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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
キツネの天敵
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第十四話 三者会談

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。正月から修羅場です。

 関門前の広場では、キャスリーンとロレッタが睨みあっていた。周囲にいる第二騎士団及び第三騎士団とアーガス王国から来ている護衛の騎士達も、固唾を呑んで見守っている。


「ローイックに婚約者がいた、などとは聞いていないが?」

「ローイック様がまだ王国内にいる時のお話ですので」


 腕を組み、迫力のある立ち姿のキャスリーンが詰問するが、受けて立つロレッタは過去の約束だ、と屈託のない笑顔で突っぱねている。キャスリーンがちらっと見てくるが、ローイックは小さく首を横に振った。


「本人は知らぬようだが」

「だって、親同士の約束ですもの」


 今度はロレッタがちらっとネイサンを見た。見られたネイサンは、私に振るな、と言わんばかりの苦い顔をする。どうやら適当に言っているらしい。が、キャスリーンに確認する術は無いのだ。

 アーガスから来た騎士達の一部からは悲鳴のような声も上がっていた。ロレッタは家柄良し、器量良し、スタイル良しと人気があって当然の令嬢だ。憧れる者も多いだろう。

 その令嬢が、目の前で、事もあろうに、敵地で男を取り合っているのだ。悲鳴が湧き上がるのは当然といえた。

 対して第二騎士団は静かだった。既婚者も多いが、道中でのいちゃつきっぷりを見ているからか、冷静だった。

 だが第三騎士団は違う。キャスリーン直轄部隊の女性たちは、声にならない声援を送っていた。つまり睨んでいるのだ。

 こんな修羅場(カオス)の中、ハーヴィーはこっそりとローイックに近付いていた。


「モテる男は大変だな」


 ハーヴィーは笑いをこらえながら話しかけてくる。二人が並ぶとハーヴィーが頭一つ分大きい。


「どうなってるんだよ、これ」


 ローイックは肩を落とした。「私が悪いのか?」と呟けば、「悪くは無いな」とハーヴィーが答える。そう、ローイックは悪くない。というか、何もしていない。

 キャスリーンとロレッタが勝手にいがみ合っているのだ。


「とにかく、ローイック様は、渡しません」


 ロレッタが、栗鼠の尻尾の様な髪を激しく揺らしながら捲し立てている。可愛い顔ながら結構な迫力だ。


「ローイックは我が第三騎士団の大事な文官だ。彼なくして第三騎士団は成り立たない」


 キャスリーンは腰に手を当てたまま、凛々しい麗人を崩さずに受けて立っている。お互い譲るつもりは毛頭ないようだ。


「皇女殿下、御取込み中、申し訳ありません。そろそろ日も暮れます。荷物を置きたいのですが」


 杖を突いたネイサンが、いがみ合う二人に割って入った。年の功というやつだろう。


「む、すまなかった。少々頭に血が上っていたようだ。タイフォン、案内差し上げてくれ」

「り、りょうかい」


 ネイサンの言葉にキャスリーンがすぐに反応した。ヒートアップしつつも、自分の役割は忘れていなかったようだ。

 急に振られたタイフォンの方が挙動不審だったくらいだ。タイフォンは慌てながらも「ご案内します」とネイサンに声をかけている。


「ロレッタ行くぞ」

「……はい、分りましたわ、お父様」


 ネイサンがロレッタに声をかければ、一応は応じた。ただし顔は応じた、とは言えないものだったが。それでもロレッタは、ローイックに「後ほどお邪魔しに行きます」と微笑みかけ、栗色の尻尾を揺らして馬車の方に歩いていった。


「皇女殿下。後でローイックと話がしたいのですが」


 神妙な顔つきでネイサンがキャスリーンに聞いている。キャスリーンも顎に手を当て、なんだろうか、と怪訝な顔をしていたが、すぐに判断を下した。


「私も同席なら、許可しよう」

「ありがとうございます」


 ネイサンが深々と頭を下げた。


「……彼女もか?」


 キャスリーンは馬車の方をに視線をやり、眉を顰めている。ロレッタがいれば、また言い合いになるだろう。面倒な事態はキャスリーンも避けたいはずだ。


「いえ、娘は抜きで私だけです」

「あい分った。時間と場所は後ほど伝える」


 ネイサンがキャスリーンと何やら話をしていたのを、ローイックは漠然と眺めていた。目まぐるしく変化する状況に頭がついて行かないのだ。


「まぁ、気を落とすなよ」


 ハーヴィーの手がローイックの肩に乗った。

 気を落とすなよ。

 ローイックは、この言葉に、妙な引っかかりを感じた。









 大騒ぎだった夕食後、南関門の砦の一室でローイックとキャスリーンが並んで座り、ネイサンとテーブルを挟んで対面していた。先ほど約束した、ローイックとの話し合いの場だった。

 キャスリーンは相変わらず黒い侍女服だ。それを見たネイサンは、なんとも言えない顔をしている。皇女のする格好ではないのだから当然だ。


「ロレッタが我儘を申して、ご迷惑をおかけしてしまいました。お詫び申し上げます」


 ネイサンがすまなそうに眉を下げ、頭も下げた。夕食でもローイック争奪戦が勃発したのだ。





 今回は招いた都合でキャスリーン達とネイサンたちは一緒に食事をとることになっていた。その席上、何故か侍女服に着替えたキャスリーンに驚いたロレッタだが、そんな事では怯まなかった。ずかすかとローイックの隣に来ると、キャスリーンとは逆隣(ぎゃくどな)りに座った。


「ロレッタ殿、ローイックの世話は私がやるから、大丈夫だぞ」

「いえ、これも、妻、の役目ですので」


 キャスリーンが咎めるもロレッタは突っぱねた。二人はバチバチと見えない火花を散らし、お互いを牽制し合っていた。

 ネイサンとハーヴィーの食事の用意に動き回っているミーティアは、チラチラと様子を窺っていた。だが余所見をしているからか、壁に当たりそうになっていた。


「貴女が妻と決まったわけではないだろう」

「決まった様なものです」


 ロレッタの口からは、先程よりもトーンダウンした言葉が出てきた。ネイサンに絞られたのだろうか。適当なことを言うと、あとで自分の首を絞めかねないというのもあるのだろう。

 間に挟まれたローイックは、苦笑いだった。何か発言しようものなら、黙っていろ、と言われるのは間違いない情勢だからだ。


「くく、辛いなぁ、ローイック」

「……他人事だと思って」


 ローイックの口を曲げての抗議にも、ハーヴィーは笑いをこらえていた。結局、どちらも断れなかったローイックは、二人から交互に餌付けされることになったのだった。





「まぁ、ローイックが嫌じゃなければいいのよ、私は」


 右隣に座るキャスリーンがローイックをちらっと見て、大きく息を吐いた。何か言いたい事を我慢しているのだろうとも思ったが、ローイックには分からなかった。


「両手に華、だったものね」

「あの……すみません」


 キャスリーンにニコッと笑顔で言われても、ローイックは汗をかくばかりで、真面に話せない。何か怒っているようにも感じられたからだ。そんなローイックに対してネイサンが微笑んできた。


「女性の顔色を窺うようになったとは、お前も変わったな」

「へ?」


 ネイサンは意味深な笑みを浮かべた。が、ローイックは固まるだけだ。


「さて、話なのですが」


 ネイサンは居住まいを正した。顔つきも厳しいものに代わり、これから話される内容を予想させているようだった。


「ローイック。お前の兄が、先月亡くなった」


 ローイックはネイサンの口から出たその言葉に、反応が出来なかった。きょとんとして、口を開けたままだ。


「兄が……死んだ?」


 ぼそりと口に出した言葉は、芯のない、か細いものだった。キャスリーンがローイックの顔を見てくるのが分かったが、そちらに意識は向けられなかった。


 「流行病(はやりやまい)でな……病にかかってすぐだった。去年結婚したばかりの奥さんも、一緒に、な」


 ネイサンは声を絞り出すように、答えた。

 ローイックには三歳上の兄がいた。名はアレックス・マーベリク。下に兄弟はおらず、アレックスと二人の兄弟だった。帝国に送られたローイックは知らない事だが、兄アレックスは昨年に結婚していた。アーガス王国のとある伯爵家の令嬢で、良く知った仲だった。結婚してそれほど時間もたっておらず、子供もいなかった。いたかもしれないが、まだお腹の中だったろう。


「え……ちょっと、待ってください」


 ローイックは体をよろめかせながらも、尋ねた。


流行病(はやりやまい)って」

「風邪に似た症状でな。治らない病気ではないのだが、すぐに手当てしないと手遅れになる。忙しくて、ただの風邪だと考えていたらしく、流行病(はやりやまい)だと気が付いた時には……」


 ネイサンも思い出したくはないのだろう、目を下を向けた。


「……侯爵夫妻は相当落ち込んでいてな。まぁ、無理もないだろう。次男を取られ、長男夫婦は病死だ。悲しみは想像できん」


 ローイックは、目の前が歪んでいくのを、為す術もなく見ていた。今の話の内容は、到底受け入れられない。信じたくもない。


「そ、そんな……」


 ローイックの視界は、暗くなった。

今年も「なろう」の奥底で、ひっそりと過ごしたいと思います。

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