく。
「ローイック様とハーヴィー様を第三騎士団までお呼びして。私もそこに行きます」
「了解いたしました」
ハーヴィーの名前を出す際に、ほんのり頬が赤く染まるが、侍女たちは気が付かなかったことにしている。ミーティアが夜な夜な彼の部屋を訪れ朝までに帰ってこなかったりもしたので、二人の関係はバレバレではあるのだ。
侍女には彼女よりも年上は当然いる。というか、ほぼ年上だ。ひっそりと育む想いを邪魔してはいけないと思っているのだろう。実際にひっそりとしているかは、別として。
「後の者は指示があるまで第一騎士団の見張りを。おかしな動きがあればすぐに知らせてください」
残った侍女数人が黙って頷き、踵を返して戻っていった。
「……脇が甘いですね、団長殿。油断大敵、です」
歩く速度を緩め、ミーティアはにっこりと笑った。




