スクナの神話 小さな神様はともだち
今年も暑い夏になったねー。
お盆になってみんなで集まる女子会inビアガーデン。
元気だった?
おーい、おにいさん、大ジョッキ5つと焼き鳥盛り合わせ、枝豆とフライドポテトもね。
あ、きたきた。
えへ、みんなジョッキ持った?
それじゃ、かんぱーい!
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次は、あたしの番か。
不思議体験の思い出ねえ、スクナちゃんの思い出にしようかな。
あ、そそ、ノゾミちゃん、スクナちゃんのこと覚えてる? 覚えていないか。
あの夏、ノゾミちゃんも会ってるはずなんだけどなあ。
そうね、あたし以外でスクナちゃんに会っている人がいなければ話すことのない不思議体験なんだけど。
誰も信じてくれないからね、きっと。
5番オオトリ、理乃、あたしの不思議体験を話すよ。
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ここ数年、特に夏が厳しくなった気がするよね。
テレビでは干ばつで節水だの断水だので水不足の地域があると聞けば、突然のゲリラ豪雨と突風ていうか竜巻が起こり、甚大な被害の様子が中継されている。
テレビでは竜巻と言わないが、インターネットの動画サイトでは竜巻の動画がアップされているので間違いないと思う。
あたしが中学二年生だったあの時も酷く暑い夏に出会った友達を思い出す。
その娘は、「スクナ」と名のった。
黒髪と大きめのきれいな瞳、背の低い子。
あたしも背の低い方だけど、その娘も小さかったな。
でも、あたしより何でも知っている。
行動力もある。
勇気もある。
無邪気でおおらかで。
ところどころ大人びた事を言うところも覚えてる。
そして、不思議な力を持っていて奇蹟を起こす。
あたしを守り、導いてくれた。
突然現れてから突然の別れの瞬間まで、一緒にいてくれて楽しかった。
そして別れの瞬間、とても寂しかった。
だけど、一生懸命、笑顔で……
笑顔でさよならをした。
信じてもらえないと思うけど、不思議な子だったな。
その友達との出会いの話。
夏の不思議な体験。
白昼夢の冒険かもね。
でも、彼女と歩いた先々にわずかに残った彼女とあたしの残した跡と記憶が実体験だったと信じている。
夏の祭り限定で地元の神社の巫女さんのバイトすることになった。
ノゾミちゃんも覚えてるよね、一緒にバイトをしたもん。
なんでも、ここ数年は水こそなんとか足りてはいたけど、集中豪雨と酷く暑い気温で作物が根腐れしたりして大変な被害が出ていた。
それで、疲弊ぎみの雰囲気を何とかしようと、今までなかった奉納舞いと奉納歌をやろうではないかと話が出て、ダンス経験のあるあたしを含めた同級生数人に巫女のバイトを受けることになったんだ。
短絡的な大人たちの発想だね、ダンスと舞なんてまったく別物だけどね。
この時正直、舞の練習をしないといけないのが面倒くさくって断ろうと思ってた。
しかし、仲の良い同級生の誘いと、なにより、ジュースやアイスの飲み放題、食べ放題、さらに暑さで散財した空っぽのおサイフを救うために引き受けた。
あは、フトコロはめっちゃ寒いのにね、猛烈な暑さに負けたんだよね。
そして夏祭り本番まで2週間の練習する事になった。
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ねね、ノゾミちゃん思い出せないかな? あの頃、あたしといつもいた娘のこと。
うーん、よく覚えていないか。
あ、そうだ。
あの時、あたしとノゾミちゃんとひかりちゃん、スクナちゃんと4人で絵馬を書いたんだよね、残ってるかなあ。
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練習を始めて三日目ぐらいかな。
当時のあたしは、人前に出るのが怖くてね、いや、ダンスの時はそうでもないけど。
ダンス以外の時ね、学校とかでも得意でないものをみんなの前で見せたり聞いてもらったりするのがイヤだった。
で、その日たまたま神主さんが忙しくって練習が早く終わって解散になった。
神主さんはそのままどこかに出かけてしまった。
あたし、ノゾミちゃんたちと帰らずに、ひとり境内に言って練習することにした。
長い石段を登りつめた、あの境内にね。
まだ、日差しが強く明るい境内は暑苦しいセミの鳴いてる。
まだ三日目ということもあり、舞の振りや奉納歌もまだまだ曖昧にしか覚えていない状態で練習した。
あたしね、歌やダンスを覚えるとき、わからない部分や曖昧な部分は、適当に脳内補完してデタラメなアドリブで練習してた。
後で正しい舞に差し替えればいいんだからね。
振りが大胆になるように。
音程やリズムが狂ってても臆することがないように。
舞って、歌って。
デタラメでも振りや声に迷いが出ないように。
デタラメに、舞って、歌ってを繰り返した。
すると、境内の奥から、くくく、と笑い声が聞こえた気がした。
しかし、笑い声がすぐ止む。
境内にはあたし一人、の、はず。
境内には全く人の気配がない。
気味の悪さ、嫌な気配一つ無い。
気のせいかと思い、また、デタラメな舞と歌を始めると。
「くくっ、あはっ」
たしか見聞こえた。
女の子の声だ。
だけど、笑いやむと全く気配がなくなる。
だれ? どこにいるの。
返事もない。
あたし、結構ビビリな方でね、心霊スポットとかのおっかない所や事故現場とかに行くとその嫌な雰囲気に飲まれ逃げたくなる。
事前に知らされていない場所でもいわくつきな場所は、空気的に恐怖を感じる。
でも、誰も居ないはずの境内の笑い声には不思議と怖さを感じない。
まあ、見られてもしょうがないか、どうせ間違ってるかどうか分かるはずないし、と軽く思ってデタラメを始めた。
「あはははは、はは」
笑い声が大きく聞こえた時。
ざわり。
突然の強い風。
頭上高く覆う御神木の椎ノ木がざわめいた。
強い風が起こり、あたしの頬に落ち葉が当たる。
視線を頭上から社殿の方へ移すとそこに。
そこにいる。
社殿の脇にあたしと同じくらいの背格好の女の子がちょこんと座って大笑いしている。
涙をこぼしながら。
失礼ね、あなた誰? 見かけない娘ね。
「あはは、私? ふーん、ん、わたしはね、そだ、スクナと言うの」
あたしは理乃よ。
あたしも簡単に名乗る。
ねね、スクナちゃん、突然出てきたように見えたけど?
「だって私、ここの神様だもの」
ええっ、ここの神様はスクナヒコナノミコトという小さな男の神様のはず。
「ふーん、詳しいね。わたしはね、大昔に作り上げた国を壊されないよう、修復しに常世から来ることがあるんだ。あるときは小人として。あるときは別世界の使者として」
スクナちゃんの話は中二っぽくツッコミどこ満載だけど、しばらく聞いてみる。
「理乃ちゃん知ってるかなあ、一寸法師や桃太郎、かぐや姫なんかの昔話」
「ふふ、あれね、ぶっちゃけ、私の化身の物語なの」
ふふん、スクナちゃんこそ、とんでもないデタラメをぶっちゃけたね。
「あはは、信じてもらえなくてもいいけどね」
その、神様がなんでここにきたの?
「私、さっきまで常世にいたの。そしたら現世の方からヘタなんだけど面白い歌が聞こえてきて。黄泉平坂から覗いてみると理乃ちゃんが奇妙な踊りと変な歌を一生懸命していたのでしばらく見てたら思わず現世に来てしまった」
ヘタで奇妙でって、失礼ね。
難しい言葉つかうし。
「ごめんごめん、悪気はないよ。理乃ちゃん、せっかくだからしばらく現世にいることにするよ。ここにいる間は友だちになってくれないかな」
スクナちゃんはそう言ってにっこりしながら右手を差し出した。
無邪気な少女の顔を見つめながら、あたしも右手で彼女の手を握り握手した。
これがあたしとスクナちゃんとの出会い時だった。
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はは、きたきた。
うん、香ばしくていい匂い。
トリ皮串とつくね、これを頬張って、冷たいビールで流し込むとかね。
ふう、かー、五臓六腑に染みる、へへっ。
これ、あたしのおっちゃんのセリフね。
五臓六腑なんて、もうね、なんかね。
スクナちゃんが言ってたこと、つまり、あの神社の神様ってのが本当だとすると、お酒というのはスクナちゃんが大昔に造り伝えたということになるんだよね。
少彦名命はお酒の神様でもあるの。
夏に冷たいビールや酎ハイが飲めるのもスクナちゃんのおかげかもね。
そそ、ノゾミちゃん、お盆休みの最後の日。
あの神社に行ってみない? 絵馬探そうよ。
あの時書いた絵馬が見つかれば、ノゾミちゃんもきっと思い出すよ。
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「理乃ちゃん、楽しませてもらったのとお友達になったお礼にきちんと舞と奉納歌を教えてあげるよ」
スクナちゃんはあたしの手を取り教えてくれる。
かっこ良く見せるコツや姿勢とかも。
対面に立ったり、横並びになりながら舞を丁寧に、また、褒めてくれながら教えてくれた。
手と指の運び、足の踏み出し、視線のやり場を正確に指示しながら。
あたしの集中の度合いをみながらレッスンしてくれる。
多少疲労があっても集中力が高まっていれば続けてくれるし、気力散漫だと休んでいろいろな事を話ししてくれた。
あたしが幼少の頃の読み聞かせや絵本とかで聞いたことのある昔話をスクナちゃんが話してくれることもある。
なんてたって、桃太郎、一寸法師、かぐや姫の話なんかは、それぞれ主人公視点で語り、さらに知られていない主人公の思いや、真意、裏話まで面白おかしく教えてくれた。
それはとても楽しいひとときだった。
で、そのうち辺りは薄暗くなり、スクナ先生のレッスンを終える。
「理乃ちゃん、また来てくれたら教えてあげるね」
スクナちゃんはそう言うと、突然強い風が吹き、落ち葉が舞い上がる。
あたしは思わず手で顔を隠し、落ち葉をかわす。
風がすぐ収まり、辺りを見下ろすとスクナちゃんの姿がどこにもない。
あたしは、レッスンの心地良い疲労感と充実感を感じながら長い石段をおりた。
不思議なことに石段を降り切ると、薄明るかった周りがすうっと暗くなっていった。
これはね、スクナちゃんと夕方遅くまで一緒にいた後、必ず起こったことだったわね。
まるで、あたしが安全なところまで辿り着いたのを確認してから明かりを消すみたいな。
突然現れ、不思議なことを言い、突然消え、辺りの明るさをもコントロールするなんて。
今思い出し、言葉にしてみれば気味の悪い現象なんだけど、当時のあたしにはスクナちゃんに対しては不思議な安心感と信頼感を感じていて、少しも怖いなんて思わなかった。
なんてたって、自称、神様だもんね。
あたし達の鎮守様だからね。
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そうそう、スクナちゃんと出会ったその翌日。
ノゾミちゃんに紹介したはず。
覚えてない? そっか、覚えてないか。
あ、おにいさーん、ナマ大おかわりー。
あと唐揚げもね。
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次の日もカンカン照りの暑い日。
あたしはいつもより早く神社に来た。
そして長い石段を駆け上がり、山門をくぐり抜け境内の奥、社殿の前へくる。
息を切らしてたから大きく深呼吸して周りを見回す。
誰もいない。
スクナちゃんいるー?
強い風と椎ノ木のざわめきが起こる。
「こんにちは。理乃ちゃん、今日も暑いね」
ああ、よかった、今日も会えた。
今日ね、下の社務所で舞の練習があるの。
あたしの友達も来るのでスクナちゃん見に来ない?
「いいね、見に行く」
あたしはスクナちゃんと石段を降りていく。
スクナちゃんに教えてもらった奉納歌を二人で歌いながら。
間違わずに、つまることなく。
社務所は入り口と練習につかう畳敷きの広間の雨戸がすべて開け放たれている。
外は暑いけど社務所の中は風通しがよく、エアコンほどではないが適度な涼しさが心地よかった。
あたしは、社務所に入り神主さんに挨拶をし冷たい缶コーラ2本両手に持ち広間へいく。
スクナちゃんは社務所に上がらずに広間の縁側でちょこんと座っている。
コーラどう?
スクナちゃんはコーラの缶を手にし、頬にあてる。
「あは、冷たいっ。ありがとう」
あたしはコーラの缶のプルタブを起こしコーラを飲み始める。
スクナちゃんはあたしの動作をじっと見てからプルタブを起こし、口にする。
「むはっ、おお、これは面白い飲み物だね。お茶でもなく、酒でもない。果物より甘くていい香りがする。何より、喉から胸の奥でシュワシュワするのが気持ちいいっ」
うーん、スクナちゃん、こどもはお酒のんじゃダメだから。
んで、コーラって飲んだことなかったの?
「ははっ、初めてよ。世の中の飲み物はだいたい知っていたつもりだけどね、これ、美味しいね」
変わってるなあ。
こんな有名な飲み物、しらないなんて。
そのうちに、ノゾミちゃんともう一人、ひかりちゃんが社務所に来た。
ひかりちゃんもね、この時一緒に巫女のバイトした子。
ノゾミちゃんも覚えてるよね、ひかりちゃんのこと。
そう、あの後大変な事故があって、転校しちゃった子。
やがてあたしとスクナちゃんが一緒に広間の縁側にいたところにノゾミちゃんとひかりちゃん達が来て。
この子はスクナちゃんっていうの、よろしくね。
で、この二人はノゾミちゃんとひかりちゃん。
あいだを取り持つようにそれぞれを紹介したよ。
その後、あたしとノゾミちゃんとひかりちゃん。
この舞や奉納歌の練習は、どっかの神社の巫女さんが演じているのをDVDに録画したもので、あたし達三人は何度も再生しながら練習してたんだ。
ひたすら、マネする感じでね。
指導者はいないし、神主さんは留守がちであたしたちの練習には特に何も注文がつかない。
うまく出来ているのかどうかはよくわからない状態でやってた。
三人は舞と歌の練習を時間いっぱいした。
その間、スクナちゃんはニコニコしながらあたし達の練習を見ている。
数回の休憩中には、スクナちゃんからもアドバイスもらいながら。
ノゾミちゃんも、ひかりちゃんもアドバイスもらっていたと思う。
スクナちゃんのお陰で三人共みるもる上達していった。
いい先生だったんだなと思う。
そして、練習が終わり薄暗くなった頃、4人はサヨナラをした。
あたし、ノゾミちゃん、ひかりちゃんは自転車で、スクナちゃんはというと。
振り返るともういない。
いつものことだし、まっいいか。
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あの日、ノゾミちゃんとひかりちゃん、スクナちゃんとあたし。
確かに4人が一同に会い、みんな笑顔でそれぞれが自己紹介もしたはずなんだけどなあ。
ノゾミちゃん、やっぱり、覚えてない?
おかしいな、今でも鮮明に思い出すんだけどね。
ああ、飲み放題の時間もう終わりだね。
女子会夏の陣、お開きの時間。
まあ、スクナちゃんとの出会いはこんな感じだったね。
この後、もっともっと信じられない不思議なことがいっぱい起こるんだけどね。
そだ、二次会行こう。
いい店知ってるんだぁ、カラオケもあるし。
何よりも落ち着いた感じで隠れ家的な感じでね、料金もリーズナブル。
お酒もお店のマスターも素敵なのよ。
そこのマスターはスクナちゃんとゆかりのある人だし。
じゃあ、二次会へれっつごー。
<ちょっと解説>
常世:(とこよ)神々の行き来する場所、住まう場所。人間から見たらあの世。常世を中心にいわゆる三千世界につながる。
天国や地獄、黄泉の国、パラレルワールドなどもその先の三千世界の一つ。
現し世:(うつしよ)今生きている世界。現在の世界。
常世にいるスクナはどうして現し世の主人公の事を知ったか:常世と現し世の境目に幾つもの結界が張られており、常世から声が聞こえ、覗いてみていた。
ここで言う結界は、神社にある注連縄や鳥居、ご神体など。
特に作中の神社は少彦名命を祀っているため、この神社にある結界は常世にいる神様の近いところに繫がっており、ここでの祈祷や願いなどは常世から見聞きできる。
童話主人公たちはスクナの化身:一説には神話の中の少彦名命からの派生で不思議な運命、能力を持ったそれぞれ物語の主人公が生まれた。
スクナが上手に舞を教える:知識・知恵の神様でもあるため、様々な技術や知識を人間に伝えてきた。様々なこと・モノを教え説くのは得意である。
コーラの感想のくだり:前回、現し世に現れた頃は、まだコーラまたは炭酸飲料は存在しない。また、冷やして飲む習慣もなかった。
酒を知っている理由は、日本酒を造り広めたのは(一説ではあるが)少彦名命とされている。
酒のアルコール成分が体を温め、気分を高揚させることは知っていたが、炭酸水の刺激のある飲み物は、まったくの初めてだった。