ある候補生の日常
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
「うえぁぁっぅぅ!!」
「きゃ~」
「逃げろっ!」
「こら~っ!また、お主かっ!!琥珀」
「すみませんっ!すみませんっ!!」
煉瓦の床が広がる広場には、燃えそうな物など何も無いのに、いたる処で一瞬火柱が立ち、消えてが繰り返されている。
炎の規模は小さく、燃えている時間も短い為、実害はそれ程大きくは無いのだが、一向に収まる気配がない為、避けた先で炎の小噴射を受けるはめになっている。
「謝罪はよいから、早く炎を消さんかっ」
「はいっ、すぐに・・・・・・。えっと・・・どうやればいいでしょうか?」
「っなっ・・じゃ・・・と。・・琥珀っっっ!!!」
琥珀と呼ばれた、薄茶の髪の少年の信じられない台詞により、広場を震わせる程の怒声が響き渡る結果となった。
「えっと、一応、ぼくは終呪を終えてるのに・・・。消えないですよね?」
若草色の瞳を若干潤ませながら、訴える琥珀の言葉は最後は疑問形になっていた。
「・・・・・もう、よい」
この場の責任者と思しき、立派なひげの老人がさっきの怒気とはうって変わり、力なく呟く。
「廻りし力、在るべき場所に戻りて静まれ。」
魔力で創られた炎を鎮めるべく、終呪を唱えると、現れて消えていた火柱が一瞬大きく燃え上がり直ぐに消えて無くなった。
「琥珀、修練場の掃除はお主がするように。もちろん、魔力を使う事は禁止する。」
「・・・・はい。申しわけありませんでした。」
「本日の修練はこれで終了する。他の者はこれで解散じゃ。各自、今日の復習をしておくように。」
「はい。」
一斉に、右手を胸元につけ、教師と思しき老人に敬意をはらう。
ゆっくりとした足取りで、老人がその場を去ると、琥珀以外はぞろぞろと移動を始めた。
一時の混乱が去ると、慌てた様子は何処にも無い。
自力での掃除を命じられた琥珀の肩と幾人かが、ぽんと叩いた。
『まぁ、頑張れ。慣れてるだろ』
声に出さなくても、そんな言葉が聞こえてきそうな表情で立ち去る友人を、涙目で見送る事しか琥珀には出来なかった。
・・・そう。”慣れている”のだ。
なぜなら、琥珀はこの【万象の樹】ではある意味有名な、万年”候補”なのだから。
何時までたっても、始の階でもたついてる”候補”。
始の階を終了し、使の階へ進まなければ術士として認められない。
炎を灯すはずが、頭から水を被り。
氷を張るはずが、突風が吹く。
呪は発動するのに、制御はからっきしの琥珀は、候補生の中である意味有名人なのだ。
今日も今日とて、魔力で伝令鳥を作り出すはずが、なぜか、炎の小噴射となったわけである。
「う~ん・・・。今晩、寝れるかな?ぼく。」
自力での清掃を命じられた琥珀は、所々焦げたり煤けているだだっ広い修練場を見渡し、睡眠の心配をしてみる。
「はぁぁ。・・・始めよ」
始めなければ終わらないので、掃除道具を取りに行くしか残された道はないのであった。
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「・・・あの子。面白いなぁ」
窓辺に置かれた寝椅子にゆったりと寝そべる青年の銀色の瞳が、静かに煌めいていた。