prologue
そのウイルスは、とある事件によって日本中に撒かれ、猛威を振るった。
心理化学型崩心ウイルスーー通称MiRV。感染症MeTHsを引き起こす病原体だ。
このウイルスの発症条件は、感染者が他人の死、それも自然死ではなく人為的な、いわゆる『殺し』と言われるものを目撃すること。
崩心ウイルスの名のごとく、このウイルスを発症したものは自我を失う。
それだけではない。心が人間から離れていくのと同調するように、身体もヒトではない方向にどんどん変化してしまう。
ウイルスが、人を作り替えてしまうのだ。
人を殺し、屠る怪物へと。
正式病名、Mental Transcendence Human syndrome
邦語病名『心理化学性人間超越症候群』
死から逃れたい、という全ての人間が持っているだろう願い。このウイルスは生物を超越させるという形でそれを成就させる。
感染者の精神は崩壊するが、その肉体は逆に強固に変化する。時間の経過に従って、際限なく。
四年前に初めて確認された発症者は、二週間成長し続けた。暴走するそれを駆除するために、まだ市民が残っている大阪に核爆弾が落とされた。日本第二位の大都市だった場所は、現在は巨大な柵で覆われた立ち入り禁止区として封鎖されている。
有効な治療法の見つかっていないこのウイルスに、ほぼ全ての日本人が感染している。
心理化学事件特別処理隊は、MeTHs発症者を処理するために創立された機関だ。
処理とはつまり、殺戮である。
心化隊員にはかなりの特権が与えられている。
強力な武具の所持、使用。
緊急時のみの、あらゆる場所への立ち入り。
そして、業務執行上のあらゆる障害の排除。
人を生かすため人を殺す心化隊。
彼らが怪物退治のヒーローだと呼ばれる日は永遠に来ない。
なぜなら、MiRVに感染する条件は健常な日本人であること。
そして、心化隊に入隊するのに必要な唯一の資格が、精神異常者であることなのだから。