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時旅人  作者: shion
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エピローグ

 はっ!!


 俺は意識を取り戻した。


「オヤジ!!」


 思わず叫ぶ。


 俺は……


「魁! 良かった! やっと目を覚ましたのね! あんた階段から落ちたっきり2週間も目覚まさないから! もう! 心配したんだから!!」


 俺のよく知ってる、育ててくれた馴染みぶかい母さんが涙を浮かべながら言う。

 俺は独特の殺風景な部屋でベッドに横たわっていた。

 ここは……病院?

 俺は現在に、帰ってきたのか?

 まだ、意識がもうろうとする。

 視界も頼りなく、長い事寝たままだったせいか首を動かす事さえもままならない。


 やっぱり、ダメだったか。

 ぼんやりと、定まらない意識の中でそんなことを思った。

 オヤジに、伝えられなかった。

 日記の、ありか。

 あれさえ渡せてれば……変えられたかもしれないのに……

 2人はあのまま……別れたのか……

 あんな身勝手な司なんかに、いいように引き裂かれちまったんだ。

 

 結局、運命なんて、未来なんて変えられないんだ。

 俺一人がいくらもがいたって……

 そう易々と変わるモンじゃないんだ。

 俺は絶望に打ちひしがれていた。


 母さんが大騒ぎして、看護婦が俺にいろんな器具をつけて、医者が俺の瞳孔やなんかを見ている。


「重森さん! 魁くん気がついたって?」


 看護婦が入ってきた。

 重森……?


「そうなんです! 魁が!!」


「小百合、魁が目を覚ましたって?」

 

 バタバタといろんな人が入ってきて……男の声がする。聞き覚えのある……


「あなた! そうよ! この子がやっと」


 あなた?


「魁! 俺だ。解るか?」

 

 声の主が俺を覗き込んだ。


「オヤジ……」


「そうだ! 俺だ」


 オヤジ……

 オヤジ?

 ここには、オヤジが居る。

 ちょっと歳をとった。

 看護婦は"重森さん”と言った。俺は、倉本なのに。

 母さんが、あなたって言った。

 そして、目の前にはオヤジが居る。


 未来は、変わったのか?


「オヤジって、前から居たっけ?」


 俺は聞いた。


「魁、あんたって子は何言ってるの? 2週間も意識不明になってて気がついて一番初めに言う言葉がそれ? 心配させるだけさせておいて……それじゃあパパがあまりにもかわいそうでしょ! それとも寝ぼけてでもいるの?」


「そうかも……」


「まさか妹の沙南さなまで忘れちゃったって言うんじゃないでしょうね?」


 妹? 沙南?

 俺は記憶の糸を辿った。

 そう。

 オヤジはちっちゃい頃、サッカーを教えてくれた。いつもいつもただいまって、帰ってきてた。

 いつもいつもオヤジが傍に居た。見ているこっちが恥ずかしいくらい母さんとすごく仲がよくて……


「お兄ちゃん、やっと目がさめたのね? 桃夏さん心配してたよ」


 女の子がひょっこりと顔を見せた。

 なぜか見覚えのあるその子に俺は言った。


「お前、沙南だよな?」


「そうだよ! お兄ちゃん何いってんの? 頭大丈夫?」


 そう、俺には妹がいる。3歳年下の……甘えん坊の妹が。

 いつも俺のあとをくっ付いてきてた。

 俺にはオヤジや沙南と過ごしてきた記憶が、ちゃんとある。

 満ち足りていて幸せだった家族の時間が。

 

 だったら母さんと2人で過ごしたあの日々……


 どっちがほんとなんだ?


 あれが、夢だったのか?


「大丈夫じゃないかも」

 

 俺は少し笑った。


「とりあえず、おかえり」

 

 母さんとオヤジがおれを見て微笑んでいる。

 俺の脳裏には、オヤジと母さんと沙南と過ごしてきた時間が鮮やかによみがえってくる。あたたかい記憶だ。みんなでゲームをしたり、出かけたり。

 いつもそこには笑顔があって……誕生日にはパーティーをやって……

 俺の誕生日。

 9月25日?いいや、23日。

 俺の誕生日は、9月23日だ。


「お兄ちゃん、ず~っと寝てたから、まだ夢見てんのかしらね」

 

 沙南があきれたように言う。


「沙南、お兄ちゃんは寝てたんじゃなくて意識不明だったのよ。生死の境をさまよってたの。でもほんと、その間、どこほっつき歩いてたの? やっぱり三途の川辺り? あれってほんとにあるの? どんなだった? 何をしてた感じ?」


 元気のいい母さんが、明るい母さんが愛情がたっぷりこもった笑みを浮かべている。


「沙南の言うとおり、ず~っと夢を見ていたよ」


 俺は全てを振り返りながら、熱くなる目頭を右手で隠してそう言った。


 そう。母さんと2人だけで暮らしてて、出生の秘密を知って。オヤジを恨んで――それで過去に行って母さんを助けようと必死になってる夢をね。





 それから2日して俺は退院した。

 ちゃんと記憶のある家、夢の中の家とは全然違うけど……桃夏が「心配した」と、泣いて喜んだ。

 やっぱり俺は、桃夏と付き合っていた。


 日曜のある日、新聞を広げてるオヤジに、俺はさり気なく聞いた。


「オヤジ、日記って読んだ?」


「ああ。だからお前の名前、魁にしたんだ」


 オヤジは少しだけ微笑みながら新聞から目をそらさずに言った。




END


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