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剣製の龍騎士  作者: 書砂糖
一章
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第五話


 「うぅ……はっ!?」


 うなされていた結弦が目を覚ますと、先ほどまでいた脱衣所ではなく自室に運ばれていた。辺りはすっかり夜のとばりに包まれていて、元の世界では人工の明かりのせいで見れなかった綺麗な星空が見えた。


 「うっわぁ、これ飯悔い損ねたんじゃねーか? サヤめぇ……」


 「ふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと貴方の分はありますから」


 結弦がサヤへの恨み言を言っていると襖が静かに開き一人の美女が姿を現した。亜麻色の長い髪と豊満な肢体を持ち、聖母のような笑顔を浮かべている。結弦の元の世界の男が彼女を見たらほとんどの人間が目を奪われるだろう。その手には膳を持っており言葉の通り結弦の分の食事が乗っていた。


 「えと、アヤカさん今の聞こえてました?」


 「ええ。それはもうばっちりと」


 「できれば内密にしてほしいんですが……」


 「ふふ、どうしましょうか?」


 そう言うアヤカの顔は小悪魔的な笑顔に変わっていた。結弦で遊ぶのが面白いのだろう。アヤカはサヤの教育係であるため屋敷にいることが多く、同じ屋敷に住む結弦の世話も見てくれていた。必然と話す機会も多くありまだ出会って一週間ほどだがなかなか打ち解けられたと結弦は感じていた。


 「ま、まあ、あっちが悪いんですし俺が怒られる道理はないですよね?」


 「あら、女性の裸体を見ておいて悪く思わないと?」


 「それは……ずるいですよアヤカさん」


 「ふふふ……さ、ユズルさん、冷め切ってしまう前に夕食を召し上がってくださいな」


 アヤカはそう言うと結弦いじりを止め、お膳を結弦の方に差し出す。お膳には川魚の塩焼きや漬け物、味噌汁のような汁物とおにぎりといったザ・和食テイスト満載だった。向こうでは食生活は乱れに乱れていたのでこっちに来てからの方が体調はよかった。たまに夜中にジャンクフードが食べたくなる発作が起きることはあったが。まずはおにぎりを一口。やはりここの生活は良いものだと結弦は美味なおにぎりを食べて思った。


 「一週間ずっとこんなおいしい料理食べれて、ほんといいとこですよね、ここ」


 「そうですか? そう言っていただけると嬉しいですね」


 「なんだったら食事の準備も手伝いましょうか?」


 「あら、それは助かりますね。けど結弦さんは客人ですから」


 「いえいえ、ずっとお世話になってるんですからそれくらい当たり前ですよ。それに食客なんで」


 そう言って結弦は次のおにぎりを手に取ったが、それは他の俵型のものに比べ、形が不格好であった。不思議に思いつつも口に運ぶ。すると舌を刺すような刺激が到来した。


 「しょっぱ!?」


 「それ、姫が握ったんですよ」


 「姫ってサヤが?」


 「ええ。ふふ、今まで人にやって貰ってばかりだったあの子が、貴方の夕食は自分で作るって聞かなくってですね」


 そう言うアヤカは嬉しそうに笑っていた。教育係として随分長い間サヤの世話をしてきたからか、サヤの成長を家族のように喜んでいた。だがその顔もすぐ苦笑に変わったが。


 「さすがにサヤ様が全部作るとなると初めてで時間もかかりますし味付けもその……独創的になってしまう恐れがあったのでそのおにぎり一つだけ作るので納得させましたけど」


 「お姫様自らですか……」


 「あの子なりの誠意の見せ方なんだと思います。あれで自分が悪いことはわかってるんですよ? 無理に食べる必要はないですからね」


 「……しょっぱいけど、食べれなくはないですから。それにお姫様からの誠意とやらを無碍にはできませんよ」


 少し恥ずかしくなった結弦はアヤカから目をそらし、残りを一口で食べてしまう。塩が局所的に集まっていたのか、しょっぱいというより塩っ辛い、それですら生ぬるい表現だと思ってしまう味だったが、不思議とイヤではないと結弦は思った。その後他のものも食べ終えると満腹による幸福感が結弦に訪れた。


 「うん。ごちそうさまでした」


 「お粗末様です。では私はこれで失礼します」


 アヤカはそう言うとからになったお膳を持って部屋から出ていく。すると開いた襖から見えたのは、アヤカのものとは別の長く綺麗な黒髪だった。それは突然開かれた襖に慌てて、屋敷のどこかに消えていった。


 「謝りに来たならちゃんと謝れよな……ごちそうさま」


 結弦は苦笑しながら消えた黒髪の少女に礼を言った。


- - - - - - - - - -


 翌日の朝、今までは食事はあてがわれていた部屋でとっていた結弦に、アヤカから朝食のお誘いが来た。突然のお誘いに驚いた結弦だったが、せっかく向こうが場を設けてくれたのだ。この機会にできるだけこの世界の知識を得ようと思い、結弦はアヤカの私室に向かった。


 アヤカの私室は広い屋敷の中にはなく、別邸というか離れにあるらしかった。屋敷の廊下ですれ違う侍女たちに挨拶しながら歩くこと数分、結弦はアヤカの部屋に着いた。戸を叩くと中から室内に入るよう促す声が聞こえてきたので、


 「失礼します」


 と断りをいれてから入る。部屋の中では既に朝食の支度が二人分整えられていて、膳の前に正座するアヤカがいた。


 「突然のお誘いに応えていただきありがとうございます。さ、お座りになってください」


 「こちらこそお招きいただきありがとうございます。では失礼して」

 そう社交辞令じみた会話をしつつ、結弦は膳の前に座る。結弦が腰を落ち着けたタイミングを見計らったアヤカは手を前で合わせる。それに倣って結弦も手を合わせると示し合わせたわけでもないのに「いただきます」の声が重なった。


 結弦はまず、お吸い物に手を伸ばした。この一週間で健康的な体になった結弦には、少し薄目の味でもさほど気にならなくなってきていた。


 「お口に合いましたか?」


 「ええ、とても」


 そう結弦が伝えるとアヤカは微笑んだ。そして自分もお吸い物に手を伸ばす。しばらく無言で朝食をとっていた結弦は半分ほど食べた辺りで本題を切り出すことにした。


 「それで、俺を初めてお食事に誘ってくれたってことは何かお話でもあるんですか?」


 「いえ、特段お話することはありませんよ。強いて言えば……そうですね、世間話の相手が欲しかったのですよ」


 てっきり素性を聞かれたり探りを入れられるものだと思って事前にいろいろな設定を用意していた結弦は拍子抜けした。


 「世間話? お姫様とか侍女さんたちじゃだめなんですか?」


 「姫様は最近忙しくなされてますし、本来私が気軽に世間話できるような立場でもありません。他の侍女達は姫様の側近である数名とは悲しいことに一線を引いておりますので、私とは事務連絡くらいしかやりとりしてくれないんですよ」


 そう言うとアヤカは少し残念そうにする。確かにサヤとアヤカの立場を考えると気軽に世間話ができるわけでもないだろうし、侍女達の気持ちもわからなくはなかった。


 「なるほど、客人である俺であれば変な遠慮はされないだろうということですか」


 「恥ずかしながら……私も女の端くれではありますのでお話するのが好きなのですよ。客人であるユズル様の貴重な時間をいただいてしまって申し訳ないとは思うのですが、なにとぞご容赦いただけると」


 「そんな畏まらなくていいですよ。俺も一人で食べるよりは誰かと話しながらの方がより美味しくいただけると思いますし」


 「そう言っていただけると助かります。そういうことでしたら無理して私に合わせた言葉遣いでなくても平気ですよ」


 「そうですか? じゃあお言葉に甘えて。いやー慣れないことはするもんじゃありませんね。さっきからずっとアヤカさんに合わせて正座してたけど、やっぱきついですわ」


 そう結弦が返すと一瞬キョトンとした顔を浮かべたアヤカがクスッと笑った。だが何かがツボに入ったのかアヤカの笑いはなかなか収まらなかった。流石に結弦が恥ずかしくなってくると、それに気付いたのかアヤカさんは咳払いを一つすると話を続けた。


 「そ、そんな訳で世間話がしたいのですよ」


 「世間話といっても自分の記憶はここ数週間くらいしかないですから面白い話はすぐ出ませんよ」


 結弦が言うとアヤカは箸を休めしばし考える素振りを見せる。お話好きと言っても家族でもない男とどんな話をすればいいのか悩んでいるのだろうか。結弦が推測しているとアヤカは何か思いついたらしくそうですね、と前置きをしてから口を開いた。


 「ここでの生活には慣れましたか?」


 「そうですね。最初は自分の記憶がないことに困惑しましたし、慣れないことの連続だったんですけど、今ではそれなりに日々を楽しめてますよ」


 「そうですか、それはよかったです。何か困ってることなどありませんか?」


 アヤカのその言葉を聞いた結弦はまってましたとあらかじめ考えておいた台詞を言った。


 「そうですね……さっきも言いましたけど以前の記憶がないので他の人たちとの常識のすれ違いがあることですかね」


 「確かにそれは困りますね。具体的にはどんなことがありますか?」


 「例えばですか? うーん……字の読み書きができないこととか、礼儀作法とか、後魔術に関する知識とか。あげるときりがなさそうなことに自分自身驚きますよ」


 「なるほど。よろしければ字の読み書きや礼儀作法は私がお教えしましょうか?」


 「それは助かります。この先記憶を取り戻すという確証がない状態でいつまでも字が読めないというのはよくないでしょうし」


 結弦は相槌を打つが一番聞きたいのは魔術のことであった。どうにかその話に持って行こうと結弦は考えたが、先にアヤカの方から疑問を投げかけられた。


 「魔術の知識がないとするならば、この間のは魔術ではないのですか?」


 結弦はどこまで話していいものか悩みつつも、親身になってくれるアヤカに教えられる範囲で答えた。


 「それが自分でもよくわからないんです。サルバト達に襲われてるあなた達を見て、助けなきゃと思ったらできてて……」


 「なるほど。自分でも把握していない魔術なのかもしくは他の誰かにかけられた……」

 アヤカは結弦の言葉を聞くと一人でぶつぶつと何かしゃべり始めた。そこには先ほどまでの面影はなく、真剣な表情を浮かべていた。


 「だとしたら……」


 「あの……アヤカさん?」


 流石に様子がおかしいと思った結弦が声をかけるとアヤカはその双眸で結弦を凝視した。


 「ユズルさん、今から貴方にとある魔術をかけます。それは簡単に説明すると心の中身を見る魔術です。出会って間もない私を貴方は信じられますか?」


 会って一週間程、しかも実質ちゃんと話をしたのはほんの短い時間。そんな人物を信じられるか。結弦の以前の常識では答えは否である。これがただの世間話であれば嘘を吐かれても笑い話ですまされるが、彼女は結弦に魔術をかけると言う。この世界の魔術がどんなものかわかりもしないのに身を預けるなど正気の沙汰ではない。そこまで考えて結弦は


 「はい。それでも俺は貴方を信じます」


 そう言っていた。アヤカは自分から質問したにも関わらず結弦の答えを聞いて驚いた様子を見せた。


 「わかりました。目を閉じて、私の存在に集中してください」


 アヤカはそう言うと結弦の目の前に座った。言われたとおりに目を閉じた結弦は近くにいるアヤカに意識を集中させた。手を伸ばせば肩を抱ける距離に感じる彼女の体温に心拍数があがる結弦。アヤカはそんな結弦の頬に両手を添えると祝詞のりとをあげる。すると結弦の中に直接アヤカの声が響いた。


 (今から私と貴方の意識を同調させます)


 (同調?)


 (はい。もしあのときの力が誰かに与えられたものであり、その誰かが我々に仇なすものであったならば力を封じさせていただきます)


 (え? ちょ待っ……)


 結弦の思念がアヤカに届く前にアヤカは己の額と結弦の額をつき合わせた。端から見ると頭突きをしているようにも見えるが、今アヤカは結弦の意識の中に自分を潜らせているのだった。至近距離に感じるアヤカの吐息に、体温に身を固まらせる結弦。そんな結弦に構うことなくアヤカは自分の意識を結弦の奥底に潜らせていく。


 そしてアヤカは見つけた、いや見つけてしまった。結弦の力の根源。荒れ狂う錬鉄の炎。その一端に手を伸ばし触れた瞬間、アヤカの意識に結弦の記憶が断片的に流れてきた。体感的に長く感じた記憶の奔流は、実際にはほんの一瞬のできごとであったが、アヤカを驚愕させるには十分だった。すると炎が結弦の記憶を見せるのはここまでだと強制的にアヤカを結弦の意識から追い出した。


 その感覚は結弦にも伝わり、魔術が終わったことを本能的に結弦は理解した。だが、アヤカは呆然としたまま一言も喋らない。


 「アヤカさん?」


 不審に思った結弦が声をかけるとアヤカは正気に戻ったのか、結弦から静かに離れた。


 「アヤカさん? その……大丈夫ですか?」


 「ええ……大丈夫」


 アヤカの言葉にほっとした結弦だったが、それにしてはアヤカの表情が優れない。


 「あの……俺に何か問題があったんですか?」


 「いえ、そうじゃないんです。ただ信じられなくて……」


 そう言葉を濁すとアヤカはまっすぐに結弦を見つめてくる。


 「貴方は……」


 「?」


 結弦が首を傾げるとアヤカは意を決したように言った。



 「貴方は、他の世界から来たんですね……」


 その言葉が結弦を驚愕させるのに時間はそうかからなかった。

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