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剣製の龍騎士  作者: 書砂糖
一章
16/20

第十六話


 「あんたはぁどう殺されるのがぁ希望ですかぁ? きゃはははは」


 ユズルの目の前に立つ殺人鬼スライは何がおもしろいのか常に笑顔を浮かべている。その顔や腕、身体中の至る所に殺した人間の返り血を浴びている。


 「おやおやぁだんまりですかぁ? それならぁあんたの大切なお姫様からぁ解体しちゃいましょうかぁ?」


 「っ、詠唱破棄! 無銘<長剣>」


 スライの視線がサヤを見た瞬間、結弦の中で炎が爆発した。スライの前に躍り出た結弦は右手に顕れた長剣を振りかぶるとスライめがけて振り下ろす。身体強化されている結弦の一振りは常人では知覚できない早さだった。だがスライはそれを紙一重で避けると、右手に握るナイフを一閃。剣を手放し回避した結弦はスライから距離をとり新たな剣を生み出した。


 「おいおい何ですかぁ? やっと歯ごたえがある奴が出てきたと思ったらぁずぶの素人じゃねえですかぁ。がっかりさせんなよぉ!」


 「くそっ」


 スライが結弦に突撃する。強化された動体視力と反射神経でなんとか防げているが、それが続くのも時間の問題だろう。


 「おらおらぁそんなもんかぁ!?」


 (焦るな焦るなっ! 何か、この状況を打開できる何かは絶対ある!)


 スライの攻撃は執拗なまでに急所を狙ってくる。頭蓋、心臓、首。順手逆手と代わる代わるナイフを持ち替え結弦の命を絶とうとスライは攻撃を続ける。結弦が大振りに剣を凪ぐとスライは一度距離をとった。スライは未だ狂気を宿した笑みを浮かべ余裕そうにしているが、結弦は肩で息をしていた。体力的にはまだまだ余裕はあるのに命のやりとりをしているという重圧に心が押しつぶされそうだった。剣を握る手に汗が滲む。


 「はぁはぁ……」


 「うーん防御はうまいみたいだけどぉそれだけだなぁ。飽きてきたし終わらせるかぁ!」


 スライが結弦にナイフを突き立てようとする。思考が加速され景色がゆっくりと流れているように結弦には見えた。本気を出したスライの動きは結弦の心臓を確実に仕留めに来ている。結弦の心臓に届くかと思われたそのナイフはしかし、結弦の左手に刺さって動きを阻まれていた。


 「なにっ!?」


 「っ……っらああ!!」


 結弦は左手の痛みを無視すると右手に握る長剣の柄頭で思いっきりスライの側頭部を殴打した。


 「うがっ……」


 メリメリっと嫌な音がスライの頭から響き、とっさにスライは距離をとった。


 「ちっ脳内お花畑のお坊ちゃんかと思ったらぁ、ちゃんと戦士してるじゃねえかよぉ」


 「はぁはぁ……」


 肩で息をする結弦はとっさに体内でくすぶる炎に幻想イメージを投げ込む。今の自分ではこいつスライには勝てない。ならばイアに与えられた幻想に頼るまで。


 だがスライがその隙を逃すわけがなかった。結弦の気配を感じ取ったのか笑みを消しその手に握るナイフを油断なく構える。


 (確かに俺は剣なんか握ったことはない。人と命のやりとりもしたことはないただの高校生でしかも引きこもりだった。それでも今は自分が守ると決めたサヤがいる。自分が支えると誓ったサヤがいる。なら俺はサヤの剣として、楯としてこんなところで倒れてなんかいられない!!)


 「我が求は-」


 結弦の体内で炎が荒れ狂う。炉の中で主の命令を今か今かと待っている。


 「勝利をもたらす血の魔剣-」


 結弦が炉に投げ入れたイメージは北欧に伝わるある魔剣。その伝承を原型にし

て、炉は結弦専用の剣を鍛えあげる。


 「銘を-」


 右手に握る長剣を炎が包む。するとただの長剣だったそれは形を変える。柄は黄金に光り輝き、刀身は赤く染まり禍々しく光り輝く。


 「血塗られし王の剣ティルフィング!!」


 錬鉄の炎から解き放たれたその剣に結弦が左手をかざすと、傷口から溢れていた血を吸った。


 「我、汝の使い手なり。契約に従いて我が望みを叶えよ!」


 結弦がそう唱えると赤い刀身に黄金の文字列が浮かび上がってきた。結弦が願

うは勝利ただ一つ。そのために必要なことは全て<血塗られし王の剣>が補ってくれる。すなわち未熟な剣の腕と人を斬る覚悟。


 「ははは! いいねぇいいねぇ! そうこなくっちゃぁ!!」


 スライはナイフを握りしめると結弦に向かって駆けだした。自分の出せる最高速度。帝国で五指には入ると自負している自慢の脚力。それをもって結弦に一瞬で肉薄するとその首に刃を突き立てる。だが今の結弦にとってはそれをいなすことは、赤子の手をひねるのと同じ程度の事だった。結弦は剣で切り裂くと二の太刀でスライの右腕を斬り飛ばす。未だに自分の身に何が起きたか理解できていないスライがそのまま結弦に飛び掛る。それをいなすと柄頭でスライの意識を刈り取る。どうにかスライを倒せた結弦は一息ついた。それは戦い慣れしていないが為の油断だった。


 「ユズル!!」


 結弦の耳に今まで隠れて戦いを見守っていたサヤの悲鳴が聞こえた。その声のおかげで結弦はとっさに横に跳ぶと背後から迫っていた大剣の一撃を躱すことができた。もしサヤの言葉がなかったら。そう思うと結弦は背筋が冷えた。


 「ぬぅっ!」


 背後からの襲撃者。それは門を閉じ逃げようとするものを阻んでいたトドリであった。トドリがいなくなったことで人々は我先にとこの場から逃げ出していた。


 「トドリ! 貴様何をしている!!」


 ゴンボの悪事を知った彼らが帝国領に戻れば自分の失脚は確実だ。もしかしたら処刑かもしれない。そんな恐怖がゴンボを襲った。だがトドリはゴンボの言葉に耳を傾けることなく目の前の敵(結弦)を見ていた。


 「トドリ! 早くあいつらを殺せ!!」


 「……我が主よ。私は最初に言ったはずだ。主の悪行には目を瞑るが、荷担するつもりはないと。そんなことよりも目の前の強者との命がけの戦いのほうが何よりも優先される」


 トドリはそう言うと結弦に向き直る。


 「ふ、ふふふ、ふははははははは!!!」


 ゴンボが急に笑い出したかと思うと傍らに立てかけてあった儀礼用の装飾華美な長剣を手に取った。


 「やはり傭兵なぞその程度か……ならば死ね」


 そしてそ恰幅な身体とは思えない身のこなしと速度で近づくと、その手に持った剣でトドリの胸を刺し貫いた。


 「がっ……」


 「剣よ。血を吸え。帝国に仇なす逆賊の血を吸い尽くせ」


 ゴンボが言うとトドリの胸から突き出た剣が脈動し始める。


 「な……」


 目の前の状況に結弦は理解が追いつかなかった。剣が血を吸う。トドリの顔が青ざめていけば行くほどゴンボの身体と剣に変化が訪れていたのだ。


 「ははははっ! 最初からこうすれば良かったのだ! 私自らこの醜い家畜どもを処分してやればよかったのだ!!」


 ゴンボの身体から翼が生える。尻尾が伸びて肌には鱗が浮き上がる。次第に腕が人間の胴の大きさを越え足が丸太程の太さになる頃には、ゴンボは人の形をしていなかった。


 「な、なんだよこれ……」


 「まさか……ゴンボ卿は半竜人だったというの?」


 「あれが……」


 アイリの昔話に出てきていた半竜人。実際に目にするととてつもない威圧感がその巨体から放たれていた。だがそれ以上に生物としての根源的恐怖の方が強かった。だが結弦の背には守るべき人たちがいる。震えそうになる足を必死に抑え、<血塗られし王の剣>を握り直す。左肩に刻まれた刻印からは今もサヤから力の供給が滞りなく行われている。その熱に意識を集中させると自然と恐怖は収まり、暖かな気持ちになった。結弦はサヤの強い視線に背中を押され、目の前の脅威へと走り始めた。

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