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  作者: 芦静一
≠1
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1-6

 新友が寮に帰り着いた時、すでに時計の針はてっぺんを回っていた。申し訳程度の小さな門を、スペアキーを使って開ける。



 こんな時間になったのは、桐瀬がすべき書類の処理を全て押しつけられたからだ。



 昼前に桐瀬が殺した男の名は、悲劇の主人公として全国の情報番組を駆け抜けた。


 書類の山越しに聞こえた音声に依ると、何もしていない男を桐瀬が斬り捨てた事になっているらしかった。


 仕方ないことだろう。こんな仕事をしている以上、悪役を買って出るのも業務の一部だ。


 それに、一般市民を完全に避難させるということは、目撃者を排除することと同意だ。


 幾ら防犯カメラに一部始終が映っているとしても、無知な一般人から見れば男も健常者となんら変わらないように見えただろう。



 番組の最後には、禿げた年寄りの評論家が泣き喚く騒ぎになったらしい。生放送の音声は、しっかり新友の耳にも届いた。


 これは宣戦布告だ。

 気狂いが私たち人間に送った戦争の合図だ。

 奴らを一人残らず消し去ってくれ。さもなくば殺されるぞ!



 その気狂いの一人として、新友は憤りよりも申し訳なさを感じてしまった。


 誰よりも何よりもまず、そんな風に生まれてしまった自分が悪いのだろう、と。




 錆びかけの錠は、軋んだ音を立ててようやく解けた。門に埋め込まれたタイプの錠なので、新友が個人的に新しい変えるのには無理がある。残念ながら先月分の給料は、既に新生活への準備で使い果たしてしまった。


 財布の中は小銭しか入っていない。もしここが優しくない職場だったなら、新友は餓死していただろう。



 狭い門をくぐろうとして、ふと頭上に掲げられた看板に目が行った。



 心理化学事件特別処理隊、深庄支部第二班駐屯所。



 自分の所属する隊なのだが、我ながら厳つい名前だと思う。この建物の近くに人が近づかないのも納得できる。


 実際、自分も一ヶ月前までは敬遠していた。仕事内容から見て、金髪ピアスとかスキンヘッドとか、そういう危ない人たちばかりがいると思っていた。


 いや、その認識も甘い。


 心化隊に人間はいない、そう思っていた。

 いるのは、成り果てた化物だけだと。



 多分、昔の自分は卒倒するのではないだろうか。同僚に味噌汁を分けてもらいました、とか言ったら。



 内側から再び施錠し、館内に歩き出す。


 それにしても眠い。時間帯の問題もあるが、それ以上に今までやってきた作業の疲労が眠気の根源だろう。


 何が楽しくて、書類に他人の名前を書き写さなければならないんだろう。百枚単位で。おかげで桐とか夜とかの字は大分うまくなった気がする。


 それは誇ることなのか、そうでないのか、むしろ雑用係としてのスキルが上がったのだから悲しむべきなのか。



 「遅い。門限はとっくに過ぎてるぞ」


 本棟に入るやいなや、声をかけられる。どうやら玄関で待ち伏せされたらしい。


 嫌になるほど聞いていた声。主は一人しかいない。


 「桐瀬美夜、先輩・・・」


 「お前にフルネームで呼ばれる筋合いはないな」


 氏名を書きすぎて、フルネームしか頭に浮かばないんです。と、心の中で言い訳する。



 桐瀬はこの時間にも関わらず、まだ昼に着ていた外着のままだった。

 少し心配になる。彼女は今日大量に返り血を浴びてきたはずだ。黒い上着のままなので目立たないが、少なくともその下のワイシャツは真っ赤になっているはずだ。洗濯しなければ、大変なことになる気が。


 そんなことは一旦忘れることにして、新友は靴を脱ぎながら桐瀬に言う。


 「気にしないで下さい。ちょっと頭が疲れてるので、もう寝ます」


 「私だって寝たいさ。帆足がうるさくなかったら、お前を待ったりしてない」


 帆足というのは、第二班班長、つまり新友や桐瀬の直の上司である。


 館内で堂々と上司を呼び捨てにする、桐瀬である。部下の新友に対して、優しく接してくれるはずもない。



 靴箱の扉を開く。好ましくない匂いに、すこし頭が痛くなる。


 「どういうことですか? 帆足班長がうるさいって?」


 「今日起こったことについて反省文を書け、と」


 「そりゃあ・・・死人が出てますし、心化隊全体に迷惑をかけてますからね、印象の面で」



 厄介な仕事、だと思う。


 人を守るために人を殺し、人に恨まれ嫌われる。



 「納得いかない。仕事をやり遂げて、反省文とか」


 やり方の問題だろう。そう言いたくなるのを必死に抑える。



 というか、あくまで反省文が嫌なだけで、世間や同僚の目は一切気にしていないらしい。


 まあ、彼女らしいと言えばそれまでなのだが。


 「まあ、頑張って下さいよ」


 「何を言ってんだ、お前もだよ。お前だって立派な当事者の一人なんだから」


 新友は失神しそうになった。


 勘弁してくれよ。

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