不運の連続
今日もとんでもない1日だった。
どの位とんでもないのかと言うと、朝7時にセットした目覚まし時計が何故か8時に鳴り遅刻決定。
高速で足をぐるぐると回転させ自転車を漕ぐも、駐輪所でリュックの紐の長さを調節する部分が自転車のカゴに引っかかり時間を取られる。
苦戦しつつも何とか外すことに成功し必死に走ったが、無情にも目の前で扉が閉まる満員電車。
その後も幾つかの試練が僕を襲ったが何とか潜り抜け、バイト先のラーメン屋に辿り着いたのだが、中に入るや否や恐ろしい顔をした店長に豚骨ラーメンのようにこってりと叱られクビになった。
それから夕方からのバイトまでの時間を潰す為、喫茶店で珈琲を頼み窓際の席へ向かった。するとガタイの良い男が突然通路を走り抜ける。目的地はその急ぎ様から恐らくトイレであったのだろうと思ったがそれはどうでも良い。その際に男と肩がぶつかり、僕の珈琲は敢え無く僕の白シャツが飲み干してしまうという大惨事が起こった。
この後も不運の連続で本当に散々な1日だった。いや、まだ今日は終わっていないので家に着いた後も油断などしてはいけなかったのだ。
「はぁ。」
そして今現在、夜の8時。僕は自分の家の前でドアノブを握りしめ溜息をついていた。何故か。僕が握りしめているドアノブは、ドアの根元からボッキリと折れ、修復不可能な状態にあるからだ。つまり、家に入れない。
「どうしたものか…。大家さんは7時には寝ているし、心地よい眠りを邪魔してしまうと後が怖い。」
頭を抱え考えを巡らせるも、良い案など出てくるはずもなく。とりあえずドアノブを新調しようとホームセンターへ向かうことにした。
早速近くのホームセンターへ行き、ドアの並ぶコーナーへ向かう。
するとそこには、何やら唸り声をあげながらドアノブをまじまじと見つめるおかしな風貌の先客がいた。研究員のような真っ白な白衣に縁無し眼鏡、肩まである黒髪サラサラヘアの30代半ばであろうか、男である。足元に目をやると、何故か下駄を履いている。何故だ。
この男は何者だと気になりつつも、まずは己の目的を達成せねばならない。代わりとなるドアノブを探す為、折れたドアノブ片手に似たような物を探す。あれでもないこれでもない。というかまずどこを見て決めれば良いのか分からない。そうやって一人で悩んでいる僕の背後に何やらさらなる不運の予感が。
「君もドアノブ愛好家か!」
突然声をかけられ、というか叫ばれ心底驚きビクッと飛び跳ねた。こいつが不運の予感の正体かと勢いよく振り返ると、声の主が先程のおかしな風貌の男であることが分かった。男はとても興奮した様子で目を輝かせて僕を見ていた。この様子だと本気で僕を同志だと思っているに違いない。訂正せねば。
「いえ、僕はドアノブが」
「好きなのだな!」
「いえ、きちんと最後まで話を聞いてください。」
「最後まで聞かずとも分かる。君と私は同じ匂いがするのだ。そしてその手に大事に握りしめているドアノブを見れば、君がドアノブ愛好家だということは一目瞭然なのだよ。」
「…はぁ。」
つくづく今日は運のない日だなと溜息を吐く。
おそらくきっと多分、この男は僕の意見を自分の都合の良いように変換するという能力者である為、何を言っても無駄なのであろう。そして何より、この流れに逆らうのは途轍もなく面倒臭そうだ。
「君とは話し甲斐がありそうだ。どうだ、此処では何だからもっとゆっくり話せる場所へ移動しないか。」
もうどうとでもなれと、僕は流れに乗ることにした。どうせ今日は家には帰れないし、明日のバイトも無くなってしまったのだから何があっても明日は今日よりも困ることはないだろう。
「…何処へ行くのですか。」
「ドアノブ美術館さ。」