第十三話
「見つかった!?」
サヤの声に力なく首を振るケイ。それを見たサヤは落胆したが、それを表に出すことはしなかった。
「そう、わかりました。引き続き捜索を」
「は!」
ケイが部屋から出ると入れ替わりにアヤカが入ってきた。
「サヤ……大丈夫?」
「ええ。大丈夫です」
サヤを心配そうに見るアヤカに心配ないとサヤは答える。そう言うサヤの顔には長年一緒に過ごしてきたアヤカにしかわからないであろう疲労が見て取れた。
「人払いは済んでますよ」
「……正直つらいかな」
サヤは心の中で仮面を外すとアヤカのなすがまま腕に抱かれた。アヤカは幼子をあやす様にサヤの綺麗な黒髪を手で梳いている。少しくすぐったそうにしていても嫌がるそぶりは見せない。
「ユズルの事は信じてる。けど何も言わないで居なくなったら不安になっちゃった」
「サヤ、一度聞きたかったんだけど、どうしてそこまでユズルさんを信頼できるの?」
「え?」
「だってそうでしょう。ユズルさんと出会って長い時間が経っているわけでもないし第一……」
結弦は違う世界の人間だ。と言おうとしていた自分の口をアヤカは慌てて塞いだ。不自然に言葉が切れたのを不思議に思ったサヤがアヤカの方に振り向く。
「第一彼は記憶喪失なのですよ? もし元々帝国の人間だとしたら」
「もし元々帝国の人間だとしても今は私の巫女守だよ」
アヤカの問いにすんなりとサヤは答えた。
「それですよ。なぜ彼を巫女守に?」
「……笑わないって約束してくれる?」
「ええ。笑いませんとも」
アヤカがそう言うときょろきょろとあたりを見回し本当に誰もいないことを確認すると小声で言った。
「わたしをわたしとして見てくれたから……っていうのが一番の理由かも」
「……」
アヤカは無言で続きを促す。それを感じ取ったサヤは本当に笑わないでよと釘を刺すと
「……お兄ちゃんがいたらこんな風なのかなって思った」
「兄ですか?」
「うん。先代の巫女……まぁお母さんだけどさ、お母さんに聞いたことがあるの」
代々龍の里の巫女は女性が担い、その巫女が認め巫女を守る男児を巫女守としてきた。
「『巫女守ってどんな人を選べばいいの?』って小さい頃聞いたことがあってね、その時お母さんなんて言ったと思う?」
「あの人の事だから『そんなもの勘ですよ』とか言いそうだけど」
今は亡き母の事を思い浮かべながらアヤカは答えた。だがどうやらそうではなかった様でサヤが首を振っていた。
「確かに最初は多分ふざけてだけどそう言ってた。けどわたしが本当に知りたがっているとわかったらちゃんと教えてくれたの」
『この人は巫女という立場ではなくわたし自身を見て守ってくれる。そういう人が巫女守は適任だと思うわ。なんてったってあなたのお父さんはわたしが認めた巫女守なんですもの。だから一言で言うなら家族……かしらね。いつかあなたにもそういう人ができるのかしらね。ふふふふ』
「って言ってた。それでその家族になってほしい人ってどうやってわかるの? って聞いたら直感って言ってたの。だからわたしはその直感を信じてみたんだけど……お姉ちゃん?」
サヤの語りを聞いていたアヤカは顔を俯かせどんよりとした空気を纏っていた。
「?」
サヤはぽかんとしているが母が本当に言いたかったことはこう言うことだろうと思った。
『愛し愛してくれる人が巫女守になれば、その後も色々楽に決まってるじゃない!』
「はぁ……」
「なんでため息吐いてるの?」
「いえ、なんでもないわ。それよりユズルさんを巫女守にしたのはつまりお兄ちゃんになって欲しかったってこと?」
「なってほしいというかお兄ちゃんみたいだなって思ったからかな」
(拝啓母上様。どうやらあなたの娘はあなたが思うよりも純粋なようです。あなたの遠回しな恋人を巫女守にというのを兄弟だと勘違いしてしまったようです。サヤが心も大人になるまで私がしっかり面倒を見ますので安心していてください。敬具)
思わずアヤカ目に涙を浮かべては天の母に心の中で書簡をしたためていた。
「お姉ちゃん?」
流石に黙り込んでしまったアヤカを不思議に思ったサヤが訝しげな視線を投げてくるが、それになんでもないと答えると
「それにしてもユズルさんはどこに行ってしまったんでしょうね?」
「本当よ! 『俺に任せとけ』とか変に格好いいこと言った次の日に居なくなるなんて。わたし達はともかく里の皆からすれば帝国からの回し者って思われても庇いきれないわよ」
「どこに行っていたと聞かれたら修行が一番近いかな」
「修行って何よ。お姉ちゃんもおもしろい事言うのね」
「うふふ。私は何も言ってませんよ」
「何言ってるのよこの部屋どころか周辺の人払いは済んでるって言って……」
そこで不思議に思ったのかアヤカの腕の中から飛び出ると部屋をぐるっと見回す。が、やはりアヤカ以外の姿は見あたらない。
「あれ? 気のせいかな……」
サヤが不思議そうにしつつもアヤカの所に戻っていく。すると
「どうも。お兄ちゃんです」
サヤの目の前に結弦がいた。
「……」
「あれ? 反応薄くない? お兄ちゃんさびしいぞー」
「……」
「おやおやぁ〜? 可愛らしいお顔が真っ赤ですぞ〜? 身体もぷるぷる震わせちゃって、ひょっとして風邪とか引いちゃったかな? それは大変だ! アヤカさん布団持ってきてください。可愛い妹を暖めてあげまふごっ!?」
結弦が調子に乗っていると恥ずかしさの限界に来たサヤによって華麗に中を待った。大振りアッパーを決めた姿勢のまま息を整えるサヤはアヤカに詰め寄った。
「どういうことよ! なんでユズルがここにいるのっていうか今その感じからするとお姉ちゃんは知ってたでしょ!?」
「ええ、まぁ……」
「じゃあ何でどこに行ってしまったんですかねぇ。とか言ってたのよ!」
サヤは真っ赤に染まった顔でがんがんアヤカを揺さぶっていた。
「それは」
「それは俺が頼んだからだよ……ってて」
アッパーの衝撃から立ち直った結弦が答えるとサヤの標的がアヤカから結弦に移った。
「どういうことよ」
「じゃあ順を追って説明しようか」
そう言うと結弦はサヤの部屋の勝手を知ってるかの様に湯飲みと茶請けを物色し始めた。
「ちょっと何勝手に漁ってるのよ」
「ん? ぴりぴりしているサヤに落ち着いてもらおうとお茶を淹れようとしているだけだが?」
「まぁまぁいいじゃありませんか。サヤが昨晩言っていたではありませんか。ユズルさんの淹れるお茶は心がやす……」
「ちょっと待って! それは内緒って言ったじゃない!? わかった、わかったからそれ以上言わないで!」
「あらあら」
仲睦まじい姉妹を見て、この人たちの力になるんだと心に誓った結弦だった。
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「という訳で昨日から今朝までずっと龍の祠? とやらで自分の能力と向き合っていたのだよ」
「能力? あの剣を出したやつ?」
初めてあった時の事を思い出したサヤは結弦に聞いた。
「うん、まあその認識で問題ないね。ただ、アレは剣を取り出してる訳じゃなくて、剣を鍛ってるんだけどね。あとどうやら武器というより武具を作ってるみたいだね」
そう言うと結弦は左腕に巻き付けていた布を広げ、頭からかぶった。するとサヤの視界から結弦の姿が消えていた。
「え!?」
「これは〈身隠しの布〉って銘を付けた奴で、まあ名前の通り身を隠す能力がある」
「それってすごいんじゃ……覗きに使われても分からないわね。今すぐに燃やしましょう」
サヤがすごい剣幕で迫ってくる。結弦はそれから逃れる為に再び身隠しの布をかぶった。
「こら逃げるな!」
「サヤ、落ち着いてユズルさんの話を聞いて、ね?」
「むぅ……なんでお姉ちゃんはそんなに落ち着いているのよ」
サヤは膨れつつもアヤカの言葉に従い座った。己の身の危険性がなくなった結弦は身隠しの布を再び左腕に巻き付けた。
「とにかく俺の能力は武具、しかも特殊な能力付きのものを作れる」
「それって宝具を作れるってことじゃない!? その時代の名匠と呼ばれる人たちが人生で一つ作れるかどうかというものをそんな簡単に……」
「簡単ではないけどな。形、能力、質感。元になる伝承とかあれば楽なんだけど、そういうのを色々頭に浮かべて魔力……というか俺の感覚からすると生命力を使って造るんだよ。しかも制限ありの」
「制限……ですか?」
アヤカが聞くと結弦は例えばと前置きをして言った。
「どうやら一度造った宝具は二度と使えないみたいですね。何度やっても『太陽の焔剣』は出せませんでしたし。それに宝具レベルの武具を同時には作れなかったです」
結弦はそう言うと自分の左腕を前にだす。
「これはランクとしてはそこまで高くはないんですけど、これを出しながら他の宝具を造るのは少し厳しいですね。造ろうとすると頭に激痛が走るんで同じ程度のランクの武具なら作れるかもしれないですけど無理はしたくないですからね」
「それでも宝具を造り出せるなんてすごいじゃない」
「けど同じものは二度と造れない、同時に複数個は造れない。そして宝具が顕現している間は造り手……まぁ俺が宝具に魔力を注ぎ続けなきゃいけない。すごいけど不便な能力だよ」
そう言うと結弦はこの能力を授けた幼女に恨み言の一つでも言いたくなってくる。
「で、この『身隠しの布』はまだ使う用事があるから消せないのです」
「用事ってお風呂を覗くことじゃないでしょうね」
「違うって俺もそんな命知らずじゃないよ」
「ユズルさん? 分かっているとは思いますが……わかっていますよね?」
「も、もも勿論でございます!!」
サヤの怪しむ視線は軽く躱した結弦だったがアヤカのにっこり笑顔には肝が冷え、そういう目的で宝具を造ることはやめようと固く誓わざるをえなかった。
「話を戻しますと能力の実用性とかをずっと龍の祠って場所で試していたわけです」
「そう言えばさっきは聞き忘れたけどどうして龍の祠を知ってるの? 誰かから聞いた?」
「それは昨日私がユズルさんに人に邪魔されず作業に集中できるところがないかと言われてたからお教えしたんですよ」
「ってことはやっぱお姉ちゃん知ってたの?」
「ええ。けどユズルさんの注文が人に邪魔されない場所ってことだったから帰ってくるまでは誰にも言わない方がいいのかと思って。もし帰りが遅くなる様なら私が様子を見に行こうとしていましたし」
「ならなんでわたしには教えてくれなかったのよ結弦」
「だって一々説明しろって言いそうだったから」
サヤは拗ねた様子で結弦から距離をとった。
「んで話をもう一度戻すと祠での修行が終わって帰ってきたら屋敷中大慌てで何があったのかと思ったら、大見得切ったどっかのおバカさんが居なくなってて大変なことになってたので騒ぎを避ける為にこいつを想造したってわけ。そのタイミングでアヤカさんに見つかったからちょっとしたサプライズを仕掛けようと」
「ごめんねサヤ。けど本人がいたら絶対本当の事言わないと思って」
「当たり前じゃない! あぅ〜恥ずかしい」
「ほらお兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで」
「……」
「冗談ですのでその真っ赤に燃えている拳を鎮めてください」
サヤは再び握りしめていた拳をほどくと身体の力を抜いてアヤカにもたれ掛かった。
「本当に心配してたんだから。なんか疲れて来ちゃった」
「んじゃお姫様が寝る前に伝えておくことがあるんだけど」
「ん、何?」
サヤは早朝から結弦が居なくなっていたことで気を張りつめていたがその結弦が帰ってきたことで緊張の糸がほぐれ、その反動で溜まっていた疲れが眠気として出ていた。
「俺しばらく情報収集やらなんやらで里を離れるから、予定通りゴンボ卿とやらとの会談は進めておいてくれ」
結弦の言葉にサヤの眠気は覚めた。アヤカも結弦の意図が見えないからか言外に説明を要求していた。
「簡単なことだって。人間弱みを握られれば言うことを聞くしかないってこと
だよ」
そう言った結弦の顔は左腕をかかげて不敵な笑みを浮かべていた。