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「とりあえず、心照武器のことはわかっとるな?」
数寄屋は言った。ピンクの外見とミスマッチな、真剣な声。
「・・・はい」
「不安じゃの」
「発症患者を処理するための道具、ですよね」
「まあ、合格と言ったところじゃろうか」
うちの生徒としては不十分じゃが、と付け加えられる。
百も承知だ。
「そもそも、何故専用の武器が必要なのか。それはわかっているか?」
「何となくなら・・・確か普通の武器では効果がないから、じゃ?」
数寄屋は眉間に皺を寄せて目を瞑った。少し唸った後、瞳を閉じたまま言う。
「それなら、なぜ心照武器は発症者に効果があるのか。それはどうじゃ?」
「・・・」
黙り込む新友に呆れるように、数寄屋のため息。悲しいことに、授業で習ったことだと思う。だが、思い出せない。
無知を戒めるように、数寄屋が解説を始める。
「心照武器、いや、それに限らずすべての心理照射具は、使用者の精神の状態を物理世界に投射・体現させることができる」
「念力のようなもの、でしたっけ」
「まあ、そんなものと思ってもらって構わん。
そして、MeTHsと言う病気は、MiRVウイルスによって汚染された脳そのものが心理照射具となって、全身を恐怖によって変質させる病気なのじゃ」
「・・・つまり?」
「つまりとはなんじゃ、つまりとは。
まあいい、飛躍するが別の言い方をしよう。MiRVとはつまり、家庭用パソコンをトランスフォーマーやターミネーターにしてしまうコンピュータ・ウイルスのようなもんじゃ」
「そんな訳わかんないことが・・・」
「起きてしまうから、最恐のウイルスなどと呼ばれるのじゃ。
いいか、人間の身体は凶暴化して怪物化するようには出来ておらん。だが、あのウイルスは脳味噌というソフトウェア・OSを書き換え、そこからハードの形状すら変えてしまう。精神によって身体が変形することを可能にしてしまうのじゃ」
「そう、でしたね」
そうだった、と新友は心の中でつぶやいた。
ウイルスによって人間が凶暴化する。それが日常化して、その異常性に対して感覚が麻痺している。
「生憎、身体のどこをどうイジればそんな風になるのかは、現時点では誰もわかっていない。ただ一人、如月を除いてな」
数寄屋は、いまいましいと目を伏せた。
如月集。心理科学という学問をこの世に確立した人物。そして、日常を壊したあのテロを起こした張本人である。
「全く、ただの天才であれば良かったものを」
「・・・?」
「唆されたのじゃよ、如月は。もう一人の天才、とやらに」
数寄屋の言葉の意味を辿る。なんとか内容は把握できた。が、その裏にある意図が読みとれない。
「先生は、あの如月集と面識があるんですか?」
「ああ、大学の後輩じゃ」
大学、というワードにまず驚く。この推定十四歳が、大学まで卒業しているとは。
「なんじゃ、その目は・・・わしと如月は同い年じゃぞ。わしの方が入学が早かったのじゃ」
「・・・如月集が浪人したんですか?」
「阿呆か、飛び級にきまっとるじゃろ。わしは九歳から大学におったからな」
ああ、そういうことか。
納得すると、今度は彼女の歳に驚く。
「ということは、博士は成人してるってことですか」
「・・・23じゃが?」
新友は、思わずピンク色のワンピースから目を逸らした。
「なんじゃ! いい大人がそんな格好して、博士ごっこしてる場合かとか、そんなことが言いたいのか!」
「いや、ちょっと違いますけど・・・ごっこではないですし」
「なんじゃ、『ちょっと』って!」




