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「えーと、お久しぶり、新友」
「あ・・・おう・・・」
図鑑に載せたいくらい典型的な、気まずい空気が流れる。
痛い。わき腹が痛い。
隣から飛んでくる遠藤の目線も痛い。
「おい、ユート・・・野林とどういう関係?」
「俺が生徒だったときの、クラス委員ですよ」
「ほんとに予想外すぎて、引くわ・・・まさか噂の新人がお前だったなんて・・・」
そう言いながら、野林雅人はテーブル越しの席に座る。
「ま、仕事なんで切り替えますけどね」
「おう」
野林は机の上で指を組み、身を乗り出してきた。
いつも同じ教室っで授業を受けていた人間が、大人びた表情を見せている。なぜかそわそわしてしまうのは、なぜだろうか。
「遠藤さん、今日は特に異常なしでーす」
「またか」
仕事の内容はペラッペラだった。
「平和ですからね、困ったことに」
「平和?」
口を挟む新友に、野林は横目で答えた。
「なにも進展がないってこと。現状維持」
「なにが困るんだ?」
「お前さ、景気が悪い中で現状維持って言われて喜べるか?」
あ、と思わず声がでる。
全国で未だに死者が出ている時点で、真の平和はない、ということか。
「ま、『現状が悪いと思わせない』ってのは、心化隊の仕事の内だけどな。」
遠藤が言う。
「国民の不安を煽ってストレス溜めさせるのは、ガスをばらまくのと同じだし。自殺なんかされちゃ、大量の発症者がでる」
多分、彼は桐瀬に何か恨みでもあるのだろう。
「無知っていうのも危険なもんですよ。危険を認知も回避もできない」
二人の会話が難しい。新友はここでも世界の違いを感じる。二人が話しているのは、紛れもなく自分の生きている世界のことなのに。
「武器を持たせるのも、持たせないのも危険。っていう話ですか」
「うーん、まあそういうことかな」
曖昧に頷くと、野林は椅子から立ち上がった。心地よくない摩擦音が白い壁で反響する。
「というわけで、遠藤さんの用事は終わりです。次はこいつを研究室に連れて行かなきゃなんないんで」
「俺も行こうか? 暇だし」
「できるだけ少人数じゃないと。一応この国を背負う最先端研究所なんで」
「へいへい、どうせ俺は部外者ですよ。じゃ、喫煙所に籠もって待ってるわ。入り口の脇のとこな」
野林が扉を開け、外にでる。新友は遠藤に一度目配せして、級友の後を追った。
「それにしても、お前が心化隊員になってるなんてな。意外だわ」
「そうか?」
「だって、ここにいたときのお前って、何もできないイメージしかないし」
「今もそんなに変わってねぇよ」
野林は、新友が話したことのある数少ない級友だった。その会話もクラス委員に対する業務的なものだったが。
はっきり言って、まったく周囲についていけなかった。
この学校は、この国にとってまさに希望の塊だ。集まる生徒、教員は最高峰と言うに遜色ない。
しかも高い意欲を持っている。ただ金を稼ぐのならほかの道も残っている。
それを選ばずに、世界を本気で救うために人生を賭けている。そういう生徒ばかりだった。
転勤の都合でダメもとで受けて、マークシートに救われた新友とは違うのだ。
「それに、俺はまだ見習いでしかない」
新友はひらひらと左手を振った。
結ばれた水色の紐を野林に見せるために。
「・・・変わったな」
「ああ、変わった。厄介な先輩のせいで」
「違う。多分そうじゃない」
廊下の奥から、女子生徒の笑い声が微かに聞こえた。
それがかえって、自分たちが違う世界にいるということを実感させる。
「被害者面、しなくなったよな。私は可哀想な人間です、って顔を」
「悪いか?」
新友はつぶやくように、はっきりと、続けた。
「残念ながら、俺はもう加害者側だ。自分を殺した相手がめそめそ泣いてちゃ、死ぬに死ねないだろ?」
「・・・いや、殺された時点で、そう易々と成仏できないからな?」




