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6話 2つの選択肢



 歩き始めて5分程が経過した。居世を導く火の玉の灯りは、まだ前方上空を真っ直ぐ先に照らしている。歩いている道幅は普通車が余裕で通れるぐらいの長さで、相変わらず灰色のレンガで周りは固められていた。

 ただ所々、左右に別の道があり、さながらTVゲームにあるRPGのダンジョンを思わせるような構造になっていた。何度かその道の方に目をやったが、その先は不思議と真っ暗で何も見えなかった。特に忠告は受けていないがとてもその中を進む勇気は無かった、一歩でも足を踏み入れるともう元に戻ってこれない気がしたからだ。


 とにかく灯りが示す道筋を行くしかない、足取りは決して軽くないが黙々と居世は両足を動かした。その間、頭の中を白い動物の言葉がよぎる。


ーー地縛霊魂を7つ集めることができれば、か。

 

 生き返る、そう、下界に戻るには地縛霊魂を7つ集めなければいけないと言われたが、集めるというのは具体的にどうすれば良いのか。

 あと気になったのが〝肉体が全て剥がれる前に〟と〝無事手に入れることができれば〟という言葉だ。前者は時間制限があるということを表していて、後者は危険が伴うということなのだろうか。

 不思議と頭が普段以上に冴えていた。いつもあまり深く物事を考えずぼんやりしていることが多い居世ではこうも頭は回転しない。いや、むしろこれは最初から……。

 

 

 ふと気付けば上空にある灯りが少し先で途切れているのが確認できた。行き止まりだろうか、ゆっくり近づいて行くと身の丈を超える大きな扉がそこにあるのに気付いた。

 薄茶色の大きなその扉を触ってみると木を触った時の手触りと似ていた。扉自体、かなり古く表面は細かな傷が多数入っている。ドアノブらしきものは付いていないので、押すと開くのだろうか。

 居世はその扉を見上げた、かなり重そうにも見えるこれは果たしてちゃんと動くのか少し心配になった。


「大丈夫ですよ、そのまま手を当て扉を押して下さい」


 居世の心を読んだかのようにあの女性の声が聞こえてきた。どうやら問題ないようだ、彼は両手を扉に当て力を入れた。言われた通り、扉は観音開きでゆっくり開いていく。


 

 扉の先は円形の形をした空間が広がっていた。最初にいた場所よりも遥かに広く天井にいたっては先が見えない程高い。いや、天井は無く、むしろ吹き抜けになっているようにも見える。

 さっきまで灯りの役割を果たしていた火の玉は全く無くなっており、代わりに蛍が放つような淡い光の玉が無数に宙を舞っていた。味気ないレンガで構築されていることに変化は無いが、この光のおかげでとても幻想的な世界を演出している。

 だが、それらが頭に入ってこない程、居世を釘付けにさせるものが別にあった。


「……木だ、めちゃくちゃでかい木だ」


 目を見張るような大木だった。円形の空間のど真ん中にどっしり構えるようにそれはあった。思わず声が溢れる。

 太い幹に緑の葉を数えられない程枝に付けている自然の恵みは、居世がいた下界にあるものと何ら違いは見当たらない。地面ではなく無機質なレンガからこのような巨大な植物が生えている様は、この大木の生命力を見せつけるようであった。

 居世は大木に近づき、太い幹に触れてみる。下界にある木と全く同じ感触だった。ここに来て初めて見る自然物と、これまた初めて見る大木の迫力と偉大さにちょっとした感動を覚えた。


「あれ、そういえば……」


 思い出したように居世は辺りを見渡した、あの声の主がどこにも見当たらない。


「私はここです、初めましてイヨ様」


「うわっ!」


 体がビクついた際、足を滑らせその場に尻餅を着いた。突然話しかけられて心臓が飛び出るかと思った。


「申し訳ありません、驚かせてしまって」


「……えっ、木が喋った!?」


 全く予想だにしない展開だった。心臓の高鳴りがなかなか治らない、あの透き通る優しい声の正体はこの大木なのか。


「はい、私です。イヨ様には私が木に見えるのですね」


「……は、はぁ」


 動物の次は植物が喋る。この中界は本当にファンタジーな世界のようだ、改めて異世界にいることを心臓に悪い方法で教えてくれた。


「ん、木に見えるってどういうこと?」


「私はあなた方、双者の霊魂によって見える姿、形が違うのです。私が木に見えたということは、イヨ様は何か木に特別な想いを抱いているのでしょう、素敵な殿方でいらっしゃいますね」


 大木はそう語りかけてくる。

 木に特別な想い? 植物には全く興味もなければ関心もない。ましてやこんな大木自体、ついさっき初めて目にした。過去の思い出にも一切登場してこないのだが。


「あっ、申し訳ありません、ついイヨ様が知らない単語を口にしてしまって。色々と驚かれているかとは思いますが、あなた様は今……」


 そんな居世を他所に大木は話し始めた。話してくれた内容は概ね、白い動物が話してくれたものと同じであった。違うのはこちらの方が丁寧な口調であることと、ユーモアに溢れた言い回しな所だろうか。見た目は大木、中身はコミカルな女性、だんだん笑いが込み上げてきた。


「ん、どうかされましたか?」


「いや、ごめん。気にしないで」


「そういえばイヨ様は私の話を聞いてもさほど驚かれないのですね?」


「あー、それは……」


「い、嫌だ、このまま死んでたまるか、元の場所に絶対戻ってやる!」


 白い動物に教えてもらった、そう話そうとした時、突如男の声が響いた。


「えっ、だ、誰!? どこに……?」


 初めて聞くまた別の声。今度は一体何が喋るのか、警戒しながら居世は周りに視線を送った。しかし、この空間には先程と変わらず自分と大木しかいない。


「それはあなた様と同じ、別の双者です」


「べ、別の双者?」


「はい。彼は選んだようですね、己の行く先を」


「選んだ?」


 彼女の雰囲気が今までと変わったような気がした。

 そうか、ここからが……。


「双者は選ばなければいけません、2つの行く先からどちらかを。このまま上界に行くか、それとも下界に戻る道を歩むか。イヨ様、あなたはどちらを選びますか?」


 大木は問いかけてくる、これまでと変わらない口調と温かさで。

 武者震いだろうか、足が震え始める。この返答で大きく自分の運命みたいなものが動き出す、そう感じざるを得なかった。

 居世は深く深呼吸をして、そして静かに呟いた。


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