表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三騎士団の文官さん  作者: 海水
キツネとタヌキの逆襲
34/59

第三十一話 男のケジメ

 翌日、第一騎士団の執務室では、ホークが荒れていた。昨晩、キャスリーンの縁談の話を小耳に挟んだからだ。

 とある外国の貴族。

 急に決まった、気に入らない男の身分復帰。

 しかもその男は、皇女たるキャスリーンと仲が良く、はた目には恋人にしか見えない。

 かつ帝国の人間ではないのに宰相の近くに控えている。

 全ての情報が、その憎い男がキャスリーンの相手であることを語っていた。

 ローイック・マーベリク。ホークにとって、自分を侮辱した男でもあった。


「何が身分復帰だ! たかが侯爵じゃねえか!」


 ホークは目の前の椅子を思い切り蹴った。がっしりとした造りの椅子は壁にぶち当たり、音を上げ、歪んだ。それでも収まらないホークは壁も蹴った。パラパラと壁の埃が落ちてくる。


「団長、落ち着いてください!」

「うるせぇ! 落ち着いてられるか。こんな屈辱、初めてだ!」


 部下が諫めようとしても烈火の如く吠えるホークの怒りは収まらない。

 身分は間違いなく自分の方が上だった。顔だって、タヌキみたいな間抜けな顔に負けるわけがない。身長も体格も、ローイックを圧倒している。自分は皆が一目置く存在だ。なのに、キャスリーンの相手が自分ではないのか。納得がいかなかった。

 自らの容姿と行いに、一切の疑問を感じないナルシストは、手当たり次第に怒りをまき散らしていた。


「こ、皇帝陛下から、まだ下手人は捕まらないのかと、催促もきております!」


 ホークに報告する部下は、自分にとばっちりが来ないことを、切に願っていた。これ以上機嫌を損ねない様に、直立不動だ。


「捕まえられるわけがねえだろ!」

「ひぃっ!」


 ホークは端正な顔を歪ませて部下に怒鳴ると、彼は身を縮めた。

 大体捕まるわけがない。犯人はホークだ。のらりくらりと回答を避けていたが、ここにきて一気に圧力が増した。ネイサンがローイックを襲った下手人の処罰を、麦の病気対策の条件としたからだ。

 追い詰められたホークは焦ってもいた。このままだと自分がやばいと感じ始めたのだ。残念なことに、ホークも、そしてローイックも、皇帝陛下の掌で踊らされていることには気が付いていない。


「くそ……こうなったら」


 歪んだホークの顔に、闇が差す。部下の男はその顔をみて、小さい悲鳴をあげた。





 どんよりと曇った午後。灰色の、濁った日の光しか差し込まない第三騎士団のキャスリーンの執務室に、ローイックはいた。テーブルに額をあて、唸っていた。


「ローイック。気持ちは分かるけどさ」


 ローイックが蹲っている向かいにはキャスリーンが席についている。眉尻を下げ、困った顔をしていた。


「今朝の会議から、周りの人からの視線に殺気が籠っているんですよ」


 ローイックは顔を上げ、キャスリーンを見た。そのサファイヤブルーの瞳は、やや潤んでいる。


「昨日の夕方に流れた情報が原因なのは明白です。しかもそれを流したのはヴァルデマル閣下だって話です」


 こっちではホークとは逆の状況に戸惑っていた。情報を整理すれば、キャスリーンの縁談の相手がローイックであることに辿り着く。そして傍には、周りに花が咲いているかのようなオーラを醸し出し、嬉しそうな笑顔のキャスリーンがいる。もう決定的だった。


「まぁ、これも作戦なんじゃない?」

「……恐らくはそうなんでしょう。これから尻尾を掴むよりは、襲撃の現場を押さえた方が手っ取り早いですから。姫様と一緒にいることで、厳しい視線にさらされる覚悟はできていましたが、予想以上に殺気が多くて……」


 ローイックは大きなため息をついた。キャスリーンの人気はローイックの予想の遥か上をいっていたのだ。姿無き怨差の声が体に刺さってきていた。


「なによ、悪い虫は寄せ付けないって言ったくせに!」


 キャスリーンが頬を膨らませて不機嫌をアピールするとローイックは「もちろん、姫様には、私以外の男は寄せ付けません!」と即答した。途端にキャスリーンはニッコリと笑顔になり「でしょ?」と首を傾げる。確信的犯行だ。


「頑張ります!」


 ローイックは右手をキャスリーンの頬にあて、笑顔になった。

 そんな様子を部屋の隅っこで見せつけられていたハーヴィーは特大のため息をついた。


「仲睦まじい事は、良いことですな、ミーティア嬢」

「本当に、羨ましいくらいですわ」

 

 同じく部屋の隅でハーヴィーの横にいるミーティアも、大きく頷き同意する。自分たちのことは棚に上げ、二人とも、今にも砂糖を吐き出しそうな顔をしていた。





「アレイバーク家についての情報が欲しいですね。まずは知ることからです」


 ローイックは首から吊っている左腕をさすった。ホークを思い出すと痛む錯覚に襲われているのだ。


「そーねー。第二書庫にはあるかも。表に出せない資料はあそこで保管するもの」


 キャスリーンは顎に人差し指を当てて首を傾げている。

 ただ、第二書庫に入るには許可が必要だ。一度ヴァルデマルに相談する必要があった。


「その前に、こっちの方が先だな」


 ハーヴィーは窓の外を眺めていた。そこには、頭から生えた栗色の尻尾を揺らして歩くロレッタが見えている。可愛らしい顔を険しいくして、第三騎士団の建物に向かってきていた。


「はっきりさせてこいよ、ローイック」


 ハーヴィーの声にローイックは表情を固くして、頷いた。





 ローイックは第三騎士団の建物を出たところで、ロレッタに会った。春らしいピンクのワンピースドレスがロレッタに良く似合っている。だがその顔は可愛らしいダドレスとは対照的だった。


「ローイック様。お話があります」


 ロレッタは口をぎゅっと結び、やや潤んだ目でローイックを睨みつけてきている。揺れる瞳が彼女の精神状態を如実に表していた。


「あぁ、私もちょっと話したい事があるんだ」


 ローイックはその顔を見て、罪悪感にかられた。この後どうなるかの予想が付いているからだ。


「ここでは人目もあるから、裏に行こうか」

「いいえ、お時間は取らせません」


 ローイックは建物の裏手で話をしようとしたが、拒否されてしまった。彼女にも分っているのだろう。だがローイックにはきちんと説明する義務がある。どんな結末であろうとも。


「分った、じゃぁここで話をしよう」


 いずれにしろ、周囲には分ってしまう事だ。ローイックは腹をくくった。


「今朝方、妙な噂を耳にしました。皇女殿下が外国の貴族と婚姻を結ばれるという噂です」


 ロレッタは視線をずらさずに、ローイックの目を見てくる。その瞳は、いつ溢れてもおかしくない程潤んでいた。罪悪感がローイックの胸を締め付けるが、言わなければならない。それがケジメだ。


「あぁ、知っているよ。昨日の夕方から宮殿はその話題で持ち切りだ」


 ローイックは不思議と冷静だった。キャスリーンと一緒に歩くと決めたからだろうか。言葉が淀みなく出ていく。


「お相手は、ローイック様なのですか?」


 ロレッタは胸の前でぎゅっと手を握っている。勇気を振り絞っているのが、ローイックにも良く分った。


「うん、そう。私だ」


 その言葉に、ロレッタの目から一筋の涙が頬を伝った。


「やっぱり、私じゃ駄目だったのですね……」


 ロレッタは小さく呟くと俯いた。地面には一粒、また一粒と水の跡がつくられていく。


「……私にとってキャスリーン殿下は救いだったんだよ。ここで生きていく上で」


 ローイックの言葉に、ロレッタは顔を上げた。嗚咽を出さない為だろうか、口は固く閉じられたままだ。


「あの人の無邪気な笑顔は、私にとって生きる活力だった。それは今でも変わらない。私はキャスリーン殿下を愛しているんだ。だから、私はあの人の横に行くことを選んだ」


 ローイックは諭す様に、自分に言い聞かせる様に、ゆっくりと語った。


「……大丈夫、なんですか?」

「分らないけど、他の男に託すつもりはないよ」


 二人は言葉なく、見つめ合った。


「ローイック様は、一度決めたら、変えませんよね」


 ロレッタは頬を濡らし、寂しい笑みを浮かべる。その笑顔はローイックの心を痛いほどに締め付けるが、ここではっきりと言っておかないと、ロレッタが救われない。キチンと終わりを告げてこそ、次に行けるのだ。


「ロレッタの気持ちは嬉しいけど、私は受け取ることはできないんだ」

「迎えに来ていただいた時から、分ってはいたんです。こうなる事も。お二人の間には、私が入る隙間はありませんでしたもの……でも言うだけは言わせてください。私はあなたが好きでした」


 ロレッタ俯き、ローイックの胸に額を付けた。ローイックは彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でる。


「ロレッタ、ごめん」


 ロレッタの我慢が限界を越えたのか、声を上げて泣き出した。





 泣きだしてから十分は経ったろうか、ロレッタが顔を上げた。腕で涙を拭き、ローイックに向け、ぎこちない笑顔を見せる。


「私が負けたのが、皇女殿下でよかったです」


 お幸せに、といい、ロレッタは宮殿に振り返り、ローイックに背を向けた。ロレッタは数歩進んで、ローイックに振り返る。


「ローイック様よりも、いい男を、捕まえて、見せ付けてやります!」


 それだけ叫ぶと、ロレッタは宮殿へと走って行った。ローイックは苦笑しながら、ロレッタの姿が宮殿に入るまで、じっと見つめていた。

「ローイック君。じゃないや、殿?」

「色男殿」


 二つの声と共に、第三騎士団の建物の陰からテリアとタイフォンが姿を現した。キャスリーンとよく似た顔に意味深な笑みを浮かべ、ローイックを見てくる。


「お二人はいつからそこに?」


 ローイックはため息交じりで質問した。


「最初っから~」

「一部始終」


 二人のしれっとした答えに、ローイックの頬が引きつった。


「キャスリーンが好きになっちゃうのも良く分ったわ~。カッコよくないけど、決める時は決めるからなのね~」

「惚れそう」


 二人のにやけた視線にローイックは怯んだ。キャスリーンへの想いを、思いっきり聞かれてしまったからである。どの道分ってしまう事とはいえ、本人にもいっていない「愛している」という言葉を聞かれてしまったのは非常に気まずい。

 二人にバンバンと肩を叩かれ「第三騎士団(あたし達)はあんたの味方だから、ローイック殿()はキャスリーンをお願いね」とテリアに言われ、「キャスリーン泣かせたら生きて返さない」とタイフォンに脅された。

 だがローイックにはその言葉が嬉しかった。自分を応援してくれる人がいると言うのは心強いのだ。


「頑張ります」


 ローイックは力強く頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ