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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
弱気なキツネ
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第二十一話 自らを叱責する男

 アーガス王国の使節団を迎える晩餐会が厳かに始まった。彫刻が施された豪奢な壁天井で囲まれたホールにある長いテーブルには王国側にネイサンとロレッタ、帝国側にレギュラス皇帝、ヴァルデマル宰相にキャスリーンだ。晩餐会も大っぴらに出来ない事情もあり、控えめな規模だ。そのために皇妃たちは欠席となっている。ハーヴィーは護衛としてネイサンの後ろに控えていた。帝国側は第二騎士団長だ。

 キャスリーンもロレッタも当然ドレスに着替えている。キャスリーンは金髪が映える赤で、それほど露出の無い清楚なドレス。ロレッタは可愛さを引き立たせるような淡いピンクで胸元をアピールしているドレスだ。対照的と言える。

 二人は年寄りが多い中で綺麗な華となっていた。


「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」


 ヴァルデマル宰相の言葉で晩餐会は始まった。最初こそ固かった両陣営だが、酒もそこそこ入ると砕けても来る。年頃の娘を持つネイサンとレギュラス皇帝がいれば、自然とその手の話になるのだ。


「ロレッタ嬢は既にお相手は決まっておるのか?」


 レギュラス皇帝は、本人を前にしてぬけぬけと言い放った。酒が回ったからなのか、ワザとなのかは分からないが、ロレッタはぎょっとしたようだった。その言葉に、キャスリーンも食事を続けながら耳をそばだてる。


「い、いえ、決まった相手はまだ……」


 ロレッタが気まずそうに答えた。流石にこの場でしれっとローイックに言及するのは憚られたようだ。その事にキャスリーンは心の中でほっと息をついた。だがこの手の話は当然キャスリーンにも向かってくるのだ。


「皇女殿下は、もう決まったお相手が?」


 ネイサンが尋ねればヴァルデマル宰相が答える。


「陛下ともご相談しておるのですが、そろそろ決めなければと。現在候補を選定中です」


 ヴァルデマル宰相の言葉にキャスリーンもハッと顔を向ける。レギュラス皇帝もキャスリーンを見てきていた。その緋色の目は、どこか優しいものだったが、キャスリンーンの胸中はそれどころではない。


「そうだな、良き相手が見つかれば、憂いもないのだが」


 皇帝の子供も、結婚していないのはキャスリーンが最後だった。彼女が嫁げば、一安心という所なのだ。当然政治的に益がある相手が有力になるだろう。それが分かり切っているキャスリーンの顔は暗くなる。が、何とか笑顔を保った。


「ロレッタも、そろそろ探さねばいかんな」


 酔いが回りちょっと顔を赤らめたネイサンがロレッタに向いた。言われたロレッタが頬を引きつらせながらも「そ、そうですわね」と返した。勝敗つかずのドローである。

 




 晩餐会も終わり、キャスリーンはテラスに出た。ちょっとだけだがワインも飲んだ。疲れもあって酔いも早かったから涼みに来たのだ。春の夜風が頬を撫でれば、ヒンヤリと感じる。風がキャスリーンの金色の髪を撫で、舞わせた。

 先ほどは、キャスリーンにとって聞きたくない話が出てしまった。いずれ来ると思っていたが、残された時間はそれほどは無いようだ。テラスの手すりに肘をつき夜空を見上げた。


「先客がいるのね」


 キャスリーンの背後から声がかかった。その声の主はヒールを鳴らしてキャスリーンの横に立った。栗色の髪をかき上げたロレッタが見つめてくる。彼女の髪と同じ栗色の瞳がキャスリーンを射抜いてきた。


「おめでとうございます、でしょうか」


 ロレッタは目を細め、挑戦的に笑った。だがキャスリーンには、正面切って立ち向かえるような心境ではなかった。それでも、キャスリーンは意地で応戦する。


「まだ、決まってないわよ」


 凛々しさもなく、声にも張りはなかった。諦めるつもりは無いが、政治的な事には逆らえない。それが分かっていても、こう答えるしかないのだ。


「そうでしたわね」

「そうよ!」


 ロレッタはクスっと勝ち誇る笑みをこぼす。キャスリーンには、これに対する有効な振る舞いは、言い返すしか思いつかない。内心、口惜しさで歯噛みをした。決まってはいないが、決まったも同然だった。

 口惜しさを隠したつもりが隠しきれなかったのか、ロレッタは余裕の笑みを浮かべている。それがさらにキャスリーンの口惜しさを増加させた。泣きたいが涙などロレッタには見せられない。キャスリーンは気丈に振舞う。

 二人は言葉もなく、お互いをじっと見ていた。


「ふふ、では失礼いたしますわ、キャスリーン皇女殿下」


 ロレッタはスカートを摘み、余裕の笑みを見せつけ、テラスを出て行った。残されたキャスリーンの頭には、彼女の笑みがこびりついていた。





「ふぅ、大分減ったかな?」


 第三騎士団の部屋では、腕を伸ばし背伸びをしているローイックの姿があった。帝都に帰ってきたは良いが、予想通り処理しきれない書類が彼の机の上に聳え立っていたのだ。

 夕食の時間はとうに過ぎている。だがローイックの頑張りは、書類の山はその高さを半分程にしていた。


「もうちょっと頑張るかな」


 ローイックは残りの書類を見て、大きく息を吐いた。山は高くても、一歩一歩登ればいつかは頂上に辿り着くのだ。そんな事を考えていた時、階下から誰かが上がって来る足音が聞こえてきた。

 この時間にここ(第三騎士団)に用事のある人間は、ほぼいない。この時間にいるのは大抵ローイックだけだった。


「足音が細いな」


 足音を聞いたローイックはそう思った。だが用心の為に机の引き出しに隠してあるナイフを取り出す。先日襲われてからミーティアに入れられていたのだ。ローイックが襲われたわけではないと突っぱねても、彼女はごり押ししてきた。まぁ害はないからと入れてあったのだ。

 その足音は部屋の扉の前で止まった。ローイックは緊張でつばを飲み込む。また荒々しく開けられるかと思った。だがそれは裏切られ、扉がノックされた。かつ声もかかったのだ。


「ローイック。まだいる?」


 扉の向こうから掛けられた声はキャスリーンの物だった。いつもに比べると張りの無い、か細い声だった。


「い、います! 今開けます!」


 ローイックは慌てて返事をし、立ち上がる。が、扉に向かう前に静かにそれは開いた。

 扉の向こうには、赤いドレス姿で、寂しそうにはにかむキャスリーンが、佇んでいた。その様子にローイックは息をのんだ。キャスリーンが鮮やかな赤いドレスを着ていたからだ。

 キャスリーンが第三騎士団を立ち上げてから、彼女がドレスを着ることがめっきり減っていた。騎士団を率いてからは殆どを騎士服で過ごしている。来賓の応対などの時にはドレスを着るが、そこにはローイックはいることはできない。だがローイックが驚いたのはそれだけではない。キャスリーンの寂しそうな笑顔を見たからでもある。

 四年もキャスリーンの笑顔をを見てきたローイックだ。彼女の笑顔を見分けることは容易だった。何があったのかは分からないが、何かを求めてきた、という事くらいは、ローイックでも分かった。ローイックは寂しそうな彼女に向けて、精一杯柔らかく笑って見せた。





「仕事してるのに、ごめんね」

「いえ、全然。おかげで姫様のドレス姿も久しぶりに見れましたから。良く似合ってます」

「……ありがとね」


 二人は厨房に来ていた。春とはいえ夜は冷えるから、せめて紅茶でも、とお湯を沸かそうと思ったらキャスリーンもついてきたのだ。

 片手じゃやれないでしょ、とキャスリーンに言われてしまえばローイックも断れない。ドレス姿の皇女と厨房なんぞに入っている所を見られては、どんな言い訳をしようが罰せられるだろうが、この時間に第三騎士団にはまず誰も来ない。

 真っ暗な広い食堂で、灯りは発光石のランプだけ。小さな灯りに寄り添う二人がいる。


「晩餐会で何かありましたか?」


 キャスリーンがドレスを着ていたとあれば晩餐会に出たという事だ。しかも着替えもせず、ミーティアも連れていない。ローイックが心配するのは当然と言えた。


「……ローイックは、国に帰ったら何をするの?」

「国に、ですか?」


 ローイックの左に座るキャスリーンが聞いてきた。ローイックは考えるが、そもそも国に帰ることが出来る保証はない。ネイサンが来たのも交渉が本来の目的だ。それに四年も国を離れていては、祖国がどうなっているかなど全く分からない。ローイックは紅茶を口に含んだ。


「……分からないですね。私は人質でしたし、帰れるとは思ってませんでしたから」

「そっか……」


 これが彼女の望んだ答えなのかは分からない。だが嘘偽りない現在のローイックの本心だ。帰りたいとは思っていたが、あくまで望みであった。


「……あたしの縁談が進んでるんだって」


 ローイックはキャスリーンを見た。キャスリーンは、自嘲気味にじっとティーカップを見つめている。


「さっき言われちゃった……あたし、どこに嫁がされるんだろ……」


 その言葉がローイックの頭を揺るがした。いずれ来ると覚悟はしていたが、いざその時になると、その衝撃は予想以上だったのだ。かき乱される心と頭を抑えこむことに、ローイックの意識は取られており、キャスリーンへの返事ができないでいた。


「仕方ないよね。あたし皇女だもん」


 緋色の瞳をぼやかせて、キャスリーンがローイックを見てきた。その顔を見たローイックは、無意識に右腕をキャスリーンへと向かわせ、彼女を抱き寄せた。だが、こんな時に掛けるべき言葉を、ローイックは知らなかった。

 気の利いたセリフも浮かばない。

 ローイックは自分に腹が立った。キャスリーンを抱き締める腕に力が入るが、それはその事への誤魔化しだった。


「ごめんね。でもローイックは、暖かいね」


 キャスリーンは身体を預けてきた。柔らかい感触と、髪の香料の香りが不甲斐ないローイックを責める。

 私はどうすれば良いんだ。

 ローイックは心の中で叫んだ。だが、自らの心を塞いだままでは、どうして良いかなど思い浮かぶはずもない。時間は容赦なく、抱き合ったままの二人を置いて行った。

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