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剣製の龍騎士  作者: 書砂糖
一章
6/20

第六話


 「え……?」


 結弦はアヤカの言葉に絶句した。自分が異世界人であることで起こる誤解や混乱を避けるために明言するつもりがなかったことを、暴かれてしまったのである。もちろん、それで差別される等ということはこの里ではありえないだろう。だが結弦は自分の記憶が覗かれたという異例の事態に戸惑っていた。


 「……先ほど使った魔術は自分と相手の意識を同調させる魔術で、主に捕虜から情報を得る際に使われるものなんです……」


 アヤカは顔を伏せながら言う。本来この術は対象の意識に不純物がないかを調べるだけの簡単な魔術である。それなのに結弦の記憶を意図的ではないとしても覗いてしまったのである。


 「それで貴方の中に意識を潜らせていくと貴方の記憶が私の中に流れてきました。とても記憶を失っているとは思えないほどの……」


 「いや、その……だって、普通信じて貰えないないじゃないですか。別の世界からやってきました、なんて言っても頭がおかしいとしか思われないでしょう?」


 「そうですね。私はほんの数秒で貴方の人生を断片的にではありますが追体験しました。ですがそれはあくまでも記憶という情報を読みとっただけにすぎません。わかりやすく言うと、他人の日記を読んでいる感じなんです」


 アヤカは一度そこで言葉を切ると言うべきかどうか悩みながらも結弦に問う。


 「それでもあの炎は異質でした。ユズルさん、あなたは何者ですか?」


 「そうですね……事実だけを述べるなら通りすがりの異世界人で、職業英雄見習いですかね。でも今は、龍の里の食客、薪拾い名人の結弦ですよ」


 結弦の言葉にぽかんとしていたアヤカだが、何かがツボに入ったのか急に吹きだすとそのまま笑い出した。それでも上品さを失わないあたり流石だなと結弦はアヤカを見て思った。


 「ふふ、そうですね。どんな出自でも、どんな能力を持っていても、私が知っているあなたは薪拾いをするサルバトさんの扱いが上手い食客のユズルさんですね。あなたの力も誰かに仕掛けられたものでもなさそうですし、今はそういうことにしておきます」


 「うっ……自分で拾ってないのばれてましたか」


 「それはもう。それで先程の話ですが、貴方の出自の件についてはうかつに喋らないほうが良いですよね」


 「そうしてもらえると助かります。できればサヤにも内密に」


 「あらあら。それは困りました」


 アヤカはそう言うとその美貌の中に小悪魔的笑顔を浮かべ


 「それでは二人だけの秘密……ですね。なんだかどきどきしちゃいます」

 とよわい十六の童貞には効果ばつぐんのセリフを言っていた。結弦が顔を真っ赤にしているとそれをアヤカはからかってくる。先程までの重苦しい空気はどこへ消えたのか、問題を棚上げしているだけではないか。と第三者がいればそう思わざるを得なかったが、当事者二人は全く気にせず笑いあっていた。


- - - - - - - - - -


 その後程なくして朝食を食べ終えると、アヤカはやらなければならないことがあるようで席を立った。他人の部屋に長く居座るのも気が引けた結弦は自分の分の膳を持って厨房に置きに行った。膳を持って現れた結弦に当番の侍女は驚いたようで客人である結弦に自分たちの仕事をさせてしまったことを謝ってきた。


 「ゆ、ユズル様!? も、申し訳ございません! 私が運ばなければならなかったのに客人であるユズル様に運ばせるなど……」


 「気にしないでください。俺がやりたかったことなんですから」


 「ですが……」


 尚も自分を責める侍女の姿を見て、結弦はどうにか関心を逸らせないかと思案した。


 「うーん……ならこれは俺の仕事です」


 結弦の言葉の意図が掴めないのか侍女は困惑顔を浮かべた。


 「仕事……ですか?」


 「ええ。俺はこの里の食客ですから、何かで貢献しないといけないんで自分の膳の片付け自分でやればその分、あなたの仕事が楽になるじゃないですか」


 「それはそうかもしれませんが」


 「それにこれはちゃんと言わなきゃとは思ってたんですけど、直接言える機会がなくてですね。良い機会だと思ったんです」


 「いい機会?」


 侍女は小首を傾げ、疑問符を頭に浮かべる。今まで客人にこのように振る舞われたことがなかったアイリはとても動揺していた。


 「ええ。アヤカさんに聞いたんですけどサヤと自分の分の食事って全部あなたが作ってくれていたんですよね? それについての感謝です。いつもご馳走様です」


 「そんな! こちらこそいつも美味しそうに食べていただいて大変嬉しく思っています」


 慌てて侍女は頭を下げようとするも、結弦が手で制す。


 「あなたには感謝しかありませんよえーと……」


 そこで今まで彼女の名前を聞いたことがないことに結弦は気付いた。先程まであれだけ感謝を述べていながら、相手の名前も知らなかった自分に悪態をつきたくなった。だが彼女も結弦の反応で名乗っていなかったのを思い出したのか、慌てて自己紹介をし始めた。


 「あ、私はアイリです。この屋敷で姫の筆頭侍女をさせていただいております」


 「アイリさん、今晩からは自分も片づけを手伝いますよ」


 「でも……」


 「気にしないでください。どうせ日課が終わったら暇なんですから。それに食客なんでこき使っちゃって良いですよ」


 「その……あ、ありがとうございますぅ!」


 屋敷にいるのはほとんど女性なので、男性にあまり慣れていない侍女はこれだけ真摯に接してくれる結弦の態度に照れてしまい、「で、では私は仕事がありますのでー!」と走り去ってしまった。結弦はそんな彼女が見えなくなるまで見送ってから、彼女がそのままにしてしまった結弦の膳の片づけをするのであっ

た。


- - - - - - - - -


 アイリの主な仕事はサヤの身の回りの手伝いである。一日の始め、サヤを起こすのが最初の仕事である。その後着替えを手伝いサヤが早朝の修行に出てから、サヤと結弦の料理を作るのである。彼女たち侍女と姫や客人に出る料理は違ったものをだす。姫には美容と健康に良いもの、結弦には男ということもあり健康志向でありながらもボリュームたっぷりの献立となっている。それに比べ従者達のものは手間がかからず大量に作れるまかないのようなものだった。


 アイリは繊細な舌と手先の器用さをかわれ、姫の料理を任されるようになり、サヤに食事の好みなどを聞いてる内に、主従の関係ではありつつもサヤの話し相手としてよく呼ばれるようになった。そしていつしかアヤカに次いでサヤからの信頼を置かれるようになっていた。


- - - - - - - - - -


 結弦から逃げるように去ったアイリは軽く落ち込んでいた。はあ、とため息を吐きながら向かうのはサヤの自室である。朝食を終えたサヤは食休みをかねてアイリと雑談するのが日々の楽しみとなっている、と以前アヤカから聞いていたアイリは余裕を持ってサヤの部屋に向かうようにしている。また、アイリは(結弦にはやらせてしまったが)姫や客人の膳を下げるというのも仕事の一つだ。いくらサヤが楽しみにしているとはいえアイリにはやらなくてはいけないことがたくさんある。それが少しでも滞ればアヤカに怒られてしまうため、アイリ自身サヤとの会話を楽しみにしているもあまり長居できないのだった。


 サヤの部屋の前に着くと落ち込んだ気持ちを追い出すように深呼吸をしてから戸を静かに叩く。


 「姫様、膳を下げに参りました」


 「はいりなさい」


 アイリがそう言うと中からサヤの返事が聞こえた。それなりに親しい仲とは言え、彼女とは身分の差というものがある。どこでアヤカが目を光らせているかわからないので、このやりとりは必要なものだった。


 「失礼します」


 いつものように戸を開き中に入ると幾分か気分を弛緩させる。中では何か読み物をしているサヤが座っていた。


 「アイリ、なにかあった?」


 膳の上を整理し、運びやすいようにしていたアイリにサヤが話しかける。サヤは自室の中では気さくに話しかけてくる。そんなサヤが少し不安そうな表情を浮かべながらアイリを見ている。主を心配させてしまった自分のふがいなさに反省したアイリはできるだけ平静を装った。


 「いえ、特に何もありませんでしたよ? どうかなさいましたか?」


 「だってあなた顔が真っ赤なんですもの」


 「!?」


 片づけをしていた手を自分の頬に当てるアイリ。確かにほんのり熱を帯びているような気がした。


 「もしかして体調が悪いの?」


 「だ、大丈夫です!! 体調が悪いわけではないです」


 「本当?」


 自分を気遣ってくれる主に心をうたれたアイリは正直に先ほど結弦から感謝を言われ、男性に慣れてない自分が動揺して逃げてしまったことを伝えた。


 「……というわけでして、わたしの顔が赤いのは恩を仇で返すような真似をしたわたしを恥じているのであって、体調が悪いわけではありません」


 「そう、なら良かった」


 そう言い安心した様子のサヤを見て、アイリはふと疑問に思ったことを尋ねた。


 「そういえば姫さ……」


 「サヤ」


 サヤはアヤカとアイリには名前で呼ぶように言っているのだがいつもの癖でサヤを姫と呼んだアイリに訂正を求めたのだった。


 「……サヤ様。なぜあのときユズル様を客人として招こうと思ったのですか?」


 「それはその時にも言ったけど、助けて貰ったお礼として……」


 「それなら宴でも開いて、はいおしまい。でもよろしかったではないですか。どうしてここまで彼を引き留めるのですか?」


 「アイリは反対かしら?」


 「いえ、そう言うわけでは……」


 サヤに考えがあってのことなのはわかるのだが、どうにもはっきりとしない違和感のようなものがアイリの胸にはあった。それを察したのかサヤは続けてこう言った。


 「強いて言うなら勘よ」


 「勘、ですか?」


 「ええ。彼は現状を打ち破る鍵になりそうな気がしたの」


 「と言うと例の……」


 そうアイリが言うがサヤの表情は苦いものを浮かべるだけであった。


 「サヤ様、期日まであまり時間がありませんが、どういたすおつもりですか?」


 「どうもこうもなるようにしかならないわよ。それでもこの里とあの御方はわたしが護ってみせるそのためなら……」


 わたしはどうなろうと構わない


 サヤは声に出して言った訳ではないが、アイリにはわかってしまった。あまり歳の変わらない彼女がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。アイリは何度も繰り返した問いを空に投げかけるのだった。


- - - - - - - - - -


 アヤカは仕事場で動かしていた作業を終えるとしばらく今朝のことについて思い出していた。


 「あのユズルさんの記憶……もし実際にあんなことがあったならどうして彼はあんな……」


 だがその部屋にはアヤカの問いに答えるものはいなく、やがて自分が考えてもどうしようもないとアヤカは部屋を出た。 

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