第一章 もしも出来る事ならば (4)
「おっはよ! 魁!」
俺が通いなれた階段を歩いていると、桃夏がいつものように声を掛けてきた。
可愛らしく微笑みながら。
今の俺はこの笑顔に救われる……コイツの元気に、癒される……。
桃夏は付き合い出したら、すごく可愛い女の子になった。
確かに俺は『可愛くなれ』とは言ったけど、こんなにも変わってくれるとは……。
たまに憎まれ口も叩くけど、大概は俺の前では素直で可愛い女の子だった。
でもそれは、案外しっくり来るものだった。
ケンカ友達だった桃夏と俺の関係が変わって、桃夏の態度が変わったけど、
俺はそんな桃夏が余計に可愛くて、愛しいとさえ思った。
「ねえ魁、今日さ、帰りにどっか寄ってかない?」
「いいよ」
「やったね! じゃあ買い物付き合ってね。洋服見たいんだー」
桃夏がホントに嬉しそうに笑顔を見せる。表現力豊かな桃夏は、見ているとホントに幸せなんだろうな……って思わせてくれる。
俺を好きだって気持ちが、態度や声色や表情から手にとるように伝わってくる。
母さんも若い頃、今の桃夏みたいに誰かに恋をして、こんな風に幸せそうに微笑んだりしてたんだろうか……。
いや、していただろう。
自分の未来は希望に輝いてると、信じて疑わなかっただろう。
あんな事が自分の身に待ち受けているなんて、思ってもみなかっただろう。
それでも俺は今日、その事を母さんに聞く。母さんに……
ズリッ……
あれ?
俺、なんかコケてる……
「きゃ~!! 魁ーー!」
桃夏が叫んでる……
イッテ~……すんげえ激しく転んじまった。
15段はだまって落ちたな。かっこわりー……桃夏思いっきり見てたよな……。
そう思いながら俺は階段の上段のに居るはずの桃夏の方に視線を這わせた。
あれ? 桃夏……? 桃夏はどこだ?
「桃夏~!」
どこにもいない。辺りを見回してみても、桃夏はいない。
いないっていうか、なんか変だ。
その辺を歩いていた人たちがキレイさっぱりいなくなっている。
俺があまりに激しく転んだから、みんなで救急車でも呼びにいったんだろうか……って、そんな訳ねえよな。普通なら、「大丈夫ですか?」とか言って、駆け寄ってくる。
大体真っ先に駆け寄って来るであろう桃夏の姿がないこと事体、かなりおかしい。
「桃夏~! 桃夏~!!」
いくら呼んでも何も帰ってこない。
何なんだ?どういう事なんだ?
俺はとにかく辺りをキョロキョロと見回した。
違う。なんか違う……。
街並みが、微妙に……。
俺はあちこち痛む体をムシして階段を駆け下りた。
降りた角に、ケーキ屋があんだよ。去年出来た……。
無い。キレイさっぱりない。古ぼけたただの一軒家が建っている。
どういう事だ?
改めて辺りを見回してみる。
見慣れたはずの家並みが、妙に新しくて、きれいだ。
走ってる車も、なんか型が古い。やたら角張ってて……。
俺が知ってる車なんて、ほとんど走ってない。
桃夏……母さん……
俺は急いで今来た階段を駆け上がり、自分の家へ向かった。
無い……ただの空き地だ。
桃夏の家……やっぱり無い。
俺は頭をフル回転させて今置かれた自分の状況を考えてみた。
これって……よく漫画とかテレビとかで見る……タイムスリップってヤツ?
そんなチンケな結論。
まさかな……きっと俺、夢でも見てんだ。
階段から落っこちて、気を失ったままなんだ。きっと。
夢か現実かわからない時は……ツネくるんだ。自分を。
イテえ……。って事は、マジ?
そんなん信じるわけじゃねえけど……。
とりあえずどうするよ?
ケータイだ、桃夏に電話してみよう……。
"圏外”……。
マジ、どうするよ?!
そうだ、こういう時は……俺が読んだ漫画によると……
新聞だ。まず、新聞で今日の日付を確かめるんだ。
俺は、開いている店に飛び込み、新聞を手にとった。
その場で確かめる……
1998年? 11月……6日?
「あのすいません。これって、今日の新聞ですよね?」
「当たり前でしょう。お客さん、何言ってんですか?」
店のおばちゃんが、不可解そうな顔をした。
「そうですよね……。すいません」
俺は店を出た。
18年前だよ。18年……どーいうこったよ?
そうだ、これは夢だ。
俺にしちゃあ、かなり壮大なスケールだけど……そうに決まってる。
そうとしか思えない。
待てよ……18年前? 18年前って事は……
母さんが俺を身ごもる前だ。って事は……
母さんを探し出せば真実がこの目で見れるかも……っていうか、俺が守ってやれば……
どうせ夢だけど……せめて、夢の中でだけでも、母さんを守ってやりたい。
そうだ。そして、あの男にも会えるんじゃねーか?
きっと会える。
この夢がいつまで続くかわかんないけど、眼が覚めないように頑張れば、
あいつに会う事が出来るじゃねーか。
会ってぶん殴ったり、何だり出来るじゃねーか……。
これはいい感じだぞ……。
とりあえず、母さんを探そう。まずはそこからだ。
俺は、歩き出した。