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剣製の龍騎士  作者: 書砂糖
一章
4/20

第四話


 「あっちぃ……」

 結弦は現在森へ薪になる木を集めに向かっている最中だった。日本であれば真夏日を観測するであろう気温の中、ある程度木の葉が日差しを遮るとはいえ、汗を全身にびっしょりと掻いていれば不快感も上がるというものだ。


 「これくらいで暑いとか言ってたらもっと暑い時期の謝龍祭でへばっちまいやすぜ旦那」


 結弦の隣を歩くのは元・盗賊団頭領で、現在は里の小間使いであるサルバトだ。


 「暑いもんは暑いんだからしょうがないじゃん。つうかたった一週間で馴染みすぎじゃね?」


 「そういう旦那も随分薪拾いが様になってやすぜ」


 軽い冗談の応酬をしながら結弦はこれまでのことを思い出してた。


- - - - - - - - - -

 

 「先ほどは助かりました。見たところ旅のお方……というわけでもなさそうです

が、あなたは?」


 青年はその端正な顔に誰が見てもわかる作り笑顔を浮かべ結弦に言った。もちろん感謝の言葉は本心だろうが素性のしれない相手に助けられたのだ、警戒するのも仕方がないと結弦は思い


 「俺は結弦、柊結弦。悪いが他のことは覚えてないみたいだ」


 と、記憶喪失ということでごまかすことにした。


 「記憶喪失だと? バカバカしい。仮にそれが本当の話だとしてもだ、さっきのはなんだ」


 「わからないんだ。ただあんたらを助けようと思ったら自然に体が動いて……」


 「ふざけたことを言うな! 貴様もそいつらと同じように姫を狙っているんだろう!?」


 先程までの作り笑顔はどこへやら。どうやら青年は結弦を敵と判断したようで、先ほどの感謝の言葉は嘘だったのかと思うほどのすごい形相で結弦を睨んでくる。どうしたものかと困っていた結弦に救いの手を差し伸べたのはくだんの姫と呼ばれた少女だった。


 「そこまでになさいケイ。あなたは彼に救われた恩を忘れたのですか?」


 「ですが姫!」


 「くどいですよ」


 ぴしゃりと少女が言い放つと胡乱気な目を結弦に向けつつ、渋々引き下がる青年。


 「従者が失礼しました。お詫び申し上げます。わたしは『龍の里』の巫女、サヤと申します。このたびは助けていただいて感謝しております」


 いつの間にか結弦の目の前に来ていた少女-サヤ-はそう言うと頭を下げた。サヤの綺麗な黒髪から一瞬少女らしい甘い匂いが漂う。


 「何かお礼をと思うのですが……もしよろしければあなたを客人として招きたいのですがいかがでしょう?」


 「は?」


 「ひ、姫!?」


 そして続いた言葉には結弦も驚いた。確かにサヤの提案は魅力的だ。この世界に来たはいいものの何をすればいいのかまだわからない結弦にとって考える時間は必要だった。


 「自分で言うのもなんだけどこんな得体の知れない奴を連れてって大丈夫なの?」


 「そうですよ姫! こんな得体の知れない奴……」


 「黙りなさいケイ。恩人になにもしないで帰せとあなたはそう言うのですか」


 「ですが!」


 「私に恥をかかせないでください」


 「……」


 そう言われたきりケイは黙り込んでしまった。最初の印象では理知的な青年だと結弦は思っていたが、たった数分でわがままな子供という印象に変わってしまった。サヤに叱られたことがかなりショックだったのか、しょぼんとした表情を浮かべたかと思うと結弦をにらみ付ける。


 「話が逸れてしまいましたね。もちろんただでとは言えません。里に何かしらの貢献はして欲しいのです。そうですね客人というよりは食客といったところでしょうか」


 そう言ったサヤの顔は先ほどまでの凛とした雰囲気を残しつつも、おもしろいものを見つけた子供のような表情を浮かべていた。


 「どうしますか?」


 「そうだな、お言葉に甘えるよ。記憶を取り戻すにしろ新しく作るにしてもなにかと都合がいいだろうし考えるじかんは欲しいし可愛い女の子の頼みだし」


 サヤは一瞬ぽかんとしたがからかわれていると思ったのか咳払いを一つすると


 「わかりました。この私、龍の巫女サヤがあなたヒイラギユズルを我が食客として迎え入れましょう」


 その宣言は高らかに響き森の中を駆けめぐった。


 こうして結弦はサヤの食客として里に招かれたのだった。


- - - - - - - - - -


 「何かしらの貢献とは言われたがまさか薪拾いとは」


 「どうかしやしたか旦那?」


 「いや、なんでもない。それよりも色々教えてくれるって言われたから待ってるのに、それを放置されてる方がなんかアレだな」


 「それもしょうがないですよ。さっきも言いやしたが謝龍祭が近いですからね。巫女であるサヤ様やその侍女であるアヤカさんもお忙しいですから」


 「それもわからん。なんだ謝龍祭って」


 結弦としてはただの疑問を投げかけたつもりだったが、サルバトにとっては天地がひっくり返るような質問だったらしい。その証拠にサルバトの口は開きっぱなしで塞がらないようだ。


 「えーと……まじで言ってるんですか旦那?」


 「まじだ」


 サルバトは空を仰ぎ見た。太陽もまだまだ高く上っている。次いで背負っている篭の中を見ると今日のノルマにはほど遠い量の薪木しか集まってないことが確認できた。


 「オイラも詳しい方じゃないんですけどね?」


 そう前振りしてからサルバトは結弦に謝龍祭について教え始めた。曰く名の通り龍に感謝の気持ちを捧げる日である。曰く数年に一度龍が姿を見せる唯一の場である。曰く豪勢な宴が開かれその日を含む前後三日間は無礼講で飲み明かすらしい。


 「とまぁ自分が知ってるのはこのくらいですね」


 「ふーん。お祭りの準備で巫女が忙しいってよくわからんな」


 「なんでも龍に舞を奉納するんだとか。それがおざなりだといけないから毎日朝早くから遅くまで練習してるらしいですぜ」


 「龍に舞ねぇ。舞を見て楽しむのは人間くらいだと思うけどね。そういえばサルバト」


 「はい?」


 「アヤカさんが『籠いっぱいに薪を集めてこれなかったら……わかっていますよね?』っていう伝言が…… 」


 結弦がそう言うとサルバトの顔はどんどん青ざめていった。結弦の薪集め初日の日にサルバト以下元盗賊団はしばらく雑用を任されたのだ。だが最近まで盗賊だったものたちである。真面目に働く気が無く適当に薪拾いをしていたのが数名いたらしく、それを見つけたアヤカにこってり絞られたようだ。その日以来彼らは賢明に雑用の任務を遂行している。今日のサルバトの雑用が結弦に付き添い薪を拾うという初日と同じ雑用の為トラウマが蘇ってきたようだ。


 「アヤカさんってサヤの教育係って言ってたっけ」


 「そうみたいですぜっ。なんでも、あれだけしっかりしているのに姫様と2つしか違わないらしいですぜ」


 「ということは俺と対して変わらない年齢だろうに、よくやるねぇ」


 結弦の軽口に付き合いながらも、サルバトは先ほど以上にせっせと薪木を拾い集めている。それにならって結弦も黙々と作業に没頭する。それから1時間程で篭いっぱいになった薪木を背負った結弦達は森を抜け、里に帰ってきた。

 時間のないサヤ達の代わりに侍女から教えてもらった話によると、ここは龍の谷と呼ばれる峡谷の真ん中にある里らしい。この里以外にも龍の谷の中には複数の集落がありそれらを束ねているのが龍の巫女、姫と呼ばれるサヤということだった。


 「お二人ともお帰りなさいませ」


 里の門前まで来たところで侍女数名が迎えに来てくれた。彼女らは日本の巫女装束とあまり変わらない白衣に緋袴という出で立ちだった。日本では大晦日から正月くらいでしか見ない服装だったので、「リアル巫女きたぁぁぁ!!」と叫んでいた結弦だったがさすがに1週間も見ていると人間なれてくるらしい。


 「ユズル様、本日の夕食まで後一刻半ほどです。それまでは自由に過ごして構わないと姫から伝言を授かっております」


 侍女の1人が結弦の背から篭を受け取りながら言った。ここでの一刻はどうやら約一時間らしいということは今まで過ごしてきてわかっていたため、一時間半も時間ができてしまったことになる。それもこれもサルバトがお仕置きを恐れて張り切りすぎたためであろう。


 「さてと、これからどうしようかな」


 門で次の仕事があるというサルバトと分かれた結弦は自分が仮住まいとしてあてがわれている家に向かっていた。数分歩いて着いたその家-正確にいうと屋敷といったサイズだが-はこの里で一番大きく一番立派で、サヤの邸宅であった。その内の一室を結弦の居室としてく準備してくれたのだった。


 「くそ、やっぱ暑いな……こっちにはクーラーないし汗やばいし……風呂入って汗流せば多少は暑さもまぎれるだろ」


 そうぼやくと結弦は風呂場に向かった。この屋敷には、あろうことか自然に湧き出た温泉を直接ひいてきた浴場があるのだ。


 広い屋敷の中で未だに道を覚えられず適当に歩いていたら、いつの間にか風呂場にたどり着いていた。広い更衣室で服を脱ごうとすると、結弦が普段使おうとした脱衣篭の中に既に衣服がたたんで置いてあった。


 「あれ? 誰か入ってるのか? この時間に入るのなんか俺以外にいたっけ?」


 この屋敷には基本的に女性しかおらず、例外が結弦くらいなものなので、風呂場でばったり会わないように時間をずらして入るよう決まっているのだ。


 「ケイでも来てるのかな? 多分」


 そう思った結弦は風呂場へと続く引き戸を開けた。すると結弦の目の前に今まで湯船に浸かっていたのだろう、艶やかな黒髪と肢体を濡らしているサヤが結弦と全く同じ引き戸を引いた体勢でいた。


 「……」


 「…………」


 「えーと……」


 「……わたし怒っていいよね、いいよね??」


 「いやちょっと待て、落ち着こう話し合おう!?」


 サヤは手にしたタオル代わりの乾燥した布で必死に自分の裸体を隠す。よさい16歳童貞の結弦はこの状況に混乱しっぱなし、サヤはサヤで頭が正常に働いていないという感じで、不幸にもこの場を収められる人はいないのだった。


 「とりあえずわたしの気がすまないから1発いくわよ?」


 「ちょっ理不尽だろ!?」


 「うっさい!! わたしのは、裸を見たんだからそんくらい許容しなさいよ!!」


 「許容できるか!!」


 「うるさいうるさいうるさい! 死をもって償いなさい!!」


 瞬間、この世界にきて体の基礎能力が向上している結弦にすら知覚できない、目にも止まらぬ速さのアッパーが正確に結弦の顎を捉えた。脳がすごい勢いで揺さぶられ、意識に暗幕が下り始める。結弦の目が最後に映したのは狼狽した様子のサヤの気まずそうな表情であった。


 「理不尽だろ……」


 そう呟くのを最後に結弦の意識はここ最近で一気に慣れ親しんだ暗闇へと落ちていった。

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