第三十四話 戦うための武器
第一書庫。宮殿内にある、誰でも閲覧ができる資料を保管してある場所だ。つまり、見られても問題の無い資料という事だ。今、そこにはローイックとキャスリーンの姿があった。ローイックは相変わらずの文官の紺色の詰襟でキャスリーンは白い騎士姿で帯剣している。このところ宮殿でよく見かけるカップルだった。
「ここに何があるってのよ」
キャスリーンが腰に手を当てて不服そうな顔をしている。こんなところにいる必要はないと言わんばかりだ。
「ちょっと、面白いものがあるんですよ」
ローイックは本棚のとある場所を探していた。以前帝国の歴史書があった場所だ。床に座り込み、本棚の最下段辺りでごそごそと歴史書を取り出しては脇に山積みにしている。
「面白いもの?」
「えぇ。うまく使えれば、ですけど。って使わなきゃダメなんだよな」
ローイックは一冊の書を歴史書の奥から取り出した。まだ新しそうな紙質の書だ。それほど厚くはなく、表紙には何も書かれていない。
「へぇ、まだあるんだ」
本棚の奥を見ているローイックは意外そうな顔をした。手を伸ばし、別な書を取り出していく。
「なーに、それ?」
ローイックの右隣にキャスリーンが腰を下ろして、ぴったりとくっ付いてきた。肩と肩が触れあう距離だ
「あの、姫様? 近く、ないですか?」
キャスリーンの髪から漂ってくる香料の匂いにローイックは体をびくつかせた。キャスリーンは自分の物だ、と言った事でかえって意識してしまっているのだ。なんだかキャスリーンがわざと近づいている気もしているが。ともかくローイックはどぎまぎしていた。
「だ、だってミーティアが、仲睦まじくしてた方が、おびき出すのに良いって言ってたから」
キャスリーンは頬を赤く染め、ぷいっと横を向いた。キャスリーンもローイックを意識しているのか、ちょっとぎこちない。キャスリーンが器用な性格はしていないことは、ローイックもよく分かっている。良くも悪くも正直であり、そこがキャスリーンのいい所でもあり、こんな所もローイックは好きなのだ。
だがその陰でミーティアの名前が出たことにローイックは引っかかったが、すぐに頭を切り替えた。
「ま、まぁ、そうかもしれませんが、ここにはほとんど人はいませんよ」
第一書庫はどうでもよい資料もあることもあり、常に人がいる事は無い場所だった。いたとしてもそれなりに広い空間なために、偶然でもなければ近くに人がいる事もないのだ。
「え……そ、そうね。いない、わね」
キャスリーンはそう言って、ほんのちょっぴりだけローイックから離れた。指一本くらいの隙間ではあるが。一般的にそれは離れたとは言わない。遠目には何も変わっていないのだ。ちょっと離れた所から見ているハーヴィーが肩を落として「俺に見せつけてどうするんだ」とぼそっとこぼした。
「次は第二書庫に行きます」
ローイックとキャスリーンが宮殿の廊下を並んで歩いている。その後ろにハーヴィーがついて行く。それが移動時の護衛型になっていた。
「あれ、そっちも調べるの?」
「えぇ、確認したい事がありまして」
「コレについて?」
キャスリーンが、肩にかけて持っている袋をちらっと見た。その袋の中には先程第一書庫から持ち出した書が入っている。
本来皇女に持たせるべきものではないが、ローイックが片腕なのと怪しまれたくないからというのが理由だった。宮殿を警護する第一騎士団の騎士でも、キャスリーンに対し、所持しているものを見せろ、とはなかなか言えないのだ
ローイックは返事代わりにニコッと微笑んだ。キャスリーンはまたも頬を赤くし、そっぽを向いた。意識したり無意識だったりとこの二人は忙しい。見せ付けられているハーヴィーにはいい迷惑だったが。
「殿下、質問してもよろしいでしょうか?」
後ろからそのハーヴィーが声をかけてきた。
「ん?」
何事かと二人は足を止め後ろに首を回す。二人とも並んでいる内側から首を回した。しかも同時にだ。その息のぴったり合い具合にハーヴィーもあきれ顔だった。
「どうした、ハーヴィー殿?」
「いえ、殿下がマーべリク家にお輿入れとなった場合に、侍女などの付き人はどうなるのかなと思いまして」
ハーヴィーは妙に神妙な顔でキャスリーンに聞いている。ローイックは何でそんな事を聞くのだ、と首を捻った。
「ハーヴィー、それがどうかしたのか?」
「あのなぁ、俺は騎士団の副団長なんだぞ、王都の警備の指揮も執ってるんだ。殿下が住まわれた場合の警備体制とかも考えておかなきゃいけないんだ。人員の都合とかな、結構根回しが大変なんだよ」
ハーヴィーが口を歪めた。キャスリーンには皇族に応対する騎士らしく話すが、ローイックとはため口で、地が出る。ミーティアが混ざると、会話が更に不思議なものになる。更に、キャスリーンのいつもの凛々しさが、ローイックの傍にいる関係で完全に崩れてしまっていた。偶に凛々しかったりして、かなり混乱している。
「あー、姉の時は、侍女長がついて行ったくらいだったかな。ただ姉の嫁ぎ先が国内だったから……国外の場合何とも言えない……前例から考えると、相手との話し合いで決まる、かな?」
「という事は、ミーティア嬢が帝国に残るということですか?」
「可能性としてはね。あたしとしては一緒に来て欲しいけど。」
キャスリーンの言葉を聞くハーヴィーの表情は曇っていた。
「ハーヴィー、なんか具合悪いのか?」
「いや、そんなことは無いさ」
かぶりを振るハーヴィーの表情はすぐれないままだ。ローイックは気になったがそれ以上の追及は止めておいた。
宮殿内の第一騎士団の部屋では、相変わらずホークが荒れていた。ローイックに馬鹿にされたと言うのもあるが、今しがた受けた報告のせいもあった。真新しい椅子を蹴り、八つ当たりをしている。
「第二書庫に行ったぁ? 何しに行ったんだっつうか、なんでアイツが中に入れるんだよ! あそこにゃ機密もあるだろうが!」
吼えるホークに対して部下は怯えながら口を開いた。
「そ、それがキャスリーン殿下と一緒に来て、宰相殿の名前を出してきたとかで……」
「何だと!」
「ひぃぃっ!」
眦を上げて怒りを表すホークに部下の騎士は後ずさったが追い掛けるようにホークが一歩を踏み出す。
「書庫を警備してる奴はなんで止めないんだ!」
「で、ですから殿下が……」
「クソッタレが!」
「ひぃぃっ!」
貴族出身の騎士とはいえ皇族を止められるものではない。しかもヴァルデマルの名前も出されれば、どうしようもない。責める方が間違っているというものだ。
「ちっ、なんで第二書庫に行ったんだ」
「あ、後を付けている者に確認したところ、第一書庫にも行っているという話です」
「第一書庫だと?」
ホークは部下の騎士ににじり寄った。明らかに目が血走っていて、狼狽しているのが分る。
「し、暫くいた後に第二書庫に向かったと」
「くそっ、忌々しい……」
ホークが舌打ちをした時に、部屋の扉がノックされた。
「誰だ!」
「はっ、ノイマンです。あの、イレーヌ様がお越しなのですが……」
ホークが八つ当たり気味に応えると、扉の向こうの男はおずおずとした声で伝えてきた。
「おい、片づけろ」
ホークは鏡にいき、櫛で髪を整えながら、報告をしていた騎士に片付けを命じた。言われた騎士は渋々と言った感じでのろのろと片付けを始める。騎士の態度から、これが当たり前の日常のようだ。
さっと身支度を整えたホークが優男のさわやかな笑みの仮面貼りつけ、ドアを開けた。ドアの向こうに亜麻色の髪を綺麗に編み込み、右の肩から胸へと流した、可愛らしい女性が待っている。年のころは二十歳前後、名前をイレーヌ・パラディールと言い、パラディール侯爵の娘でホークの恋人だ。
「イレーヌ、君はいつも美しいね。こんな所にまで、どうしたんだい? 今夜の観劇まで待てなかったのかい?」
先程までとは打って変わり優しい口調で彼女に話しかけ、手をとり、指先に唇を落とした。ホークが手を放すと、イレーヌはホークにぎゅっと抱き付いた。
「先日、ホーク様があの男と喧嘩になりそうだったと聞いて、お怪我などしていないか心配で、宮殿まで来てしまいました!」
「はは、大丈夫ですよ。これでも私は騎士団長です。あのような不躾な男には引けを取りません」
ホークは彼女を宥める様に頭に手を乗せ、撫でている。
「で、でも、あの国の野蛮な騎士も傍にいたと聞きました。私は心配で、いてもたってもいられなくなってしまったの……」
イレーヌは芝居がかった動きでホークに枝垂れかかる。
「あぁ、愛しいイレーヌ。私は大丈夫さ。我が第一騎士団が宮殿の安全を守っているからね。宮殿内での狼藉など、許すはずがないよ」
対するホークも大袈裟な動作で応える。部屋で報告をしていた騎士は居ずらいのか、そそくさと部屋を出て行った。
「あぁ、そうですわね、私のホーク様は栄えある騎士団長様ですものね。でも皇女殿下も囚われの身の様に連れまわされていると聞きました。一体宮殿はどうなってしまったのですか?」
「ははっ、皇女殿下の縁談の話が急に出て、一時的に混乱しているだけさ。誤報だと知れば、すぐにいつもの平穏を取り戻すさ。すぐに、ね」
イレーヌを腕の中に抱くホークの顔は、言葉とは裏腹な表情になっていた。




