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  作者: 芦静一
≠1
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1-4

 今日も深庄市には、引くほど真っ青な空が広がっていた。夏だからといって、こう毎日快晴が続くと流石にしんどい。

 ただ、と新友は考える。

 夏の日差しの厳しさも、この先輩の睨みの前では涼しく感じる。


 「立ち止まるな、さっさと歩け。暑さで頭が馬鹿になる」

 「信号、赤なんですけど」

 新友は、隣にいる上司に告げた。舌打ちが返ってくる。

 「使えない奴だ」

 俺にどうしろと、とは言えず。


 新友は彼女を逆撫でしないように、そっとその顔を一瞥した。汗で湿る暗い茶色の髪の下で、同じ色の細い眉が斜めに傾いている。機嫌が悪いらしい。いつも通り。


 そうしている内に、信号が青になった。間の抜けた音楽が交差点に奇妙に鳴り響く。

 新友たちは横断歩道へと踏み出した。向かいの通りのカレー屋から、スパイスの香りが流れてくる。


 「神様ってやつがいるなら、一発ぶん殴りたい」

 「なんでですか?」

 「春夏秋冬なんてものを作ったのが、気に喰わない」

 その言葉に、呆れを通り越して尊敬を感じた。神様もそんな理由で襲いかかられたら驚くだろう。自分が日本から出ていけば済むものを、彼女は世界ごと変えてしまいたいらしい。


 青信号を渡りきって、カレー屋の前で歩道を左折する。遠くに緑色のフェンスとその奥に広がる巨大な砂場が見えた。とある学園のグラウンドだ。

 「やっと目的地か。時間は・・・十一時三十分。随分と長い散歩になったもんだ」

 一応、パトロールなんですが。業務中なんですが。


 口に出すのが躊躇われ、胸の内に留めておくことにした。それにしても、この威圧感は何だろう。年齢で言えば新友と同じ高校生のはずなのに。異性だからだろうか、それとも、これまでの経験が彼女をそう変えてしまったのだろうか。


 暑い暑いと殺気混じりの愚痴をこぼすくせに、彼女は長袖の上着を羽織っている。黒い、割としっかりとした生地は、見るからに暑苦しい。その上、よくわからない薄い手袋も。

 どうやら本人が好んで着ているわけではないらしい。寮の中ではノースリーブや短パンも平気で着ている。


 それに、毎日玄関を出る直前に上着に袖を通す際、どうやって出しているのか不思議なほど巨大な舌打ちを残していくのだから。

 なら何故着ているのか。その理由は新友にはわからない。というより、聞くのが怖くて聞けてない。


 ともあれ目的地は、例のグラウンドのある学園だ。冷房が効いている館内に入れると思うと、生きていてよかったとか、そんな風な心持ちになる。


 新友が横顔を窺おうと視線を向ける。


 その姿に、思わず息が止まる。


 彼女は背中に背負っていた藤色の竹刀袋を、左手に取っていた。



 左目が携える、鋭い眼光。鷹や鷲のような、他人をただの獲物としてしか見ていない、荒々しい狩猟者の瞳。


 人間離れした、純粋な衝動が溢れている。


 「・・・先輩!」

 「待ってろ、足手纏い」


 隣を歩いていた少女が、新友を置き去りに駆け出す。と同時に、右手で竹刀袋の中身を引き抜く。


 残像が焼き付くほど、強く輝く銀色の日本刀が、娑婆の中に晒される。

 重々しく、禍禍しく。


 雑踏のどこからか、耳を裂くような悲鳴が上がった。


 「私一人で楽しみたい気分だ。邪魔すんな」


 桐瀬美夜は、新友に背を向けたままそう言った。僅かに黒い悦楽を含んだ声だった。

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