4話 3つの世界に3つの存在
「……なんとなくだけど、分かったよ」
白い動物の話が終わった。細かく噛み砕いた内容ではなく、大枠での話であったが居世がどこにいて、何故こんな場所にいるか、一定の理解を示すことができた。
どうやら世界は3つあるみたいだ。生者がいる元々いた世界である下界、死者がいる死んでからの世界である上界、そして、その間に挟まれる形でもう1つの世界、中界がありそこに今自分はいるらしい。
「生者は霊魂が肉体に宿っている者、死者は肉体を失い霊魂だけになっている者、そしてお前のように霊魂から肉体が〝剥がれかけている〟者、双者がいる」
白い動物の言葉が甦る。3つの世界に合わせるように生者、死者、双者という3つの存在がいて、その種類によって住む世界が違うようだ。というのも肉体があるかないかによって〝重さ〟が変わり、それによって霊魂が居座れる世界の層が変わるらしい。一方霊魂は肉体とは別に精神的実体として存在するもので、生命や精神の原動力となっており永遠に消えることがないとのこと。
ちなみに重さは体重などの日常的に使っていたそれとは全く別物であり、居世は頭がこんがらがるので詳しくは聞かなかった。
「なんで、俺はその双者だっけ、それになったの?」
「理由は分からないが、下界でのお前は意識障害に陥っている。中界に来る者はだいたいがこのような状態だ」
そう言うと、白い動物は顔を横に向けそちらを見るよう居世に促した。彼が視線をやると、真っ黒だった視界の中心から突然光が広がっていった。
思わず目を瞑る。数秒も経たないうちに瞼越しに光が漏れてくるのを感じた。ゆっくり目を開くとまるで映画館で映画を見ているような感覚に陥った。大きなスクリーンにどこかで見た顔がベッドで仰向けになって寝ている様子が映し出されていたのだ。
ーー俺だ。
間違いない、たしかにそこに自分がいる。ただ、ベッドはいつも使っている部屋の物ではなかった。この光景はよく医療関係のTVドラマで目にする風景と類似していた。傍に心電図モニターが映し出された機械、まるで白装束のようにも見える真っ白なベッド、他には机ぐらいしかない殺風景な室内。
病室のベッドで眠る自身を見て、居世は確信を得た。やはり乗車していたバスが事故にあったのだと。
「あれは……」
室内にはもう1人いた、居世の手を握りながら椅子に座る女性が。何か話しているように見えるが、映像だけで音は一切聞こえてこない。
「……母さん」
1年ぶりに目にしただろうか、母親の姿があった。だがいつも見ていた快活な彼女はそこにはなく、目の下にはクマができ、疲労困憊な様子がうかがえる。
酷い顔だな、思わず苦笑いが出た。と同時に初めて見る母親のあのような姿が、酷く自分の胸を締め付けさせた。
「下界から中界に来た者はいずれ上界へ行く。双者は肉体がだんだんと剥がれていき、やがて死者になる」
白い動物が話し始めると目の前に広がっていた光景が徐々に再び暗闇に閉ざされていく。居世はとっさに手を突き出した、しかし、当然その手では何も掴めない。無情にも消えていく光を後に、何とも言えない鬱々とした気持ちだけが残った。
「じゃあこのまま俺は死ぬのか?」
「そうだ、いずれな」
含みを持たせたような言い方だった。それが何なのか、人間ではないのでやはり表情からは何も読み取れない。しかし何となく次に来る話は予想できた。
「だが、望むのであれば下界に戻る方法がある。戻れるかどうかはお前次第になるが」
「……! どうすれば良い?」
予想していた通りだ、居世はすぐに言葉を返した。何故そんな考えが彼の頭に浮かんだのかは分からないが。
「肉体が全て剥がれる前に7つの地縛霊魂を集めることができればお前は下界へ戻れる」
「……地縛霊魂?」
「下界に縛られてしまった霊魂のことだ。それらを無事手に入れることができれば、双者は生者に……ん、そろそろか」
白い動物の話途中であるが、これまでにない感覚が急に居世を襲った。それは急激な眠気に近い、意識を刈り取られるようなものであった。
「あれ、何で……突然……」
「詳しいことはこれから分かるだろう」
意識と共に目に映る白い動物、耳に入る声が遠のいていく。抗えない強烈な波に居世はただ身を任せることしかできなかった。
「……前に……いが……」
もう相手の言葉は分からなかった。自分自身が落ちていく、というよりは上がっていくような奇妙な感覚の中、居世は気を失った。