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  作者: 芦静一
≠1
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1-5

 大通りは一時騒然となった後、すぐに静かになった。日本刀を手に佇む少女の姿に、ほとんど全ての人が逃げ出したからだ。道路も閉鎖されたように車一台通らない。


 太陽が照る中、三つの影がアスファルトに残っていた。


 「・・・なんてな。冗談だ、冗談」


 蝉の声しか聞こえない空に、桐瀬の声が吸い込まれていく。その背中側に新友は立っている。


 「流石に、こんなところで大量虐殺する気はないし」

 「・・・桐瀬先輩、もうちょっと笑える冗談にして下さい。洒落になりませんから」

 「お前のセンスの問題だ、私のせいにすんな」


 それに、と言って、桐瀬は目の前に立つもう一つの人影を睨む。

 まだ若いその男は、ポップな彩色の野球帽を深く被っていた。酷い猫背でなで肩だが、そう気になるような存在ではない。


 一般人にとっては。


 新友は生唾を飲み込む。


 その男の目は、洞穴のように光を飲み込んでいた。

 一ヶ月前、一般人から離れてしまった新友は、無言の内に悟る。


 彼の心はとうに壊れてしまっていることを。


 「うまい具合に三者面談に持ち込めた。これで、思う存分暴れられる」

 「仕事ですよ、真面目にやりましょう」

 「仕事だから、ちゃんと一般市民を他の場所に避難させた。これ以上は我慢と妥協の限界だ」


 あれが避難警告に入るのか。新友は悩ましく感じる。

 危険を知らせるために本物の殺意を振りまくなど、聞いたことがない荒技だ。暴動や失神者が出てもおかしくはない。


 それなのに一人も逃げ遅れるものも暴れ出すものもいない。恐らく、桐瀬与えた恐怖が、必要最小限の適量だったからだろう。新友は素直に桐瀬の技量や才能に感服した。


 「さて、これでお前を野放しにする理由が無くなった訳だが・・・その前に、まだ言葉は通じるか?」


 桐瀬は目の力を抜くことなく、睨んだまま男に声をかける。


 男はその言葉に答えることなく、



 桐瀬の首筋を裂くように、左手で突きを繰り出した。


 一瞬の出来事。十メートルほどの距離を、直立不動の体勢だった男が一気に詰め、さらに風を斬るような拳が振るわれる。


 後ろで離れて眺めていた新友が、ギリギリ捉えられる速度の移動。そして異常なほど鋭い拳の軌道。


 どれを取っても、人間並みではない動き。


 だが、新友の目で捉えられるような速度では、本物(・・)に敵うはずもない。



 悲鳴すら上がらぬまま。


 男の左手が地に落ちる湿った音がした。それ以外の音は聞こえない。



 新友は浮かぶ溜息を必死で飲み込んだ。いま息を吐けば、間違いなく胃液も一緒に出てくることになる。


 目の前で、さっきまで男だったものが、空中で粉々になっていく。

 赤と白の塊が混ざり合っていく様は、肉片をミキサーにかけているよう。


 一瞬で、一人の人間だったものが消え去った。地に残ったのは先に切り離された左手のみ。


 それ以外の部位は、全て平等に切り刻まれ、混ぜ合わされ、泥のような粘性のある塊となって地面に水たまりを作った。


 新友は人間の身体の7割が水分であることを、訳もなく思い出す。



 「悪いな、お前に非はないんだろうと思う」


 桐瀬は地面にだらしなく転がる左手の甲を、血に染まった白刃で突き刺した。まだ温かいだろう指先が、ビクッと痙攣した。


 「だけど、私にとってはそんなの関係ない。獲物が目の前に飛び出てきたら、殺すのが流儀だろ?」


 死神から死者への不条理な手向けが、いつまでも点滅する信号の下で風の中に消えた。

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