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第三騎士団の文官さん  作者: 海水
タヌキは不安定
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第十話 心の天気は雨模様

 キャスリーンが第三騎士団に戻ったのは、もうお日様が真上に来た頃だった。食堂で昼食を取っている騎士達への挨拶もそこそこに、キャスリーンはローイックのいる部屋に向かった。連絡する事が幾つかあったからだが、それ以上に、怪我の具合が心配だった。

 階段を登る途中で、ミーティアとローイックの声が聞こえてきた。キャスリーンは、思わず足を止めて耳を澄ました。


「姫様が上手く事を運んで下さっていれば、あなたは安全になります。姫様にお礼を言っておいて下さいね。ただし、誰にも見つからないようにして下さい。そのくらいは目を瞑ります」

「すみません。姫様に迷惑をお掛けしてしまいました」


 ローイックの声にいつもの元気がない。怪我が見た目よりも酷いのかも知れない。キャスリーンは、心配で胸の奥がキリと軋むのを感じた。


「そう思うのなら、姫様には笑ってる顔をお見せしてください」


 ミーティアが、余計なことまでいいそうだったから、キャスリーンは、また階段を登り始めた。





 キャスリーンが部屋に入ると、左腕を首から吊り、顔中に湿布を貼り付けたローイックが目に入った。思ったよりも酷い怪我にキャスリーンは息をのんだ。脇にはミーティアもいるのだが、構わずに駆け寄った。


「酷い……」


 キャスリーンが湿布を貼った頬に指を添えると、ローイックは「いたっ」と小さい悲鳴をあげた。キャスリーンは「ご、こめん」と指を放したが、悲しそうな顔をした。具合は見た目よりも、もっと酷いことが分かったからだ。


「ちょっと、痛かっただけです」


 ローイックは、湿布を貼った顔でも、笑った。ミーティアに言われたからだろうと思うと、キャスリーンの胸の奥に、ズキンと痛みが走る。ミーティアに言われなくてもローイックは頬笑んだ筈だが、そんな事はキャスリーンには知りようもない。ローイックからすれば、キャスリーンに悲しい顔はさせたくないからこその、微笑みなのだ。


「……ごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ」


 それでも笑うローイックに触れようと、キャスリーンの腕がピクリとしたが、自分の胸の辺りに持って行く事で誤魔化した。過度の接触は立場的に良い事ではない。


「そ、そっか。よかった」


 絞り出した彼女の声は、少し震えていた。

 

「では、下で食事の支度をしています」


 存在を消していたミーティアが、タイミング良く声を掛けてきた。だが、その顔には呆れが浮かんでいた。

 私が居ないところでいちゃついて下さい。

 ミーティアの顔には、そうも書いてあった。


「あ、連絡があるから、みんなに食堂にいるように伝えて!」

「畏まりました」


 ミーティアは黒いロングスカートを持ち上げ、ふわっと礼をすると、すすっと姿と気配を消した。ミーティアが消えたことを確認すると、キャスリーンは口を開いた。


「今日から、あたしがローイックを守るからね」


 キャスリーンは、ちょっと恥ずかしさを感じながら、先程の話を説明し始めた。湿布だらけの顔でもローイックが驚いているのは、よく分かった。


「ちょっと待って下さい。姫様にそのような事をしてもらうわけにはいきませってイタタ!」


 口の中を切っているからか、口を大きく開けると痛いらしい。手で頬を押さえている。このままでは食事も食べられないだろう。


「ほら、怪我人は大人しくしなさい」


 キャスリーンは、諭すために優しく微笑んだ。それを見たローイックのサファイヤブルーの瞳が開いていくのが、キャスリーンにはよく見えた。キャスリーンは無意識に、ローイックが好きな、あの笑顔になるのだった。









「はい、ちょっと聞いてー!」


 食堂では、第三騎士団の騎士達が集まっていた。キャスリーンは、目立つように立ち上がり、手を挙げて声を張った。脇には顔が包帯だらけのローイックが控えている。足には大した怪我はなかったから、歩くことには支障はない。

 騎士団内では、この二人がじゃれているのは当たり前の光景だが、食堂で連絡などの話をする時にしては珍しい組み合わせだった。普段のローイックは部屋に籠もりきりだからだ。

 更に怪我をして包帯だらけの顔だ。食堂はざわついていて落ち着かない。


「見ての通り、ローイックが何者かに襲われた」

「え!」

「うそ!」


 キャスリーンが話し始めると、やはりというか、小さい悲鳴が上がる。第三騎士団発足から、この様な事はなかったからだ。ただ、女性を下に見る風潮というものはあって、第三騎士団の彼女達も嫌な事をされていたりもした。だからこそ、次は自分達ではないのか、と困惑したのだ。


「話は最後まで聞くこと」


 キャスリーンは人差し指を立てながら窘めるが、一番話を聞きそうにない人物が言っても説得力はない。立場があるから仕方がないのだが。


「先程、皇帝陛下と宰相殿に直談判をして、宮中での帯剣を認めてもらった」

「やったー!」

「ほ、本当ですか!」


 キャスリーンの言葉に歓声と拍手が巻き起こる。皇女ならではの荒業だ。皇帝に直談判など、本来なら死刑台に一直線だ。


「今回は、ローイックだったけど、次はあたしたち女が襲われるかも知れないからね! ただし、無闇やたらと抜剣しないこと。剣を使うのは本当に身の危険になりそうな時に留めること。でないと、禁止にされちゃうからね。分かった?」


 キャスリーンが念押しをすれば、彼女達は、はい!、と元気に応えてくる。このような事もあり、第三騎士団の、キャスリーンに対する忠誠は強いのだ。


「キャスリーン。ローイック君はどうするの~? 仕事もそうだけど、そのなりじゃ、食事も大変よ~?」


 テリアが手を挙げた。ごもっともな質問だが、第三騎士団の彼女達には、直接関係はない話だ。テリアは、ある程度推測をつけての確信的犯行をしたのだ。


「ローイックの護衛は、あたしがやるわよ。不自由になった身の回りは、これから考えるわ」

「はぁ、あんたが?」

「お試し期間?」


 キャスリーンが説明すれば、即座にタイフォンが突っ込む。首を傾げ、あざとく、とぼけて、だ。同じような顔が三つ、会話を交わしている様は、不思議なものである。


「なんのお試しなのよ!」

「将来にきまってるじゃな~い」


 キャスリーンは振り向き、チラッとローイックを見た。そして直ぐに向き直った。


「し、将来!? そんなこと、あるわけ、な、ないわよ!」

「違うの?」

「ち、違うわよ!」


 三人は、小鳥のように(かしま)しかった。





 テリアとタイフォンの問い詰めに対して、どもりながらも必死に否定するキャスリーンを、ローイックは苦笑いで見ていた。だがその心中は、顔程穏やかなものではない。今はキャスリーンの近くにいられて楽しい時間かもしれないが、将来、自分が彼女の横にいることは無いのだと、再確認することになったからだ。

 自分はモノで、彼女は皇女様。色々なものが違いすぎた。

 三人のやり取りを微笑んで見ているローイックの心模様は、どうしようもなく土砂降りだった。





「それと明後日、アーガス王国からの使者の護衛の為に南の関門に行く。半分の10人を連れていくからね。あ、テリアとタイフォンは留守番よろしく」


 帝都の四方には、交易路上に関所が設けられている。不審な人物の拘束、禁輸品の密輸を試みる商人などの摘発、また軍事上の拠点でもある。砦と一体化しており、要塞とも言えた。

 検問には時間がかかるために、そこには街が整備され、栄えていた。南の関門は帝都から三日の距離にある。アーガス王国からの使節団が到着する前に受け入れの準備をする必要もある為、急ぎ出発となった。


「えぇ~!」

「……ケチ」


 ローイックの祖国であるアーガス王国からの使者の護衛任務の説明をすれば、留守番を申し付かった双子からは文句が出る。従姉妹だから許される口調ではあるが。


「宮殿に残す人選は二人に任せるわ。あ、ローイックも連れて行くから、書類の処理はお願いね」

「なによ~、ローイック君と遊びにでも行くの~?」

「職権乱用!」


 ほっぺを膨らませた二人の苦情の声も大きくなっていった。騎士は用が無ければ外には出られないからだ。街には出られるが、帝都の外へは、勝手に出られない。任務での外出は仕事なのは間違いないが、息抜きと遊びを兼ねてもいた。


「使者が本当にその人かどうかの検査に、ローイックが必要なの!」

「ホント~?」

「その眼は嘘だ」


 双子は疑いの目でキャスリーンを見ている。勿論疑っているわけではない。遊んでいるだけだ。


「本当だって!」


 だがキャスリーンは焦りまくっている。双子に玩ばれるキャスリーン。そんな光景を、騎士達はニヤニヤ眺めていた。

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