第二十話
宴の翌日からは本格的に謝龍祭に向けての準備が始まった。ゴンボとのいざこざのせいで遅れていた分、里の皆が一丸となって進めなければ準備が終わるか怪しい。ということで結弦も自分にできる仕事をしていた。
「それがまさかの炊き出しとは……あれか? 俺は役に立たないから猫の手も借りたいアイリの手伝いをしろってか?」
「ユズル様は既にゴンボの脅威を退けるという大役をなしたではありませんか。それにアヤカ様の言いつけを無視して能力? というのを使ってしまったのでしょう? サヤ姫もユズル様の体をおもんぱかってのことですよ」
(昨日の今日で会うのが恥ずかしいというのもあるでしょうけど)
と言いそうになるのをアイリはぐっとこらえた。昨夜宴の片づけを他のものに任せて、アイリはアヤカと共にサヤの部屋へ様子を見に行っていたのだがそこでサヤが結弦に膝枕をしているのが見えたのだ。その間に割って入ろうとするアヤカを止めるのに苦労したアイリとしてはもっと結弦に感謝してほしいところだったが、それを言ってしまうと覗き見の事がばれてしまうので料理の手伝いという形で返してもらおうと思った。
「そういえば謝龍祭って具体的にはいつからなんです?」
「明後日ですね。姫が舞を祠で奉納して供物を捧げて出てきた龍から何か色々聞くみたいです」
「色々って?」
「さあそこまでは私も知りません。知ってるのは巫女であるサヤ姫とアヤカ様くらいですよ。あ、今回からは巫女守のユズル様も含まれるかもしれないです」
手際よく調理を進めながらアイリは結弦の問いにも答えていく。ただひたすら皮むきをしている結弦と違って、なにやら複雑な切り方をしながら火をかけた鍋の様子を見つつ結弦と話しているアイリを見て結弦はすごいなとただただ関心するばかりであった。
「ユズル様もやってみます?」
結弦の視線に気づいたのか一度手を止め振り返ったアイリは結弦にそう聞いてきた。とても真似できるものではなかったので遠慮した結弦に「そうですか」とだけ言うと調理を再開する。
しばらく調理場には野菜を切る音と鍋が煮える音が響く。すると調理場の入り口でアヤカが手招きしているのが見えた。結弦はアイリに一言断りを入れてから調理場を出る。
「どうかしました?」
「いえ、謝龍祭の簡単な打ち合わせをと思いまして。明日からはより忙しくなってしまうので今の内にと」
そう言うとアヤカは結弦を連れて屋敷の一室に入った。
「私も巫女守ありでの謝龍祭は初めてですので勝手が少々わかりませんが一通りの流れを説明しますね」
「ういっす」
アヤカの説明によると基本的には先ほどアイリから聞いたとおりのようだった。その間里の皆は祈りを捧げているらしい。
「それで巫女守の役割なんですけれど、文献を見る限り龍にその力を示さなきゃいけないみたいなんです」
「っていうとまたバトルものになるんですか」
「そのようですね。といっても殺し合いになどはならないと思うのですが一応心構えだけはしといてください」
アヤカは伝える事を伝えると途端に真顔になり言った。
「それでは本題に入りたいのですが」
「本題?」
今の話が本題だとばかり思っていた結弦はなんの事だかわからず困惑していた。今の里に謝龍祭以上に大切なことなどあるのだろうか? そう思い身を引き締めた結弦にアヤカは
「昨夜のサヤとのアレについてじっっっっくり説明していただきたいのですが?」
と満面の笑みを浮かべていた。が、その瞳は全く笑っておず、結弦が事細かく全てを言うまで結弦は解放されなかった。
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翌日、結弦は再びアイリの手伝いでもしようかと思い調理場へ向かったが、他の作業を終えた侍女達が結弦以上の手際で手伝っているので軽く挨拶だけして調理場を去った。何か力仕事はないかと屋敷中を歩き回るも先日の戦いでお疲れでしょうからと遠慮されてしまう。
「と、いう訳でおじゃまします」
「何が『と、いう訳』よ。わたしも忙しいんだけど」
そんな手持ち無沙汰な結弦が向かったのはサヤの部屋だった。結弦が部屋にはいるとサヤが茶を啜っていて、とても忙しそうには見えなかった。
「どの辺が忙しいんだよゆっくりお茶飲んでるじゃん」
「うぐ……今は休憩中なのよ」
「サヤ。俺ってば巫女守になってからサヤの位置の把握はずっとしてるんだけど、朝から部屋出てないよね?」
「……」
結弦の問いに無言の肯定をサヤは返すと誤魔化すかの様に湯飲みを傾ける。
「姫様ってばなんもやることないの?」
「そうよ暇人よ何? 文句ある!?」
「どうどう。怒らない怒らない。お茶淹れる?」
「もらう」
サヤはぶっきらぼうに言うと結弦に湯飲みを差し出す。結弦もサヤの部屋に置いている自分の湯飲みを取り出すと二人分のお茶を淹れた。
「ねえその湯飲みどこから沸いて出た?」
「やだなあ湯飲みが自然に出てくるわけないじゃないか。この部屋に置いといただけ」
「わたしの部屋なのにわたしが知らないってどういうことよ」
「気にするな。ほい」
湯飲みをサヤに渡すとサヤはすかさず一口飲む。ほうっと一息つく姿を結弦が眺めていると視線が気になったのかサヤがこくりと首を傾げた。
「いや昨日の恥じらってるサヤも可愛かったけど、今の無防備なサヤも捨てがたいなと」
「っ!? き、昨日の事は忘れなさいよ!」
「いや、無理だろ」
「ならば忘れさせるのみ!」
サヤは立ち上がると拳を握り結弦に向かって走ってくる。結弦も黙って殴られるわけがなく広い部屋の中で鬼ごっこをすることになった。が、直ぐにサヤの体力が尽きて二人してお茶をすする。
「暇だ……」
「暇ね……」
二人の声が部屋に木霊する。その矢先の事だった。大地が揺れた。
「きゃあ!」
「サヤ!」
結弦は咄嗟にサヤの腕を取って庭に飛び出す。瞬間サヤの部屋が否、屋敷が丸ごと倒壊していた。それから数分続いた揺れが収まる頃には屋敷は地獄絵図となっていた。
「嘘……」
サヤの顔から表情が抜け落ちる。つい先程までたくさんの人が屋敷にいたのだ。あちこちから助けを呼ぶ声がする。血を流し倒れている人、足がありえない方向にねじ曲がっている人、既に息を引き取った人。たった数分で日常から非日常に放り込まれた。サヤはしばらく呆然としていたが結弦の行動は早かった。
「まず動ける人を一箇所に集めるぞ!」
「え、あ……うん!」
結弦の言葉で正気を取り戻したサヤは屋敷中に呼びかけた。しばらくして集まった人は屋敷で働いていた人の三分の一程度だった。他の人は生き埋めになっているのだろう。地震大国で育った結弦はパニックになっている里の人の統制を図ろうとした。が
「あぁ……」
集められた人々は空を仰いでいた。
「龍……?」
空には龍が四頭、大地を見下ろしていた。
『我ら七龍は三百五十年も待ち続けた』
四頭の内の一頭がこれを見ている全ての人の脳内に直接声を響かせた。その声は厳しくも優しい矛盾を孕んだものだった。
『依代が世界を変えてみせると我らに誓約してから三百五十年。依代は約束を果たす前に死に絶えその子らも役目を果たす事はなかった』
別の龍が語るもそれらが意味するものをサヤも結弦も誰一人として理解する事はできなかった。
『だが今代においては依代と同等の力を持ち、あまつさえ異世界の意思まで介入している』
『ならばこの好機逃す手などあるまい』
『我ら七龍が預けられし力、今こそ返したまわん』
天空に座していた龍がそう言った。瞬間結弦の隣で立ち尽くしていたサヤが悲鳴を上げた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「サヤ!」
結弦の理解が及ばないところであの龍たちがサヤに何かをしている。そのことが結弦の冷静だった思考を奪った。
「我が求むは-」
己の力を解放する起句を唱える。だが錬鉄の炎は結弦の意思に答えない。
「くそっ! 一体何がどうなってやがる!!」
混乱の極地にある結弦の思考回路は正常な働きを放棄していた。
「おいサヤ!」
龍に対してとれる手段がないならばとサヤのほうをどうにかしようと結弦はサヤを見る。だがそこにはサヤであってサヤでないものがいた。
「そうか……やはり私の判断は間違いではなかった。このような種族が繁栄する世界は失敗作だ。ああ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ失敗だ----」
そう言い続けるサヤの髪が黒から白へと変色していく。結弦が惹かれた緋色の瞳は空よりも澄んだ水色になり感情が抜け落ちていた。
「失敗作なら……壊してしまえ」
そう呟くのが聞こえた瞬間結弦の意識は途絶えた。
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「あぁ、やはりダメだったか」
真っ白い部屋で純白の髪を持つ幼女が嘆く。否、それも人間の模倣でしかなく、それも飽きたのかすぐさま無表情となった。
「これで終わっても世界としては全く問題はない。維持させても進化の見えない世界なら壊してしまうのも一興だろう」
そう言うとイアは退屈そうな顔から一転、心底おかしくてしょうがないという表情を浮かべる。
「そう、世界としては終わっても仕方のないと思う世界でも、神はこの世界の存続を願っているようだね。全く、僕らより下位の存在のくせして生意気な事を言う。だが面白い! いいだろう! あちらの僕は理性を手放しているから今の状況なら介入できるだろうね。さあ神よ!! 君はどんな世界を創る!!」
ここにはいない神の言葉を聞き取ったイアは「面白い」と再び呟く。
「さて……今度は上手くやってね、おにーちゃん!」
イアはここにはいない男に言うと世界を巻き戻した
活動報告にも書きますが「剣製の龍騎士~」は作者判断による打ち切りとします。ただこの作品を下地により面白い作品で帰ってきます! 必ず!
ですので何卒ご容赦くださいませ(土下座




